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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第四章 人には愛が
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エピローグ

「侵入者たちは事前に警備用ドローンを破壊してバックアップクローンの物色をしていたが、機転を利かせたルイス班の献身によってこれを妨害。逃亡する頭目を追ったおまえは建設途中で放棄されたエレベーターの縦穴を利用して小田原城の城跡公園に出た後、有栖川のクローンを自称する少女“アリス”と接敵。彼女によって深手を負った——と、そういうことになった」


 個室の病室の中、ベッドの上で身を起こしたルイスに向け、気だるそうに語る上役の姿があった。

 パイプ椅子に腰掛けてタブレット端末を片手に、気だるそうに語る。


「そう不服そうな顔をするな。H.A.C.O.は有栖川のクローンの存在をいち風紀委員に過ぎないおまえに明かすことだって渋ったんだ。朦朧としている中で見た首輪をしていない第三者(・・・)の存在などもみ消すに決まっている」

「……はぁ」


 ルイスと分かれたキッカたちは侵入者たちの無力化に成功するも、警備用ドローンによって意識を奪われたと証言した。本来、警備用ドローンは首輪を嵌めた者に知覚できないようにできている。そのため、それが破壊されたことに対する辻褄を合わせる必要がある。……そこに第三者がいた、という事実をひた隠しにして。


(……確かに、)


 わからない話ではない。


 オダワラ・フラーレンとしては、プリンタードームの中まで人間が訪れ、テロ行為に関与している可能性があるなんて話、受け入れがたい話なのだろう。故にその事実は秘匿され、知るべき者の間でのみ共有される……


「だからおまえは、」

「アリスを追った先で返り討ちに合いました、この傷はアリスから受けたものです、イテテ」

「うむ。それでいい。気をつけろよ」


 首輪を指さしながら上役は言った。病院の外でも同じシナリオを語るようにという意図だと察する。それに頷いて応える。


(……それにしても)


 事件から三週間が経ったという。

 傷を負ったルイスが意識を取り戻したのはつい先日。その間ずっと眠り続けていたわけだ。傷その物が深かったわけではない。医者によればストレスが原因という話だった。


 ストレス。

 思い至らないことが、ないでもなかった。


(……みにくいアヒルの子、だものな)


 ともあれ。

 目を覚ましたルイスだが、しばらくは面会謝絶とされた。例外として毎日訪れる上役と一〇分ほどのやり取りが行われていた。事件について話す機会は、それのみ。


 査問が免れないはずの事件だったが、人間の関与を秘匿することを決定した以上、今日までストレスで眠っていたルイスを出頭させることは如何にも体裁が悪い。上役が上手く立ち回り、そういう空気を演出したのだろう。


 リーヴァの一件でてんやわんやだったはずの所にこれだ、その苦労は想像に難くない。


「……ありがとうございます」


 言うと、上役はちいさく笑う。


「役目だ。礼を言われるようなことは別に……まぁ受けてやるよ、出世して返せ」

「出世かー……」ちいさくため息。「おれ、出世できるんですかねー……」


 この一件でルイスがどれだけの者たちから関心を持たれたか、考えたくもない。

 判りやすい立場に置かれる可能性はあっても、多くの部下を預かるような地位となると、難しい気がした。……尤も、立場を得るべきなのかは、答えを出すことができない。


 ルイスの複雑な顔を見てか、上役は肩をすくめる。


「さてな。根拠のない返事はできんよ」


 率直な物言いにルイスは苦笑してしまう。


「しかしまぁ——個人としておまえを重用し続ける気でいるぞ?」

「……、……ありがとうございます。でもお手柔らかに」

「ふふ、さてどうするのが面白いかな」


 上役は笑ってみせた。

 ルイスはこれまで、ずっとその顔立ちが中性的だと思っていた。


 けどどうだ、今の上役の表情は、どう見たって女性のもの。

 時折、笑顔を向けられてきたにも関わらず、今日までそれが分からなかった。


(……どうして分かるようになったんだろう?)


 わからないことばかりが増える。

 と、上役が立ち上がる。


「……さて。そろそろ仕事に戻るよ。いい加減、人員不足をどうにかしたいところだ」

「忙しいとこ、どうも……」

「いいさ。ルイス」

「はい?」


 上役の顔が近づく。

 音もなく重なる。


「………………………………」

「………………………………」


 目を開いたまま、色気もなにもなく、ただ温かくて柔らかな感触だけがあった。

 数秒の間を置いて離れる。


「よく生還した。おかえり、ルイス」


 悪戯の成功を見たように笑いかける。

 その笑顔を見て、不意に、ルイスはひとつの想像を抱く。

 素性不明の、飄々とした、ミステリアスな上役。そう思っていた。けど……


 思い出すのは、アリスの言葉。


 ——潜入させた人間に、本当の家族の情報を与える——

 ——本来の居場所のことを教える——

 ——会ったこともないはずの家族の夢を見るようになる——

 ——母の夢。父の夢。兄弟や姉妹の夢をね——


 ルイスのことを気に掛けるはずだ。だってその想像が確かなら、彼女にとってのルイスは、きっと弟のような……


(……まさかね)


