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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第一章 相合い傘の都市
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相合い傘の都市……04

 次の日。

『委員会』活動の時間を迎え、ルイスの姿は風紀委員会ビルの中にあった。


 大丈夫。準備はした。

 昨日の手痛い失敗を無駄にはしない……


 そんな決意を秘めながら『ルイス班・待機室』と書かれた扉の前に立ち、深呼吸。


「すぅ……」吸って「はぁ……」吐いて。

 自分の姿を検め、「よし」と気合いを入れる。


 ドアを開く。


 はじめ、三人の少女たちから向けられた関心にはどこか諦観のような物が染み込んでいた。それが幾度かのまばたきの時間で様々な色を帯びていった。驚愕……絶句……昨日とはまったく逆の構図だ。そんな空気を少しだけ楽しみながらルイスはホワイトボードの前に立つ。


 突き刺さる視線。ココロコのシュコーシュコーという極めてシュールな音のほか、一室からは音が消えた。


 数十秒の間を挟み、沈黙を破ったのは昨日と同じくキッカだった。


「………………センパイ、センパイ?」

「なんだねキッカ後輩」

「ヘーキか? 一日で頭おかしくなってない? 今日は休むって連絡しとくぞ?」


 縦割り社会だから折檻しても云々。

 ともあれ、ルイスは小さく笑う。


「不躾にずいぶんなことを言ってくれるじゃんか」

「や、だって、そのカッコ……」

「イカしてない?」


 キッカはココロコ、ポチと顔を合わせる。それから同じタイミングで向き直り、


「あぁ、イカれてるよ」


 代表するようにキッカが言った。


(……迷彩巫女にファッションチェックされるとは)


 なかなかどうして貴重な経験である。

 しかし評価する人間の服装は置いておいて、その評価は極めて正しい。


 ルイスは服装を新たにしてこの一室に臨んでいた。

 昨日の紺の背広とデザインは同じだ。が、柄が異なる。ストライプだ。ストライプスーツというわけでない。……広いのだ、縦線の幅が。まるでパジャマのように。そして何よりも色が違う。スーツの持つ慎ましいデザインを相殺する鮮やかさな色合い。


 紅白、である。


「……あの、なんだっけ、絵本で見たことある……」

「たぶんウ○ーリーなの」

「……そう、それだ!」


 キッカとココロコが言う。

 なるほど、縞の向きこそ違えど、なかなか的確な表現だ。


「見つけちまったね、おれこそがウ○ーリーさ。どうよ?」

「まぁ……似合ってる……んじゃない?」

「……似合ってるのか…………」


 ルイスはなんとも言えない微妙な気持ちになった。


 変わったのはスーツだけではない。内側に着ていたシャツの代わりにフード付きのパーカーを着込んでいる。このフードというのがこれまたイカしていて、かぶるとデフォルメされた羊の顔になるのだ。


 ルイスは昨日の帰りに思ったのだ。

『……地味だなぁ、これは』と。

 紺色の背広という服装では、三人の『先輩』には相応しくはないと。


 彼女たちの奇抜なファッションは、アイデンティティの確立なのだと思えた。ココロコなどは特に判りやすい。不法に量産されたアイドルのクローンである彼女には同じ顔を持つ者たちが数多に存在している。そんな彼女たちと自分とを分かつ手段として、白いゴスロリ服、ガスマスクという服装で身を包んだ……


 それを容易な手段と笑うこともできる。

 割と風紀を乱す服装かもしれない。


 けど、


(……尊重することもできる)


