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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第一章 相合い傘の都市
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相合い傘の都市……02

「あのー、で、センパイ? 頭抱えてるとこ悪いんですけど、質問いーですか?」


 迷彩巫女、キッカが慇懃無礼な敬語を使いつつ、挙手。


「……なにかな」

「うわっなんか目が据わってる! 怖! ……えっとですね」


 キッカは、一度目を逸らし「んー」と僅かな間を置いてから、


「その髪は自毛?」

「……訊きたいことってそれ? ……そうだけど」


 ルイスの髪は彩度のない白銀だ。生まれつき色素を司るメラノサイトの働きが鈍い為、よく目立つ。呆れた調子で尋ねるルイスに、キッカは「んーん、本題はこれから」と前置いて、


「センパイ、『外』で取っ組み合いとか、しました? 捕り物とかで」


 出てきたのはそんな質問だった。


『外』。

 ルイスたちのいる、このドーム型都市の、外側のこと。


 ルイスは思い出した。留学先の『外』で問われたのはドーム型都市の『中』のことだった。訊かれるままに答えたそれらは『外』の人間にとっては奇っ怪な光景であるらしい。考えてみれば当然だ。このオダワラのようなドーム型都市は彼らにとって未知の世界にほかならない。外界から途絶された、いわば無菌室の都市。


 それと同じで、


「聞かせてくださいよ、センパイ? 『外』の話! ふたりだって気になるよな?」

「気にならないって言えば嘘になるの」

「……迷惑にならない範囲なら」


 この都市で暮らす者が『外』に関心がないはずがない。『留学』をはじめとした限定的な物を除き、原則『外』に出ることは禁じられているのだ。『外』を見てきた監督生が鼻持ちならぬ存在に思えるのは、ある意味当然だと思えた。


 ちなみに留学先というのは警察組織である。向こうからしてもルイスのような留学生(クローン)と接するのはいい機会というわけだ。とはいえ……


「……残念ながら、面白い話はないよ」


 そう答える他ないのが正直なところだった。

 キッカは不満そうに頬をふくらます。


「えーほんとかよー、チャカ振り回したりしてないんですかー」

「むしろあっちのが厳しかったよ……」


 風紀委員はドーム型都市では一定の武装の所持が許可されている。ここでは割愛するが。


「上層部の派閥争いに巻き込まれたり」

「留学生にまで及ぶ火の粉はないと思うよ……」

「じゃ押収品をギッたりは?」

「留学先でギるってどんな風紀委員だよ!」


 スケールの違う発想だ、ルイスは思わずつっこむ。

 キッカはきょとんとしてから、


「……そ。……なーんだ、つまんね」


 そう言って視線を逸した。瞬間、ルイスの第六感が理解した。


(あれ……今、失敗した?)


 何か失敗をしたという実感はある。しかしどこで何を失敗したのか。まったく心当たりはなく、ゆえにルイスは言葉を見つけられない。


「………………」


 そうすると小さな一室を沈黙が支配する。そっぽを向くキッカ、俯いたココロコ、窓の外を眺めるポチ。先ほどまで向けられていた関心が嘘のように霧散している。失敗の原因すら判別できないルイスは沈黙を破る言葉を思いつけずにいた。


 気まずい沈黙を破ったのは姫路ポチだ。


「終わりなら、散歩に行ってもいいですか、サー」


 初日は面通しという意味合いが強い。だからこの後の風紀委員としての活動はない。ルイスは情けない話、救われた思いを懐きながら頷く。


 ……それにしても、散歩? 内心で首をひねる。風紀を守るために都市の構造を把握できるし、単純にパトロールにもなる……大きな意味があるだろう。けれど、


(ポチって名前の子が散歩って言うと、なんか……)


 もやもやとした気持ちを抱いた。


「じゃっ、アタシも帰りまーっす」

「わたしも失礼するの」


 ポチに続き、キッカ、ココロコも席を立つ。ルイスはそれらにまとめて「おつかれさま」とだけ返す。キッカ、ココロコ、と教室を後にして、


「サー、仙台ルイス、……先輩」


 ホワイトボードの前に立つルイスの前でポチが立ち止まる。

 ダボダボでボロボロのジャージ姿という点に目が行くが、こうして向き合って見て実感するのは背の低さだ。ルイスの胸辺りに頭がある。風紀委員として少し心許ないかもしれない――そんなふうに思うルイスを余所にポチは口を開く。


「キッカは保護されてから最短の早さで『風紀委員』になりました。正義心と向上心が強いようです。ココロコはああ見えてとても機敏でとっさの判断力があり、インファイター向きだと思います。……ちなみにポチは射撃に多少の得手があります、サー」


 姫路ポチの資料を思い返す。三人の中では――というかルイスよりも年齢は上。そんな彼女の語る言葉に、先行きが不安な監督生に自分たちの向き不向きを教えておこう、という意図を汲み取った。ルイスはそれにどう答えるべきか悩んだ。


 悩んでる間に、言われた。


「足を引っ張らないように気をつけてください、サー」


 ――ルイスたちが属する『風紀委員会』やその上位組織であるH.A.C.O.にはは体育会系な気風がある。

 これが結構、根深い。通常はドーム型都市の中では暴力の類は絶対的に禁止されているのだが、この体育会系の側面によって緩和されたりする。例を言うのであれば――たとえば監督生が班員からナメた態度を取られた場合などは、鉄拳による認識改革を図るようなことが黙認されている。