 確証はない。あくまで想像に過ぎない。ただひとつ言えるのは、姉が弟に向けるものと同じくらい、柔らかな笑顔があったということ。


「また来るよ」


 そう言って、病室を出て行く。

 残されたルイスは、しばらく固まってから、ちいさく息を吐く。


「おかえり、か……」

 知らない世界の言葉のように聴こえた。




 それから数日が経ち、面会が許される。


 午前の内に来客があった。

 キッカ、ココロコ、ポチ。三人揃って来てくれた。

 見慣れた服装でなく、リーヴァの一件と同じ服装だった。


「! …………」


 ガスマスクをしていないココロコと目が合うなり、ずいずいとルイスに近づく。

 目が据わっている。なんか怖い。ベッドから動けないルイスはただ身を捩ることしかできない。


 ルイスの目前で立ち止まる。数秒、ルイスを睨むように見て、無言のままパイプ椅子に手を伸ばす。広げて正座でぺたんと座って、言うのだ。


「……心配したの。三週間。桶屋を儲けさせる算段なのかと思ったの」

「大げさだよ」

「大げさじゃないの。わたしたちになにか言うことがあるはずなの」


 真顔だ。叱られ慣れていないルイスとしては、目をパチクリとさせる他ない。


「えっと……ごめん?」

「もっとなの」

「…………ごめん、なさい」


 言うと、ココロコはちいさくため息を吐いて、それから苦笑する。


「ん……生きて帰ってきてくれたから、いいの」


 あまりに自然に微笑を浮かべる。その拍子に長い黒髪をふわりと揺れる。


「……無事でよかったです、サー。撃たれたって聞いてて……」


 未だ病室の入り口辺りに立っているポチ。おずおず、と言った様子で言った。

 キッカへと視線を向けると、


「よかったあぁ〜…………」


 ヘナヘナと脱力。その場で腰が抜けたように座り込んでしまう。

 その肩をぽんぽんと撫でるポチが苦笑し、


「この三週間、事ある毎に泣きそうになってました」

「……べ、別に泣きそうになんて! 平気だって、わかってたし!!」


 ポチが意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「ほほう、無事に違いないと? 信頼が厚いの。羨ましい限りなの」

「……っ! これは、だから、その……そういんじゃ……!」


 三週間と数日しか経っていないというのに、いつも通りのやり取りが妙に懐かしく感じた。苦笑しつつ、ルイスは口を開く。


「来てくれてサンキュな。……でもその格好は? どうしたのさ」


 尋ねるなり、顔を赤くしたキッカが立ち上がり、


「そう、それ! 聞いてくれよセンパイ!」


 詰め寄ってくる。自然な動作でココロコの隣にパイプ椅子を開いて座る。


「それがさー! 普段着で来たら他の面会客の迷惑になりますって追い返されたんだよ!」

「なの。ちょっと常識を疑うの、この病院はどうなってるのって感じなの」

「いささか遺憾でした、サー」


 なかなかに常識を逸脱した服装だ、無理もないなぁとルイスは思う。


「そりゃ……」


 アリスの呪いのような言葉を聞かされ、ひどく沈んでいたはずのルイス。

 けれどどうだ。三人を前にした今、自然に軽口が出てきた。


「そりゃ災難だったね、自慢の一張羅なのにさ」


 ルイスの言葉に、三者三様の笑顔。

 それはあまりにも無防備で、あまりにも無垢な信頼だった。


 無垢な信頼を前に、ルイスはかつて自分がリーヴァに向けた言葉を思い返す。オリジナルと相対したいと願う執着よりも、大事なものを見つけたと。それが何かと問うリーヴァに、こう答えた。


 ——楽しいと思える出会いを得た、と。


 ルイスはずっと、それが自分だけの宝物だと考えていた。

 でもそれは、違う。違うのだと無垢な信頼を前にして気づいた。


 ルイスが出会ったのと同様に、彼女たちもまたルイスと出会った。尊いはずの生命が複製される忌むべき世界の中、奇跡のように温かな邂逅を果たした。


 出会いが何十億分の一の確率かなど……考えるだけ野暮に思える。


(……ここがおれの居場所だって、そう胸を張って……いいはず、だよね)


 その奇跡の前に、自分が彷徨える子羊(ストレイシープ)でないという引け目など感じる必要がどこにある。

 そんなコンプレックスなど、いらない。


 三人に微笑みを向けて、ルイスは病室の窓から外を見る。半透明のドームの先にある蒼穹……その下に、自分の家族がいるのだという。

 事実なら、きっとそこも自分の居場所なのだろう。


 ルイスは誓う。いつの日か必ず、見知らぬ知己の人々のもとへ向かおうと。

 かけがえのない仲間と出会ったことを、報告しに。

 雨が降っていたなら、傘をさして。


 ふと、思った。

 クローンハザードの元凶……

 ……有栖川は本当の両親と出会えたのだろうか?


 どうしてか、叶うものならば問うてみたいと思った。

 視線を三人に戻す。

 ルイスは三人に向けて、この世界で一番ありふれた言葉を口にする。


「ただいま」


 自分の喉を震わせて。


 少女たちは、色とりどりの笑顔を咲かせる。

 それは星の瞬きのようにありきたりな

花だった。


    ——ストレイシープ*コンプレックス おしまい。

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