足止めをする者は――
「ユウハ、足止めしに行くって言ってたけど大丈夫だよな……」
この城に突入して、開口一番にユウハはそう言って長い階段を降りていった。
追っ手による奇襲で挟まれればそれは確かに脅威となる。ユウハの能力も知っているし、信頼もしているが……
「それでもやっぱり不安なの?」
「そりゃそうだろ。いくら《流麗模倣》が防御特化といってもずっと持ちこたえるなんて無茶もいいとこだっての」
「んー、大丈夫じゃないかな? 私が切り札を教えてあげたんだし」
「はあ……まあ、アンタがそう言うなら……」
後で聞いたことだが、《白百合》と《黒百合》による連撃を彼女は教えていたらしい。《光》と《闇》、どちらが相手でも反撃できるように一連の動作を使えるようにしたとのことだった。
「それより私達の心配した方がいいと思うよ。さっきの威力見たでしょ?」
さっきの、とは灰の翁の能力のことだろう。超高火力の魔力砲のようなあの技はユウハの防御すら易々と打ち砕いた。
そのうえ一撃でトリノイワクスを墜落させてもみせた。まともに戦っても撃ち負けるだけだろう。そんなことを階段を登り、荘厳な扉を破壊して、無人の広場を素通りしながら考える。
「間違っても《光》じゃないだろうし、俺が打ち消すのは無理だよなあ……」
「でもさ、翁って名乗ってるくらいだし体力はなさそうだよね。接近戦に持ち込んでどうにかできないかな?」
「年老いているなら体力のステータスが低く設定されるか……。あのGMならやりかねないよな……」
何かしらの特権を持っているならいざ知らず、もしかすると俺達よりも体を動かすことには慣れていない可能性は確かにある。
「なら2人で撹乱しながら様子を見ていくか。高速でヒットアンドアウェイで戦えば……」
「狡すっからい戦い方だけど勝てるならそれもありだよね」
正直なところ、戦いの美学なんてものは俺もツグミも持ち合わせてはいない。NPCだろうがプレイヤーだろうが、使える手は何でも使う。
数の暴力以外の手段は選ばないのだ。
「本当にどうにもならなそうなら城の破壊を優先しようかな?」
「残念だけどそれは実現できないさ」
「っ、退がれツグミ!」
シュイイイインと反響する金属音。それと同時に手をかけようとしていた扉から《光》が漏れる。
そう、《光》の刃が扉を撫で斬りにしたのだ。
「《夜叉》!」
扉の破片、そしてなお放出が止まらない《光》。それらに押しつぶされないように俺はシェルターを作るように《夜叉》を操る。
「……!」
本来なら俺にとっての《光》は弱点であり、それと同時に相手に付け入る隙にもなる。
けれどもこの《光》を触れて確信した。瞬時に俺が前に出たのは半ばこの技に、声に予想がついていたからだが、それが確信に変わった。
ツグミも即座に勘付いたようで銀髪から金髪へと髪色を変え、迎撃を放つ。
「《白百合》! 無効化はできないよね!」
その斬撃は扉の瓦礫をまとめて排除し、扉の向こうの広間へと飛んでいく。
「悪いけれど、そんな飛び道具じゃ傷1つつけられないさ」
その声とともに部屋が発光する。あちらも特権を持っている以上、生半可な攻撃ではダメージにならない。
それは洗脳されていたとしても変わらない事実として俺たちの前に立ちはだかる。
「私達を逃がすついでに自分も逃げる算段くらいつけておいて欲しかったかな、兄さん」
「《光芒》、星野ユウスケ……!」
なぜこの城に衛兵のような役割を持ったプレイヤーが全然見当たらなかったのか、その理由が今分かった。
それはこいつ1人が十分過ぎる戦力になるからだ。
「……? 何を言っているのか分からないが、灰の翁の指示があるのさ。君達をここで仕留めさせてもらうよ」
これまでと同じ柔らかな口調のまま《皆輝剣》を構えて真っ直ぐに見据える星野。
に、突然覆い被さる影が1つ。
「ツグミ!?」
「兄さんの相手は私がするから!」
一瞬だけ《翼》を使い、距離を縮めたツグミは縦横無尽に刀を振るう。
「少し見ないうちに速さが上がっているじゃないか。なるほど、これは少し厄介だ……」
