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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第四章 人には愛が
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人には愛が……07

 リーダー格が去り、残ったのは二人組と三人組だ。

 二人組の方はキッカとポチのツーマンセルで容易く無力化に成功したが、残る三人組は手強い。どう見ても荒事に慣れて(・・・)いた。


 バチバチバチィ――! 鋭い音を立てて打ち合ったスタンロッドが離れる。それと同時にキッカは後方に向けて跳躍。入れ替わるように別の相手がキッカの立っていた虚空にスタンロッドを大振りする。横合いから攻撃しようとするが、カバーする形でスタンロッドがそれを阻んでくる。


 二対一。如何にも不利だ。


(この……!)


 視界の端ではポチが一人と交戦している。激しい攻勢に出ているポチが優勢に見えるが、実際にはキッカとポチが不利に追い込まれていると言わざるを得ない。一人がポチを相手にしている間に残る二人でキッカを倒し、それからポチ相手に三人掛かりに持ち込むつもりなのだ。


 憎たらしいほどに合理的。隙を探しながら相手のスタンロッドを防いでいくが、


(……ないし! 隙とか全然! 嫌んなる!)


 二人相手に防戦一方だ、転機を見つけられる予感もしない。


 幸いにして相手の武装はスタンロッドに限られているようだった。これでテイザーガンなどの武装があったらと思うとぞっとする。それに対してこちらの武器はと言えば風紀委員に許される三点――ゴム弾に限定された拳銃、テイザーガン、それからスタンロッドのみ。


 うち、一発きりのテイザーガンはすでに使い切っている。

 ゴム弾とはいえ拳銃の一撃は決してバカにはできない威力だ。当たれば隙を作ることは叶うだろう。しかし、


(……悠長に懐の拳銃に手を伸ばしてりゃ、こっちが隙を作ることになる……!)


 交互に、時に同時に襲い来る二本のスタンロッドを防ぐだけで精一杯。それが間に合わなくなるのも時間の問題に思えた。


(でもそうはいくか……! もうセンパイの前でカッコつけちゃったもん……!)


 絶体絶命のピンチ。どうにか状況を打破できる手はないか。

 相手から視線を外すことなく、集中力を研ぎ澄まし、手を探る。


 一人と交戦しているポチと目があった。


「…………!」「…………、…………」


 ほんの一瞬だ、次の瞬間にはそれぞれの戦闘に戻っている。

 しかし視線が絡む前とは意識がまるで変わっていた。


「くっ……」


 キッカはじりじりと後退していく。

 半歩ずつ後ずさり、ついには背中が壁――コンテナに当たる。


 これ以上の後退が許されない。そういう状況。

 キッカを追い詰める二人は同時にスタンロッドを構え、


 ――その横合いに、ポチの撃った拳銃のゴム弾が命中した。


「ぐあっ……」


 着弾の衝撃によってキッカを捉えるはずだったスタンロッドの軌道が僅かに逸れる。その一撃を掻い潜ったキッカはスタンロッドを力の限り叩き込む……!


 ――ビク! ビクッ……!


 高電圧の一撃に身体を痙攣させ、相手は崩れ落ちる。

 仲間を失った相手の顔が驚愕に歪むも、大したものですぐに動揺から立ち直り、一撃を見舞って隙だらけのキッカに向けてスタンロッドを向ける。


 その顔に向けてキッカはスタンロッドを投擲する。


「――!?」


 バチバチバチィ――! 相手はそれをスタンロッドで防ぐが大振りしたせいで腕を広げたまま身体を無防備に晒している。


 この距離では外す方が難しい――そんなことを考えながらキッカは懐から拳銃を取り出して四回立て続けに引き金を絞る。四発目はスタンロッドを握りしめる手の甲に命中し、その手から離れる。