 つまり。

 仙台ルイスはこの時、姫路ポチのことを、折檻しても良かっただろう。


 書類に残しても問題にはならなかった。それくらいには礼を欠いた発言であった。

 ルイスは果たして、


「……はは」


 小さく笑ってみせただけだった。


(……言わなくていいことを言わせてしまう、おれの不手際だ)


 素直にそう思ったのだ。だから姫路ポチがしばらくの間ルイスの手が届きやすい位置に顔を向けて立っていたのは、たとえ折檻による指導があっても甘んじて受け入れようという意思表示だったのだと――後になるまで気づけなかった。


 ポチは少しだけ意外そうに目を見開いてから、


「失礼しました。……では、サー」


 言って部屋を後にした。

 ひとり部屋に残されたルイスはホワイトボードを振り返る。


『自己紹介』。


 ホワイトボードの中央に書いたつもりがちょっとズレ気味だ。なんだかそれを見て、


「……………………はぁー」


 深いため息が出た。

 携帯端末が振動する。片手で操作しながら耳に当てる。


『で、感想は?』


 ルイスの上役からだった。見ているんじゃないかというタイミングだ。顔をゆがめて声を絞りだすように答える。


「むっずかしーですねー…………」


 そう言う他なかった。


『非常にユニークだろ? 面白いと思わない?』

「昇格が遠のいたような気もします」

『アハハ』


 やわらかい笑い声。ルイスは「笑わないでください」とため息を吐いてしまう。


『ファッションセンスはともかく、根は良い子たちだからな、なんとかなるだろうさ』

「新任早々ナメられたんですけど」

『ナメられるおまえが悪いだろ、監督生なんだからビシッとすればいいんだ、ビシっと』


 ぐうの音も出ない正論。


「正直、ビシッとできるくらいの経験を積んだかって言われると、自信が」

『弱気だな』


 弱気にもなる。むしろ――、とルイスは思う。


(……むしろ『中』での活動の方が、よほど過激だ)


 外への『留学』で与えられた役割はほとんど補佐みたいなものだ。それはそうだろう、本来組織内で人事が完結している警察組織に外から留学生に実務が回ってくるようでは、国家権力の名折れだ。故に留学したルイスに与えられた任務は雑用や補佐など『いたら便利』くらいの代物だった。野外にて合同訓練などは経験したが、それくらい。


 対し、風紀委員というドーム型都市の風紀を取り締まる立場だと、前衛に駆り出されるのだ。そういった荒事は『外』ではまるで無縁だった。あるいはそういった物騒な案件をドーム型都市が負担する現実があるから『外』の平和は保たれているのかも……なんてルイスは思う。


『ほんとに外ではなにもしなかったのか? 押収品なんてギりホーダイだろうに』

「そんないくら取っても無料のプランみたいな発音されても!」


 厳重でホーダイではないし、上役の発言ではないし、さっきも似たようなこと聞いた!

 ルイスは三重にビビる。


『酒や煙草にでも手を出してくればよかったのに。弱虫、いくじなし』

「やっぱり上役とは思えない発言なんですけど!」


 ドーム型都市は全面禁煙、酒は許可制。いずれも『外』からの持ち込みを防ぎきれていないのが現状だが。ちなみに飲酒についてはH.A.C.O.所属なら許可制である。


『冗談だ、笑うことを許可するよ』

「上司からの笑えハラスメント、略してワラハラを受けてしまった……!」


 ふと思う。班の面子があれで、自分の上役がこれ。


(……帰ってきたはずが、圧倒的なアウェイ感!!)


 ルイスはつい、脱力してしまう。まるでそんな様子さえ見通したかのように、電話口の向こうで声が弾む。


『アハハ。器用なんだか不器用なんだかわからんやつだな、おまえは』

「思ってたより不器用だったみたいですよ……」


 もっと少し器用にやれる。そう思っていたのだが、三人を前にしてはあのザマだった。


『あのなールイス。別に彼女たちは監督生にヒーローを期待してるわけじゃないぞ? 得意気に小粋な体験談なんかを語ってたら、それこそ信用なんて生まれない。永遠にな』

「それは……」

『普通でいいんだよ、普通で。見え透いた背伸びなんて不要だ、等身大でいいんだよ』

「等身大」


 言葉を反芻してみる。……あまりピンと来ない。


『向こうで何をしたかじゃなく、何を見て何を思ったのかを彼女らは聞きたいんだよ』


 ルイスは携帯端末を手にしたまま窓の外を眺める。背の高いビルの上にはルイスたちと蒼穹を隔てる半透明の天蓋がある。普段どおりの光景だ。『外』でこれを話したら妙に同情的な目で見られた経験がある。


(……こういう話でいい、ってことか?)


『ま、頑張れ。やっぱり素直ないい子たちだからな、上手くやってけるだろうさ』


 上役はそう言って、電話は切れた。

 ルイスはしばらく携帯端末を手にしたまま立ち尽くし、


「……帰ろうかな」


 風紀委員会ビルを後にした。

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