 どちらが適切なのかはわからない。ただ自分の服装は地味という一点だけ強く実感した。結果『ウ○ーリー』柄のスーツを身にまとって彼女たちの前に立った。


「昨日はろくに挨拶もできなかったから、今日は代わりに一つレクチャーをするよ」


 ルイスはそう言って、三人にそれぞれ手荷物を手渡す。


「……? センパイ、これってなんです?」


 キッカが尋ねる。

 三人に配ったそれは柄違いの、


「折り畳み傘だよ」


 安物の折り畳み傘。昨日ショッピングモールにてスーツと共に購入した。


「おりたたみがさ……」キッカはつぶやいて、「で、これがなんです? 武器の仕込み方でも教えてくれるわけ?」


 過激派的な発想だなぁ、とルイスは内心で苦笑する。


「それ以前だよ。……開き方、わかる?」

「はぁっ? おりたたみがさの開き方が、どうだって言うのさ!」

「ココロコも、ポチも。適当にいじってみて」


 言うと、ふたり揃って触り始める。それを見てキッカも不承不承と触り始める。


 折り畳み傘と格闘する三人。

 拙い手つき。

 伸ばしてみて、驚いたりしている。


 ――そう、知ってるはずがないのだ、折り畳み傘の使い方なんて。


 なぜならドーム型都市の内側では、その『ドーム』の天蓋(ふた)のせいで、雨が降らないから。


 だから、傘を差す必要がない。

 だから、折り畳み傘の使い方なんて、知ってるはずがない。


 そんな者がはじめ、手渡されたなら――


「……あ、そっか。こうだな……んっしゃ!」


 ばし、と勢いをつけ、キッカが伸ばした状態の折り畳み傘を展開する。

 するとどうだ、裏返したまま広がってできあがるのは、見事なプリンカップ型。


「………………」

「………………」

「………………」


 三人の視線がそんな傘に注がれる。

 ルイスはそれを指さし、息を吸って、


「あー~~っはっはっはっはっはっはっは!!」


 腹を抱えて、大爆笑。


「はははははは!! あっははは……ごっほ、ごっほ!」


 咳が出るほど笑う。


「~~~~っ!! ~~~~っ! ~~~~~~~~っっ!!」


 キッカはプリンカップ型に展開した折り畳み傘を広げたまま、顔を真っ赤にして震える。迷彩巫女が失敗した折り畳み傘を持って震えてる。その絵面はたいそう面白く、ルイスは腹筋が痛くなるまで笑い続けた。


「……ま、そうなるんだよ」


 ひとしきり、というか一年分くらいバカ笑いを続けてからルイスは穏やかに言う。


「これが、おれが『外』に出て最初にした経験だよ」

「――――え?」


 涙まで浮かべて震えていたキッカの顔から表情が消える。冷たい目で見ていたポチ、表情の見えないココロコもこちらを向き直る。


「留学先で数人で郊外を歩く機会があってね。小雨が降ってきたから折り畳み傘を渡された。こっちじゃ傘なんて使わないからわっかんなくてさ。頑張ってキッカと同じそれを作ったら、その場にいた人間に大笑いされた」


 ルイスはそういって、キッカの手を取り、プリンカップ型に開いたそれを畳む。


「開く前に、ここの関節っぽいところを広げておくんだよ」

「な、えっと……こ、こう?」

「そう、そう」


 キッカの両手を使い畳まれていた部分を広げていく。はじめは戸惑った様子だったが、二つ目の繋ぎを作る頃にはその『かちり』とハマる感じが気に入ったようだった。そうして一周。


「おっけ。で、さっきの要領で広げてみ」


 ルイスが言って離れると、おそるおそるといった感じで折り畳み傘が広がっていく。上手く支えが働いて無事に開く。


「……できた」一度、小さくつぶやいて、「……できた?」確認を求めてくる。

 ルイスは、笑って答える。


「おめでと。これで『外』に出ても笑われずに済む」

「……………………ふ、ん」


 折り畳み傘を開くことができた……

 たったそれだけのことで、五稜郭キッカは、はにかむのだった。


 ちなみに、その迷彩巫女が差した折り畳み傘の柄は、迷彩色だ。

 ココロコには白いフリルのつき日傘、ポチにはいちご柄の傘。

 彼女たちの『それ』を尊重して選んだら、そうなった。


「ね、センパイ。……そ、『外』はどうだったのさ」


 キッカが開いた折り畳み傘を肩に置くようにしながら尋ねる。


「どうって?」

「楽しいこととか、気になったこと。あったわけ?」

「んー、そうだね……」


 ルイスは、目を閉じる。


 ……強く思ったことは多くあった。

 そのいくつかをすくい取って、口を開く。


「うるさくて、雨が降って、暑くて、寒い。なによりも、ゴミが落ちてた」

「――ゴミが? 町の中に?」


 キッカが首をかしげる。


「空き缶、ペットボトル、雑誌にビニール袋。必要じゃなくなったいろんな物が」


 人間は気にならないのかな――と。

 それは消耗品に近い生命であるクローン種であるルイスだからこその疑問だったのかもしれない。同胞たる班の面々は、


「変」

「……なの」

「不衛生かと、サー」


 共感してくれた。


 ルイスはそれが、単純に嬉しくて、あぁそうか――と思う。

 等身大とは、こういうことなのだと。


「それと、そこら辺に花が咲いてた。たとえばアスファルトの隙間から」

「――――」


 三対、きょとんとした反応。それにルイスは小さく笑って、


「……こんな話でよければ、いくらでもするよ」


 等身大の仙台ルイスは三人に向けて、そう口にした。

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