相合い傘の都市……05
時は遡り二日前。
「――半年前、諸外国の人間が我が国に『クローン部隊』があるのではないかと疑われているという話をしたが、ルイス。おまえはなんと答えたか覚えているか?」
「記憶してます、『なにがいけないのかわからない』です」
小奇麗なビル群が立ち並ぶオフィス街の一角、ひときわ大きなビルがある。設置されたプレートには『オダワラ・フラーレン第一ドーム・H.A.C.O.P第一ビル』と書かれている。クローンによって組織される官公庁であるH.A.C.O.――『Human_Assist_Clone_Office.』の一部署だ。そんなビルの一室、衝立で作られた空間にはデスクが一脚とそれを挟んだ丸椅子が二脚があった。仙台ルイスはその一脚に腰掛けてひとりの女性と対面していた。
「うむ、そう言っていたな。今一度、理由を説明してみろ」
「『そもそも論』になってしまいますが……この国にはクローン保護法があります。これは、クローン種に対し人権『のようなもの』を発生させるものです。
その上で、祖国を持つ者が祖国を守る為に軍に籍を置くことが不思議なのでしょうか? という旨でありました」
「正論だな、優等生の解答だ、まさしくその通りだ」
半分は苦笑い、もう半分は単純に愉快、そういった雰囲気で目の前の相手は笑う。
彼女はルイスの世話役であり、上司であり、上官のような存在だ。一言で『上役』とルイスはくくっている。年齢不詳。性別は女性だが、整った顔立ちやよく通る声質は中性的で、部下であるルイスを前にしている時の自信あふれる所作は男性的にも思える。ただひたすらにやりにくい相手……それがルイスが上役に抱く印象だった。
(このひとの『オリジナル』もこうなんだろうか? ……なんてね)
ルイスはそんな詮無いことを少しだけ思う。
「で、留学から戻ってきた今はどう考えるね? 諸外国の人間の我が国に対する『クローン部隊』があるのではないか、という疑いに対して」
半年を挟んだ二度目の問いということになる。わずかに考えて、
「……出身を割り出せない人間を戦地に駆り出す。そんなのはどんな国も思いつくことです。その点、クローンはさぞ利用しやすいことでしょうね」
「一言で言えば?」
「『うっせー黙れ』でしょうか」
「うむ、まさしくそれがH.A.C.O.Pの正しい捉え方だ、偉いぞ、半年の留学の意味があったな」
先ほどの笑いをそのまま濃度を高めたような笑顔。再び「ありがとうございます」と返すルイスは至って真顔である。
「さて――半年の留学期間を挟んだ者を相手に尋ねることではないと思うのだが、慣例でね。尋ねておくことになっている。……ルイス、おまえは、」
その問いを口にする時だけは、笑顔を消して神妙な顔を浮かべた。
「『風紀委員』を続けるかね?」
『風紀委員会』。
それはH.A.C.O.の教育課程にいるクローンによって組織されている。
活動内容は多岐にわたるが、ひどく乱暴に要約すれば治安組織の卵だ。その名が示す通りドーム型都市の風紀を取り締まる役目を負っている。
一定期間を風紀委員として過ごしたクローンは教育課程を卒業、H.A.C.O.のP部に昇任することができる。P部、つまりはポリス部。H.A.C.O.が抱える警察のような部署だ。今顔を合わせている上役もまたH.A.C.O.Pの一員で、『風紀委員』からの卒業生でもある。
ルイスも同じ道を歩むつもりだった。だから迷わず答える。
「はい、続けます」
「よろしい。このオダワラ・フラーレンの風紀を守るよう引き続き尽力してくれ。
半年間『外』での留学を積んだ風紀委員はひとつの『班』の監督生として就任する。監督生の仕事はわかるな?」
「班員の意識改善と、必要があれば研修と……」
「よーするに、模範生たらんと努めることだ」
大まじめに言う。
「大切なことだぞ? 仙台ルイス。班員から見ればおまえは『外』を見てきた『先輩』に当たるわけだ。おまえがカラスは白いと言えば、それを信じきる者だっているかもしれない。そのことがまるきり不思議ではないこと、知っているだろう?」
確かに、とルイスは頷いて答える。
「ま、しかし」相手はかすかに肩をすくめ「おまえの『班』はだいたい、人格形成も済んでいるよ。その点は問題ないだろう。非常に――ユニークだぞ」
言いながら上役はルイスの端末にデータを送信する素振りを見せる。
「もっともこの面白さは資料では伝わらんが」
ルイスが端末を手に取ると、上役は笑顔で頷いてくる。むしろとっとと確かめてみろ、と促しているように思う。内心いやだなぁと思いつつ端末を取り出して情報を見てみる。班員たちの来歴のようだ。三人分。ざっと速読して顔色が変わる。……何かの間違いであってほしい、と思いつつ丁寧に読み、
「……向いてないかもしれません」
思わずこぼした二日前の感想とは裏腹に、ルイスは無事、三人の少女たちに受け入れられたのだった。