「――――!」「――――!」

 先にスタンロッドを拾ったキッカが振り抜く。

 相手はビクビクと痙攣し、動かなくなった。


 二人、無力化。続けてキッカはポチが相手取っている一人に向けてゴム弾を発砲。それを防いで隙が生まれた相手に向けてポチがスタンロッドをスイングする。


「――――」


 最後の一人が崩れ落ちる。


 微弱な機械音が満ちる広大な保管室の中、肩で息をするキッカとポチの呼吸音が嫌に大きく聴こえる。自然とキッカとポチは自然と目が合う。


「……ナイス援護」

「キッカこそ」


 微笑してそう交わすと、キッカの携帯端末が震える。


『良い連携だったの。これで無事鎮圧、きっと褒めてもらえるの』


 ココロコだ。いつも通りの口調だったが、微かに弾んでいるように聴こえた。

 褒めてもらえる。その言葉でルイスの微笑みを想像したキッカは頬を染める。


「そ……かなー、褒めて…………って、別にそんなの、嬉しくないし!」

『うんうん、エライの。きっと褒め殺しなの、笑うのキッカ』

「そ、そんな嬉しくなんてないってば!」

「………………」


 そんなやり取りをポチが柔らかい表情で見守っていた。

 しかし、


「……っ! ふたりとも、静かに」


 打って変わって険しい表情で言った。

 キッカは顔を引き締めて辺りを見回す。


 今しがた倒したばかりの三人が倒れている。意識はない。静かな呼吸音。

 培養槽の入ったコンテナの列が通路を作るように広がっている。


 先ほどと同じ光景に思える。


(……何もない、みたいだけど……)


 ポチの関心を引いた何かがあるはず。油断なく身構え、警戒を続ける。

 待てど暮らせど、異変が起こる気配はない。


 それでもポチが警戒を解く様子は見せなかった。


『……ポチ、何があるの? カメラは何も捉えてないの』


 控えめにココロコが言う。


 戦闘によって高まった緊張感が、異変を誤認させているのでは……? ココロコの声には、そんな懸念が含まれている。


 キッカもそのことを少しだけ考えた。

 そしてすぐにそれは否定された。


 ――ギ、ギ、ギィ……


 どこからか、保管庫を満たす静かな機械音に紛れるように、モーター音が聴こえた。


(……やばい! よくわからないけど、とにかく……!)


 妙な悪寒に駆られたキッカは後方に跳躍。同じ悪寒を感じたのかポチもコンテナの影に身を隠していた。


 キッカたちが立っていた場所に、ぷつっ! と刺さる指先ほどの大きさの物体があった。


(……、……弾? いや、違う……あれは)


 弾丸の勢いで刺さったそれは、小型の注射筒のようだった。

 産毛が立つのを感じながらキッカはポチに倣ってコンテナに身を潜ませる。


『どうしたの!? ここからじゃ、ふたりが突然に身を潜めたようにした見えないの!』


 携帯端末越しにココロコが慌てた様子で言う。小声でそれに応える。


「……どこからか、狙撃されてる。麻酔銃かなにかだ」

『な……! それは、本当なの!? ……何もいないの、どこにも!』


 モニターに目を走らせているであろうココロコが悲鳴じみた声で言った。その言葉を疑うつもりはない。ポチの予感が捉えたその存在が不可視であることは想像がつく。


(……光学迷彩?)


 カメレオンのように身を背景に溶け込ませる技術を想像する。

 けれどその想像は、すぐ側に駆けてきたポチによって否定される。


「きっと、これが」


 彼女は自身の首輪を指さしながら言った。

 ドーム型都市で暮らすクローンに例外なくつけられた首輪。枷であり、発信機(すず)であり、処刑器具であり、盗聴器であることをキッカたちは知っている。

 そして()であることも。

 出力が可能ならば、入力も可能……そう考えるのは自然の理だ。つまり、


「……首輪が神経系に干渉して……知覚できないってこと……?」


 ポチが沈痛な面持ちでうなずいた。


『そんなの! めちゃくちゃなの!』


 携帯端末越しにココロコが言う。

 モニターを介しても姿を見ることが叶わない相手……


「でも、敵が持ち込めた物では、ないはずです」

「……どうしてそう言い切れる?」

「注射筒を射出してきた。多分、保管室を傷つけないためでしょう」

「あ……」


 納得できない話ではない。

 バックアップクローンを管理するこの広大な保管室。対クローン用に、麻酔銃か何かを装備した無人機械が設置されているとしてもおかしくはない……そう思えた。


(……H.A.C.O.Pは、それがあるから、アタシらに待機を命じたのか?)


