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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第二章 鈴の音を鳴らすのは
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鈴の音を鳴らすのは……03

「……チッ」


 一つ目のビルに踏み込んだルイスは思わず舌打ちした。

 自分たちが入り、それから十秒もしないうちに人影の群れが入り込んできた。


 一様に個性のない服装。鋭い目つき。

 六課の人間たちだ……


「自分たちに土地勘がないのを承知していた。だから、」

「H.A.C.O.Pか風紀委員が来るのを待っていたの。わたしたちはそれに引っかかったの。突入するビルさえ判れば、あとはこっちと競争ってことなの」


 もしこちらの目が届かない場所で『首輪外し』の現場に突入されたら。

 ……二度目の舌打ちを堪える。


 彼らに先んじてキッカたちの下へ駆けつける必要があった。

 その為には……


「セキュリティルーム!」




「な――」


 監視カメラの映像を見たルイスは絶句した。

 高層階にある教室は申請さえすればどんなグループでも使用できる。わざわざ選り好みして高層階の教室を使う物好きは少ないということでもある。


 その数実に七フロア分。一フロアにつき六つの教室がある。

 全部で四二部屋存在する教室に設置された監視カメラ。


 その全てが黒く塗りつぶされていた。


「確認したの」セキュリティルームに向かう道すがら、駆けながら端末を触っていたココロコが言う。「この日のこの時間、全部の教室が使用中になってるの」

「妨害を見越して、全部の教室を抑えておいたということでしょうか」


 その上で監視カメラに細工をし、『首輪外し』の一時間を絶対の物にする……

 用意周到と言う他なかった。


 五つある高層ビルの、高層階の教室を選んだことも計算のうちだろう。残る四つのビルでも同じ状況が待ち構えているに違いなかった。


 監視カメラから教室を特定するという目論見は外れた。


「先輩」

「どうするの?」


 逡巡は一瞬。ルイスは監視カメラの映像から視線を外して、


「……一つずつ当たってくしかない」


 頭の痛くなる現実を口にした。


 残り二七分。




 三つ目のビルに突入した時、こちらの三人という数の不利が出た。


 高層ビルには三つのエレベーターが備わっている。

 そのうちの二つを、先に六課の者たちに使われた。


「く……!」

「あいつら! ふざけんななの!」

「…………」


 遅れて残る一つのエレベーターに身を滑らせ、考える。


 ビルからビルへ、高層階を駆け続けるルイスたちの様子から『五つの高層ビルのうちのいずれか』と見当を付けていることを看過されたのだろう。


 おそらく六課は各フロアに何名かずつ人を割いているはずだ。

 こうなると六課より早く『首輪外し』を見つけるのは難しくなってくる。


(おれ達の前でなら、そう手荒な真似はしないだろうけど――)


 そのためには、最低でも同時に現場に踏み込む必要がある。


(どうやって? ……運頼みしかないのか?)


 高速エレベーターは十数秒足らずでルイスたちを高層階に運ぶ。その先にはフロアを駆け巡る六課の姿があった。


(くそ……!)


 ルイスたちは六課の見ていない教室へ駆ける。

 なんてことのない日常の授業の光景があった。


 空振り。


「……残り二〇分なの」




 四つ目のビルの高層階。


 我が物顔で次々と教室見ていく六課の人間を見ながらルイスは歯噛みする。

 おそらくは別のフロアでも同じことが行われているはずだ。


 ポチが作ってくれたアドバンテージをすっかり失ってしまい、後手後手に回っている……


 六課は残る最後の高層ビルの捜査にまで及んでいるかもしれない。

 残りは一五分。そろそろ生命に関わる時間だ。このまま六課の後ろを駆けるようにするしかないのか。


「…………、」


 焦れたルイスは駆けながら、窓越しに隣のビルを睨む。残るはここと向こうの二つ。キッカたちはどこにいる……?


