光の集まる場所
「――《黄昏の翼》! 私の本気を見せてあげるよ!」
「くっ!」
瞬間移動で肉薄しながら突きを繰り出す私。それを見て、《皆輝剣》の刀身で受け止めようとする兄さん。
「甘いよ!」
ここで《黄昏の翼》の能力をもう一度発動。膨大な魔力を消費する代わりに瞬間移動を行う私の切り札。
「!?」
切っ尖が触れる直前に私の体が霧散する。そのまま背後に一気に回り込む。
「《黒百合》!」
瞬間移動を行うと同時に自分の属性を変換する。《闇》が100%の状態に切り替えて、そのまま兄さんの体へ刀を深く突き刺す。そのまま一気に抜いて離脱する……!
「そう思い通りにはさせないさ」
「えっ!? ぬっ、抜けない!?」
確かに兄さんの体を貫いた《黒百合》。兄さんはそれをこともあろうに自らの筋肉で刃を強く挟み込んだみたい……。
と、そこまで考えが回る頃には反撃の《皆輝剣》が私の体を同じように貫いていた。
「……はっ、ああっ!」
兄さんの体を蹴飛ばして、後退するための推進力を生み出す。そのまま一瞬だけ《翼》の力を使い安全圏まで離脱する。
「……っ、はあ、魔力消費がばかにならないね……!」
剣の間合いから離れた瞬間にポーションを一気に飲み干す。もしも離脱時に全力で飛行していれば魔力が枯渇していたかもね。
無限にポーションが使える今みたいな異常事態じゃなければこんなに贅沢に使えない能力だ。
「しばらく見ない間に面白い能力を身につけたみたいだね。この速度に合わせるにはどうすべきか……」
「本当は兄さんを倒した時にはもう使えたんだけどね。言ったよね? 本気の私を見せてあげるって」
全快した魔力を使ってもう一度《翼》を生やす。そう、追撃は流れる流星のように速く――!
「《星空の翼》!」
一直線に兄さんの喉元まで迫る私。きっと兄さんはこの速度は目で追えていないはず。
仮に追えていたとしても《皆輝剣》を振り上げて迎撃するには時間が掛かるはず。
それでも兄さんの戦闘センスなら何か対策を打っても不思議じゃない。だから翻弄できるようにさらに攻撃に緩急をつけてみる。
「ここで、《快晴の翼》!」
晴れ渡る空を自在に飛び回るイメージで、機動性を一気に上げる第2の翼。《星空の翼》に比べて速度が落ちるけれど接近した今なら誤差の範囲だと思う。
軌道をランダムに変えながら背後へ移動し斬りつける、と同時にさらに動いて側面に回り込んでもう一撃。
反応される前に立ち位置を変えながら休むことなく攻撃を続ける。
「動きが読めない……!」
兄さんの《皆輝剣》が私を捕まえようと奮闘するも、一瞬前にいた場所に振り下ろすのが関の山らしい。
それでもあまり喜んでもいられない。
「このまま魔力が枯渇する前に決めたいんだけどね……!」
《快晴の翼》は魔力消費量が普通の能力に比べて格段に多い。うっかりポーションの補給を忘れると魔力枯渇を起こして致命的な隙ができてしまうのが難点だ。
うっすらと翼が消えかかっているのを見ながら、離脱すべきか、押し切るか逡巡したその瞬間だった。
「……そこだ。――《聖者の光進》!」
「!? しまっ……!」
突如として発光する《皆輝剣》。その光の波は兄さんを中心にどんどんと拡大していく。
その光に包まれた瞬間、強引に引っ張られるかのように後方へと吹き飛ばされる。
「きゃ……あ……!」
《聖者の光進》、それは端的に表すと範囲ノックバック攻撃に他ならない。
単純に見えるこの技だけれど、《光芒》の特権と合わさるとそれだけで大技の1つと言われても疑問に思わない性能になってしまう。
「今度はこちらが攻撃する番さ!」
吹き飛ばされたところへ追随し、大剣による乱撃を浴びせられる。
「っ……《光》!」
属性を《光》100%に変更してダメージ量を抑えようとはするけれど、剣の勢いだけは殺さない。
「このまま受け続ければ同属性でも耐えられはしないさ!」
右から薙ぎ払いが飛んできて、私の体が左へ揺れる。その体を元の位置にきっちりと戻そうとするかのように今度は左からの薙ぎ払いを受ける。
さっきの私のように位置を変えて攻撃するのではなく、自身の剣の衝撃で自由を奪いながら乱打を加えていて、突破口が見出せない……!