「いや、そいつを1人じゃ無理があるだろ! 2人の火力で押し切る方が確実だっての!」
「大丈夫! ちゃんとこういう事も想定して対策してるから! それに!」
ツグミは《白百合》を強く打ち付けると同時に身を低くして蹴りを放つ。
「くっ、身体能力、いやレベルもかなり上がっているか……!」
「兄さんを倒したらすぐに追いつくよ! アラタは翁が妙なことしないように時間を稼いでおいて! 2人で倒すべきはあっちなんだから!」
これまでの連撃で体勢を崩した星野の足元、その品のある白い床をツグミは《白百合》で一息に突き刺す。
すると床にはヒビが生まれ、星野の足元をさらに悪くする。今なら踏み込んで俺の元へ一気に距離を詰めることはできないだろう。
つまりここで俺が取るべき行動はこれしかない。
「……分かった! でもできるだけ早くに追いつけよ、時間稼ぎだって長いことできるとは限らないからな!」
言いたいことだけぶちまけて、返事も待たずに即座に階段を登っていく。護衛は恐らくもういない。
最大限のスピードで翁の元へ行かなくては。俺には特権こそあるものの、1人で全てどうにかできるスーパーマンじみたスペックは残念ながら持っていない。
だからせめて灰の翁の妨害くらいはやりきってみせないと。
……もう少し、陽の目を見るような人生を送っていれば、もしかするとゲームの主人公のような台詞が出てきたのかもしれないな。
*
「アラタももう少し頼りになること言えれば良かったのにね。《晦冥》ってあそこまで自信喪失しないとなれないのかな?」
ヘタれたことを言いながら小さくなっていく背中を眺めて、見えなくなったところで兄さんに視線を移す。
洗脳されているのは疑いようもないけれど、一目にはそうだと分からない。軍隊みたいに群れて行動していたら敵かどうかの判別がつかなくて凄く厄介だと思う。
「……参ったね。僕をここまで足止めできるとは思っていなかった」
「この前兄さんを倒したから経験値がたくさん入ったのかもね。ここまでできるとは私も思わなかったよ」
「今の僕とあの時の僕とは違う。《光芒》を舐めてはいけない。灰の翁の元で鍛えた僕はツグミの想像を上回っているはずさ」
もしかするといくらか強化されるバフも未知の洗脳能力にはついているかもしれない。何がきても対処するつもりで臨まないとね。
「……今度こそ一騎討ちができるね」
兄さんを相手取る時はいつも近くに誰かがいた。兄さんの取り巻きしかり、アラタやユウちゃんしかり。
それがいないということは互いの戦法に大きく影響が出るということ。
兄さんは《皆輝剣》で《光》を吸収して自身を強化できないし、私はアラタやユウちゃんとの波状攻撃ができないし決定力に欠けてしまう。
それでも戦力的にはイーブンになっていると私は予想している。
「一騎討ちなんて小さい頃に剣道の試合をした以来かな。あのまま僕と共に続けていれば今頃は全国だって狙えただろうに」
「兄さんはそうやってすぐ私を自分と同じステージに上げたがるよね。私はそういうのが嫌だったって言ってるでしょ。私は私のやりたいことをやるんだから」
「そう言って家出をしたものの、ずっと燻っているだけだったんじゃないのかい? だからこそ何にも染まれない《黄昏》を手に入れたんだろう?」
「今日は口が悪いね、兄さん。洗脳の影響だったりするのかな?」
茶化してはみるけれど、兄さんの言ったことは多分正しい。私も自分の属性配分がこうなった理由はそこにあると思う。
だからと言って怒るのも悔しがるのも違うけれどね。
「まあ私がどんな風に生きてきたかなんてなんでもいいでしょ? 兄さんやあの家から逃げ出して何を得たのか、これから見せてあげるから!」
アラタはきっと先で待っててくれている。それに少しでも早く追いつくのが私のすべきこと。そして、大ボスが後ろに控えている以上、大苦戦なんて許されない。
抜刀の構えを見せて、けれども足は踏み込まない。踏み込む必要がないからね。
「――《黄昏の翼》 !本気の私を見せてあげるよ!」
魔力をかつてないほど迸らせて、私は兄さんに斬りかかった――!