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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第二章 鈴の音を鳴らすのは
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鈴の音を鳴らすのは……02

 どのような理由があって五稜郭キッカがそこにいるのかは判らない。


 風紀委員としての正義感や責任感から彼らを止めようとして巻き込まれたのか。

 首輪に対する憤りを共有する同胞たちと共に本心から殉ずることを願ったのか。


 オダワラ・フラーレンに戻ってきてひと月ほどのルイスには、キッカの胸の内を察することはできなかった。ただ想像することしかできない。そのことに少しだけ口惜しいものを感じながら、それでも絶対の決意を抱くことができた。


「救おう。何があっても、この一〇人は」


 ルイスの言葉に、後部座席に座るふたりの風紀委員は深く頷いた。


「ポチ、」

「同ドームの学区内です。高層からの見た景色に間違いないありません、サー」


 散歩が唯一の趣味であると公言していたポチ。彼女に件の画像を見せ、教室の窓の外の景色から場所の特定を急げないか。ルイスのそんな目論見は正解だったことを知った。


「ただ……」

「ただ?」

「……学区に立つ高層ビルは五つ。そのうちのどれだったか、までは……」


 眉間に皺を作って悔しそうに言う。

 五つの高層ビル。そのうちのどこにある教室かまでは判らない。


「不明瞭な記憶で言葉もないです、サー」

「バカ言うな、助かる」


 言いながらハンドルを切る。件の学区まで八分弱。このままいけば、着いてからの猶予は三〇分強。

 そのタイムリミットまでにキッカたちを見つけだす必要があった。


「H.A.C.O.Pはどう動くのですか、サー」

「フラーレンの中、それぞれのドームの中で捜索してるって話だけど、裂ける人数は限られてる」

「当てにはできないってことなの」


 ココロコの言葉にルイスは頷く。




 ――そもそも、ドーム型都市の建造はいわば『間に合わせ』だった。鎖国以前、政府が方針として掲げた『クローン保護』であったが、国際世論以前にも国内の情勢からも無謀な試みであった。反論例を上げだせばきりがない。一つ一つが正論だ。


 そんな中で最も道理のある意見が『保護するクローンを管理できる施設がない』という点であった。クローンハザードによって生まれたクローンを政府が保護するのであれば、その責任は政府が負う必要があった。


 政府が打ち出したのは、透明性のある地方分権化だった。

 地方ごとに存在する大都市へ向け、首都に偏った企業や住民を移住。その際に、クローンを保護・隔離・育成・管理するための専用区画を作る。最悪の場合を想定し、暴動などの鎮圧をし易いようドーム状の建築物で空調の操作をし、中でのガスの使用などは厳禁とする。分権により発生する責任と利権を予め明文化しておき、将来的にはその区画自体をクローンたちによって管理運営させる――


 一見すると荒唐無稽な計画を受け入れるだけの度量が、地方には存在していた。


 そうやって生まれたのが『ドーム型都市』だ。

 地方分権という名の下、八地方区分に適応するドーム型都市が造られることとなった。


 万一の可能性を避ける『隔離施設』であるため東京や大阪、横浜、札幌に名古屋や広島などの大都市からは少し離れた場所で、かつその一方である程度は交通の便などが整っている必要がある。結果ドーム型都市の建設地点に選ばれたのが観光地としての側面があった――現存する『城』か、あるいは『城痕』だった。


 北海道は五稜郭。

 東北は仙台城。

 関東は小田原城。

 中部は春日山城。

 近畿は姫路城。

 中国は松江城。

 四国は丸亀城。

 九州は小倉城。


 クローンを隔離しておくための間に合わせだった『ドーム型都市』の利便、天候をしのぎ空調を管理する試みは、特にメガシティである首都に住んでいた若者たちの関心を強く引いた。そうしてクローンのためのドームとは別に人間のためのドームが誕生。それらを繋ぐパイプ状の交通施設が作られ、年々保護されるクローンの数、はたまた首都から移住・帰郷する人間の数は増える一方だった。


 ドーム型都市はその設計上、大きさに限界が存在する。当然だ、都市ひとつをまるごと包むドームというだけでほとんどオカルトじみている。大きさに限度がある以上、ドームの大きさではなくその数自体を増やすことになった。『間に合わせ』だったドーム型都市は需要によって発展していった。


 こうして出来上がったのが狭い間隔に立ち並ぶ半透明のドーム型都市とパイプ状の交通施設によって結び合わせた『フラーレン都市』である。


 フラーレン。

 本来の意味は簡単かつ乱暴に言ってしまえば、サッカーボール状に構成された分子のこと。接合部が肥大化したハニカム構造のような形がドームを結合した都市郡とよく似ていたことから、そう呼称されるようになった。オダワラ・ドームを起点とするフラーレン構造の都市を『オダワラ・フラーレン』と呼ぶ――そんな具合にである。