「兄さん1人なのにこんな火力を出せるなんて……! 洗脳能力ってこんなに無茶ができるの!?」
……待って。いくら洗脳が現GMの能力だとしてもこんなに融通が利くものかな?
能力には基本的にデメリットがついてくる。《夜叉の窃盗》は完全コピーに厳しい条件がついているし、私の《翼》にだって制限時間がかなり厳しく設定されている。
それは《皆輝剣》であっても変わらない。何回も受けてきたからそう感じるだけかもしれないけれど、これは兄さん1人で出せる火力じゃないはず。
そのリミッターを洗脳すれば外せる?きっとありえないと私は思う。それに見合うデメリットなんて背負えるはずがない。
元はといえばタテルさんが作ったこのゲーム、いくら権限を乗っ取ったといってもそんな原則までひっくり返せるはずがないよね。
じゃあこの火力の原因、それは……!
「あっ! そこだね!」
《陽光》を兄さんが反応できないように滑らせるように明後日の方向に飛ばす。
「急カーブ!」
飛ばした《陽光》は私の意思に従って壁を這うように抉りながら駆け抜ける。
「があっ!?」
「何故だ……!?」
その壁から数人の男の姿が現れるけれど予想通り、驚いている時間はない。兄さんの攻撃が弱まった今しかない……!
「もうちょっとだけ魔力、残ってるよね……!」
有無を言わさない口振りで《星空の翼》を展開して、その男たちの元へ駆けつける。
「はあああああっ!!」
そのまま《黒百合》を握り、一太刀で斬り捨てていく。あまりにも唐突な襲撃だったからか、能力で迎え撃たれることもなく一方的に刀を振るう。
「《光》の魔力を兄さんに与える大役を任されてるんでしょ? 100%の《闇》なんて受けたらひとたまりもないよね?」
既に光に包まれてゲームオーバーの判定が下された人にそう語りかける。
「馬鹿な、この場所が見抜かれるはずが……」
「《皆輝剣》ってさ、魔力を吸収する時にどこから吸っているのか目を凝らすと見えるんだよね。大人しく姿を見せて集団で襲われてた方が怖かったかもね」
兄さんの戦略は恐らくこう。広間に隠し部屋みたいものをあらかじめ設置して、《光》の配分が大きいプレイヤーを何人か待機させる。
その上で敵を迎え撃つんだけど、その隠し部屋から《光》の魔力を受け取りながら戦うのが基本戦術になる。
傍目には兄さんしかいないように見えるから取り巻きを倒して《皆輝剣》を弱体化させる発想が出てこない。
「これはツグミを侮っていたかもしれないな……。《晦冥》君以外には気づかれないと思っていたけれど……」
「アラタが気づくのなら私だって気づいてみせるよ。そうじゃないと動きが合わせられないでしょ? ……さてと、もう伏兵はいないかな?」
ポーションを飲みながら威嚇のために《黒百合》をくるくると回す。こうは言うけどもう輝かせるための誰かも兄さんが輝くための誰かもいないはず。
相対するのはさっきよりも火力の下がった兄さん1人。大丈夫、少しずつ有利になってきている。今度こそ押し切ってみせる……!
「……灰の翁から授かった策は確かに破れた。が、まだ僕が負けたわけじゃない。そうさ、僕にはまだこの切り札が残っているのさ」
兄さんの言葉が負け惜しみではないのは、眩しく光り始めた《皆輝剣》が何よりも雄弁に物語っている。
「もしかして……!」
即座に周囲に目を向ける。すると案の定、夕暮れのように光の量が少なくなっていた。
忘れていた、兄さんは周囲の光すら力に変えて貪欲に輝くことができるということを。
これはかつて3人揃って、さらに私の装備を使うという正真正銘の全力でないと打ち破れなかった反則級の技だ。
「僕の切り札、その名も《皆輝剣・眩耀》。さて、ツグミ1人で受け止められるかな?」
私が刀を回したように、兄さんも《皆輝剣・眩耀》をくるりと回す。そのたびに周囲の光が取り込まれて薄暗くなる。
その薄闇の中で、大剣だけが爛々と輝いていた。