「――、――――」


 はじめ、目の錯覚を疑った。


 ルイスは立ち止まる。


「どう……したの」

「……、…………」


 肩で息をしながら立ち止まったルイスの意図を尋ねるふたり。ルイスは無言のまま自分が見た物の真偽を確かめるよう目を凝らす。


 隣のビル。

 三つ下の階層。


 カーテンの隙間。


 床の上に広がった、迷彩柄の袴――


「……見つけた!」


「え――!」

「……!!」


 目を見開く二人の前でルイスは端末を取り出し、一〇分強という残り時間を確認する。エレベーターを使って降りて向こうにたどり着くまで五分ほどは掛かるだろう。


 幸いにして今は六課の姿はそこにはない。しかしそれも時間の問題だ――すぐ下の階層には慌ただしく教室を行き来する人影の姿を見つけた。


 躊躇は一瞬。

 ルイスは窓を開け放つ。


「なっ……む、無茶なの!」

「先輩――!?」


 ルイスの意図を見て取った二人はその顔に驚愕を浮かべる。


 彼我の距離は二〇メートル強。

 三つ下の階層だ……やってやれないことはない。


 安心させるようポチたちに頷いて見せて、窓から後ずさる。

 十歩ほど。それだけの距離で助走をつける。


 窓枠の一メートルほど前でジャンプ。一瞬だけ窓枠に着地し、助走の勢いを削がないうちに窓枠を蹴って――


「う――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 仙台ルイスは跳んだ。


「「――先輩!!」」


 二つの声を背にしながらルイスの身体は高層階特有の強い風に包まれる。想像していた程の抵抗は感じない……幸いにして追い風に煽られるということはなかった。


 極力空気抵抗を抑える為に手足を前に出す。ちょうど走り幅跳びのポーズだ。


 みるみるうちにビルとの距離が迫ってくる。目にささる風に涙が分泌するのを感じながらルイスは懐から実銃を取り出す。じくじくと痛む視界の中で狙いをつけ、引き金を絞る。


 ――パリイイィィィィン!!


 放たれたゴム弾は目前に迫った窓ガラスを砕き千々の欠片を作る。降り注ぐ破片の中をルイスの身体はくぐり抜け、教室の床で転がる。


「ぐっ……」


 勢いのまま数回バウンドし、体中を強く打つ。加えて頭に鋭い痛みを感じた。ガラスの破片で切ってしまったかもしれない。


 痛みを感じながら立ち上がり、見回す。

 数は一〇。様々な風貌の男女が倒れているのを見つけた。それ以外には人影はない。


 けど――


「これで終わりってわけじゃ、ないよな」


 懐からテイザーガンを取り出し、教室の出入り口に向けると、ほとんど同時にそれが開かれる。おそらく廊下側で警戒していたのだろう『首輪外し』の見届人。窓ガラスからの侵入者に驚愕した顔のまま、彼はテイザーガンから流れる高圧電流に崩れ落ちた。


 しかし一人というわけでもなかった。倒れた彼の後ろ二人目が現れる。ルイスは実銃の引き金を絞るも、ガラスを砕く威力を持つゴム弾はしかし、男の意識を奪えるほどの力はなかった。そのまま弾が切れる。


 迫る男の手には大ぶりのコンバットナイフ。

 ルイスは最後の一つの武装、スタンロッドを手にして立ち上がる。


(……ッ……)


 着地の際に痛めたか、足の動きが鈍い……

 これで格闘戦を行い勝利しなければならない。


(……上等だ)


 戦意をみなぎらせながらスタンロッドを構え、


 ――ビクッ……

 と、目の前の男が激しく痙攣する様を、ルイスの目は捉えた。


 そのまま、男は崩れ落ちる。


「………………」


 見れば男の腰の辺りに電極のついたワイヤーが刺さっている。

 ワイヤーを目で追ってみる。テイザーガンを握る手があった。


 迷彩柄の、巫女装束。

 倒れたままの風紀委員――キッカの姿。


 ルイスは視線を廊下に戻す。


 ……見届人は二人だけだったようで、他に気配はない。


 それだけ確認して、キッカの下へ。

 すぐ側にひざまずき、辺りを確認する。


「……、……」


 写真の中には彼女たちの足元にずたずたに引き裂かれた首輪があったが、もう処分されたのか、見つけることができなかった。


 自分の首輪を外して少女の細い首に巻く。首輪に残った毒針が彼女の身体に回っている毒を中和していくはずだった。応急措置に過ぎないがないよりはマシだ。


 片方の手で携帯端末を取り出し、上役に連絡をつける。

 一〇名の命は失われずに済みそうだった。


「間に合った……」


 独り言に反応するように、迷彩柄の巫女装束を着た少女が口を開く。


「……センパイじゃん……なにしてんの、こんなとこで……」


 か細い声からも衰弱が伺えた。もう少し遅ければと思うとゾッとする。

 ルイスは自分の膝にキッカの頭を乗せながら答える。


「キミを助けに」


 少女は微かに目を見開いて、


「……かっこつけんなバーカ、バーカ……ばーか」


 花のように笑った。



 残り時間を一〇分近く残して、ルイス班の奮闘は実を結んだ。

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