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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第一章 相合い傘の都市
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相合い傘の都市……03

 電気自動車で夕暮れに染まりゆく都市を駆っていく。

 半透明のドームの天蓋のせいで太陽光の純度が落ち、その代わりにLEDの明かりが都市を照らす。この時間の明るさは『外』の黄昏と比べ、どうだろう? 明るいか。それとも暗いのか。


 ……明るい気もする。けれど暗い気もしていた。

 いずれにしても、ただ共通しているのは、


(黄昏時は、どうしてか、寂しい)


 町を包む静けさは、それを助長しているように思えた。


 半透明の空、小奇麗な町並み、静寂さ……そんな世界に空々しさを感じながら考えるのは三人の少女たちのことだ。


 先ほどのやり取りでなく、事前に目を通していた資料に載っていた出自。


 まずは迷彩巫女のキッカ。五稜郭菊花。

 ゴリョウカク・フラーレンで保護された彼女のオリジナルは不明だった。


 オリジナルが不明――どこで造られた(・・・・)のか判らない。人間からすれば大いに問題があることだが、当のクローンであるルイスたちがそのことに抱く所感とは強い温度差がある。


 ヒトという種を脅かしかねない発明であるクローン。いつどこで誰の手で自分のクローンが造られるかも判らない……クローンハザードの遺した恐怖に対し、

 クローンという立場からすれば、自らの出自が判らない程度のことなど、個人的な恨みの範疇(・・・・・・・・・)に留まるに過ぎないからだ。


 必要とされたから生まれ落ちた人間と、

 どこかで造られた生命であるクローン。


 そのギャップにこそ、ルイスは頭を痛める。


 ……ともあれ、五稜郭菊花はオリジナルが不明のクローンとしてゴリョウカクで保護された後、このオダワラ・フラーレンに送られてきたわけだ。


 彼女はこちらでの生活に順化した後、風紀委員としての訓練課程に入る。保護されてから二年で現在の彼女の人格を形成していった。


 ポチが言っていた。正義心と向上心が強いと。風紀委員として生きてきた二年間はきっと訓練ばかりの日々だったはずだ。あまり健全とは言い難い時間の中で、他に楽しみなどを見い出せていればいいのだが……


「………………」


 続けて、白ゴスガスマスクのココロコ。五稜郭心子。

 菊花と同じくゴリョウカク・フラーレンの出身だ。


 キッカと違い彼女の出自は明確だった。数年前に流出した当時の人気アイドル『姫ノ瀬ロコ』の違法量産クローンの一体だ。


 ――クローンハザードの前・後に問わず、認可されていないクローンの生成は違法であり、どの国であっても極刑は免れないとされる。


 大罪なのだ。


 それでも多大な資金に変わるのであれば、それに手を染める人間は少なからず存在する。アイドル・姫ノ瀬ロコの違法量産クローンはその一種で、確認されてる個体だけで三四体が保護されている。出回るルートを抑える前に一体どれほどのクローン体が流出したことか。現在でもその全容は把握できていない。


 あぁ、それで――

 ふいに気づいた。


 アイドル『姫ノ瀬ロコ』のクローンである彼女は顔を隠すわけだ。美しく整ったその面貌を、呪いと感じて。

 物々しいガスマスクを使って。


「………………」


 最後に考えるのは、ダボロジャージのポチのこと。姫路ポチ。


 どこだかの大金持ちの希望で違法生産されるという異質な出自だ。どうやら大昔に事故で亡くなった娘の生体データを基に造られたらしい。


 しかし彼女の主人は娘の面影を持つポチに対し、父娘として接することはできなかった。まるで使用人のような扱いを受けていたという。


 支給品のジャージを着る様は服装に頓着するだけの情緒を培えていないことを意味している。そうした生まれであるのなら、なるほど――厭世的なふくろうというイメージは的を射ているかもしれない。


 まったく。


「はぁー…………」


 ルイスは深くため息を吐いた。

 同情の類ではない。嫌な話だがこのご時世、三人の境遇はよくあるケースと言える。ルイス自身がキッカと同じくオリジナルが不明なクローンだ。


「……こんな所で(つまず )いていられるか」


 小さくこぼす。

 ルイスが風紀委員になった理由は単純で、いつか自身たちを造った誰か(にんげん )に恨み言のひとつでもぶつけてやりたいと思ったからだ。そのためには組織に属して昇格を目指すのが一番手っ取り早く、そして何より――他に生きる目的を見つけることができなかった。


 当面の目的としての復讐。

 それしかなかったのだ、ルイスには。

 そしてそれは風紀委員に属するクローンの中で最もありふれた理由でもあった。


 自分たちを造っておいて、投げ出した誰か(にんげん )

 恨み言なんていくらだって湧いて出る。


 少女たちの珍しくもない境遇に思うところはあまりないが、ただ、しかし――


 ルイスはふと、路地に電気自動車を停める。

 バックミラーに映る自分を見て、思った。


「……地味だな、これは」


 紺の背広という服装。あの三人の賑やかな服装を見た後だからか、ひどく地味に思えた。銀の髪だけが浮いた容姿。……よし、とルイスは決意する。


 電気自動車のハンドルを切って、ショッピングモールを目指した。

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