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ラストピース

答えはずっと前から託されていた。

9/10.2411


 ベッドから起き上がったとき、長い時間を旅してきたような気がした。

 息を吸い込むと新鮮な空気が肺を満たし、夢でも空想でもない現実が形を持って立ち上がる。生きているという重さが意識の上に重なり、まだどこかふわふわとしていた気分を霧散させていく。こぶしを握って、開いて、それを数度繰り返す。自他の境界は絶望的なほどに明確だ。それこそ、いまが現実であるという証だった。

 少し離れた場所には、アバターが二体立っていた。個人向けのパートナーAIだ。天井のホロジェクターが空間に投影する形で可視化されている。二体はまるで見つめ合うように立っているため、なんとなく親密そうに見えた。

 一体のアバターは白いスーツをまとった執事のようなデザインだ。ただし皮膚らしきテクスチャは一切使用されておらず、輪郭もないため実質透明人間だ。顔の部分にはモノクルだけが浮いており、手も中身の入っていない手袋が動いている。人間らしいフォルムをしながらも無機質で、操り人形のようにも見える。もう一体は白と淡い桜色を基調とした少女のようなアバターだった。ファンタジーゲームのキャラクターのような衣装コンセプトで、蔦と花を模したアクセサリーパーツが可憐な印象を添えている。

 少女のアバターが振り返り、笑みを浮かべた。彼女は氷上を滑走するようにベッドのそばまでやってきて、そこにひざまずいた。

『目が覚めてよかった』

 花が咲くような笑顔だった。鮮やかな桃色の目が細められる。

 それを見ていた白スーツのアバターが、恭しくお辞儀をした。

『彼はすぐ戻ってきます。水でも飲んでお待ちください』

 見た目に違わず丁寧な言葉遣いだった。

 ベッドのそばにあるサーバーからコップと水が提供される。それを手に取り、喉を潤した。干上がっていた砂漠に冷たい水がしみ込むようだった。二杯目を飲んでようやく息をついた。そうしていると急に空腹感がやってくる。

 その時、ドアが開く音がした。戸口には男性がひとり立っていた。取り立てて特徴もない服装だ。その人が部屋に入ると、傍らに黒いアバターが現れた。随所に電子回路を模したようなデザインが施され、機械らしさがあるものの、ひょろりとしたシルエットは洗練された美術作品のような印象を与える。男性は白スーツのアバターに目配せをすると、黒いアバターとともに部屋を横切って、ベッドの近くへやって来た。そしてなんとも言えない目をした。さまざまな感情がないまぜになったような瞳だった。

 何かを伝えなければいけない。否、ずっと前から言わなければならないことがたくさんあった。何から話せばいいのかわからなくなるほど、この男とは因縁があった。そしてこの男からも、たくさんのことを聞かせてもらわねばならなかった。だがいざ目の前にすると、口をついて出たのは質問ではなかった。

「……夢を、見たんです」

 声はかすれて、思っていたよりもずっと聞き取りづらいものになった。それでも相手は聞き返さず、そこに立っていた。

「幸せな夢でした」

 そう口にした瞬間、あれは手の届かないただの夢なのだと思い知らされた。温かい笑顔とやさしさで満たされた世界を思い出し、無性に鼻の奥がツンとした。ありえたかもしれない、けれど絶対に叶わない未来の断片。それが幸せであればあるほど、今現実にある心は引き裂かれるような痛みを覚える。

 傍らにいた少女のアバターが心配そうに見てくる。それがひどく感情を揺さぶった。

『大丈夫?』

「……心配しないでいい」

 一度深呼吸し、男を見上げる。物憂げな雰囲気がまとわりついていることを考慮しても、端正な顔立ちだった。年のころは二十代半ばから後半といった様子に見える。だが実際のところは三十路を越えているはずだった。

 この出会いはただ、奇跡としか言いようがなかった。狂った歯車が無理やり回転を続け、その末に巡ってきた数奇な対面だった。

「あなただったんですね」

 その言葉に、男は悲しげな顔をした。そして重い口を開いた。

「もっと違う形で君と出会えていたら、どんなによかったか」

これが初投稿になるので、いろいろ手探りでやっていきます。

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