 だとしたら、それは楽観だったとキッカは思う。

 電子制御ができるならば、敵の手に落ちる可能性があるということを意味している。


 事実、それはこうして――おそらくはハッキングによって現実となっている。


(首輪によって敵の姿が知覚できないのなら、首輪を外せば……)


 その思いつきにすぐに首を振る。

 首輪に原因がある。それ自体には確信を抱ける。けど着用している首輪の『何』が知覚を阻んでいるのか。


 たとえば針に塗られた猛毒のように一度体内に浸透した物が原因であるなら? 首輪を外したところで即座に敵が知覚できるという保証はどこにもない。


(ほんとに……もうっ! 人間って……!)


『わ……わたしも行くの!』


 居ても立ってもいられず、といった調子でココロコが言った。


「バカ、そんな必要は――」

『ただ見てるだけなんて嫌なの!』

「だからって、来たって、なんにも――」

『知らないの!』


 駄々をこねるように言って、一方的に通話を切ってきた。

 舌打ちしたい衝動に駆られる。


(……ただ見てるだけなんて嫌、だって? おまえそんなキャラじゃないだろ……!)


 冷めたような態度とふざけた口調でシニカルなことを口にする。それがココロコのキャラクターだ。仲間の危機に取り乱すようなイメージなんて、どこにもなかったのに……


「微笑ましいですね」

 ポチがそんなことを言う。


「いや、そんな余裕、ないって……」

 応えるキッカの声にかすかな苦笑が混じった。


「何か手はあるの? さじ投げたいんだけど」

「単純。時間稼ぎすればいいんですよ」

「……? 時間稼ぎ?」


 そう、とポチは頷く。


「不可視の機械。動き出したタイミングはいつでしょう?」

「アタシらが侵入者を倒した時、だよな。……あ、そうか」


 答えに思い至る。確かに単純な話だった。


「センパイが追ってる奴が起動させた」

「そう。だから後は」

「センパイが相手を無力化するまで、逃げてればいいってわけね」


 キッカの言葉にポチがうなずく。


「んじゃ、二手に分かれた方が、得策か」

「なの」

「ココロコの口調が移ってるぞ」

「……。……それは、嫌ですね……」


 ふたり、ちいさく笑う。


「じゃ」

「ん」


 それだけを交わし、散開する。


(……センパイ、待ってるからな……!)


 心の中で紅白スーツの少年を思い浮かべながら、キッカは行動を開始した。



    ***



 かつて城跡公園と呼ばれ、観光客の憩いの場所だったはずの空間。

 生い茂った緑に囲まれた寂れたそこでルイスは少女と対面している。


 タンクトップにスパッツという動きやすそうな服装。髪はポニーテールにまとめている。意思の強そうな黒い瞳が真っ直ぐにルイスを見ている。


 そんな少女に向けて、問う。


「もしかして君が――有栖川?」


 ルイスの問いに、少女は不快そうに眉根を寄せる。


「……なぜ、そう思ったの?」


 見た目通り子供っぽい声だった。


 プリンタードームへのハッキング。さらに××王国のリーヴァ王女からもたらされた言葉。それらがルイスに、目の前に立った只者でない侵入者の身元が、クローンハザードの元凶である有栖川なのではないか、という想像をさせた。


 ただ、すぐにその想像が誤りであることを思い返す。


『生きていれば二三才』


 上役の言葉を思い出したからだ。対して目の前の少女はどう見たって十代前半の風貌をしている。ココロコやポチよりも幼い顔立ち。


「……勘だよ。間違ってたら謝るけど」


 ルイスは肩をすくめながらそう言う。


「謝る必要はないわ」

「……?」

「私は有栖川ではない。けれど――当たらずとも遠からずといったところ」


 少女は自身の首を指さす。

 キラリ、と首輪が光って見えた。


私の名はアリス(・・・・・・・)有栖川のクローン(・・・・・・・・)よ」

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