 そんな広大なオダワラ・フラーレンの中、H.A.C.O.Pが『首輪外し』に裂ける人数は限られている。仮にキッカの姿がなかったとしてもルイスたち風紀委員に捜索の役目が振られることになっていただろう。


 ……他の風紀委員たちも捜索しているのだろうか。

 考えていると目指していた学区内にたどり着くのはあっという間だった。


 残り三六分。ルイス達は電気自動車を降りて駆け出す。




 学区は文字通り『生徒』たちが多い。無菌室の都市で生きるための座学を学ぶ者たちの往来の中、ルイスたちの極彩色の格好はひどく目立った。


「まったくもうなの。見世物じゃないの。失礼しちゃうの。ぷんぷんなの」


 ガスマスクをつけた白ゴスの少女が言うものだからカオスである。

 しかしそれにしても……


「……六課ですね、サー」

「ああ」

「あれで隠れてるつもりなんだから笑っちゃうの」


 学区の隅々にどこか不穏な雰囲気を持った人物がちらほらと見える。衣服によって首元を隠しているせいもあるが、個性を極限まで殺すことに努めてみました、みたいな空気をまとっていて、けれど鋭い目つきまでは隠しきれていない……

 そしてその懐は、かすかに膨らんでいる。


 通称『六課』と呼ばれる彼らは人間の警察だ。対クローン犯罪課で、その職務上H.A.C.O.Pやその下部組織の風紀委員会とはバッティングしやすい。


 その優秀さは『首輪外し』の情報から三〇分足らずでこの学区までやってきていることで証明されている。


「面倒だな……」

「はい、サー」「なの」


 思わずつぶやくルイスに、ふたりはそれぞれに頷く。

 優先度の問題だ。彼らは人間に仇なす可能性のあるクローンを積極的に取り締まる。


 たとえばこの場合。『首輪外し』……自らの生命をふいにして政治的なメッセージを発さんとする者たちの存在など面白くないに決まっている。


 もしそんな彼らがルイスたちより先に『首輪外し』を行う者たちを発見したら?

 彼らの懐には実弾の入った拳銃が潜んでいる。……下手したら始末される可能性すらある。


 そうならないためにも、彼らに先んじてキッカたちを保護する必要があった。

 ルイスたちは五つの高層ビルの側で顔を見合わせる。


「総当たりしよう。それしかない」


 口惜しそうに唇を噛むポチの頭に手を置く。

 慰めを口にする時間はなかったし、そうするべきでもないと思った。


「バラける方が効率がいいの」


 ココロコの提案に、ルイスは首を振る。


「探す段階ではそうだろう。でも相手も馬鹿じゃない……『首輪外し』の見届人がいるはずだ」

「……そっか。それもひとりとは限らないの」

「阻止させない為に武装した何人かで待ち構えている……確かにそう考えた方が自然ですね」


『首輪外し』を行う一〇名の他に、それを見届けて発信する者たちがいるはず。彼らは一〇名が殉ずる瞬間の為に必死の抵抗を見せるはずだった。


 その心に抱いているのは『首輪』をつけることを強要した人間たちへの憎しみだろうか。それとも従って見せた先達の同胞(クローン)たちに対する恨み言か。いずれにしても、首を晒した仲間たちに毒がまわって死ぬのを今か今かと待ち構えている彼らに幾ばくかの正義も感じられないのは、ルイスの精神構造が単純で幼いからだろうか?


 ましてや。

 首を晒しているうちの一人は、ルイスの身内。


 気が強くて、まっすぐで。

 正義感が強くて、他人にやさしい。


 そんな五稜郭キッカが息を引き取る瞬間を、彼らは待っている……


(胸糞悪いな……)


 彼らと相対する時、こちらの戦力も備えておきたいところだが……

 風紀委員の武装は三点。


 テイザーガン。電極をワイヤーによって撃ち出すことで射程距離を得たスタンガンだ。このタイプの欠点は一発限りの使い捨てという点。多数を相手にした時ほとんど無意味な武装になるのだ。


 実銃。ただしゴム弾しか支給されていない為、ガラスくらいは割れるだろうがダメージはあまり期待できない。


 スタンロッド。警棒のように扱うスタンガンだ。三点の中では一番実用的だ。


 H.A.C.O.Pであればもっとマシな武装を用意できるのだが、今嘆いても仕方がない。

 心許ない武装だ、三人で固まった方が得策だった。


「キッカを欠いたスリーマンセル。ちょっと不安だな」

「なの。とっとと回収して穴を埋めさせるの」

「お仕置きも必要かと。内容はお任せしますが、サー」

「できるだけ嫌がることを考えておこうか」

「鬼なの」


 ガスマスク越しにちいさく笑うココロコに、口元をわずかに緩めるポチ。

 ふたりに笑いかけて、ルイスは身近にあったビルに向かって走り出す。


 残された時間は三二分。


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