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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第四章 人には愛が
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人には愛が……06

 ココロコの誘導に従って見知らぬ空間を走っていく。

 相変わらずに見渡す限りに白い建物だ、気が滅入ってくる。


『次の十字路を左なの!』

「わかった!」


 ルイスは駆けながらひとつの疑問を胸に抱いていた。

 彼らの侵入経路だ。


 ルイスたちはH.A.C.O.の手配した電気自動車に揺られ、最後にはエレベーターによってこの地下施設に下ってきたのだ。それがいわば『正面入口』だとして、別の方法でプリンタードームに訪れる方法を考えた。


 まずプリンタードームの位置を知る必要がある。

 次に、ドームのセキュリティを突破する必要がある。

 ドームに侵入しても、地下施設に降りゆく為の手段が必要……


 ……地下に降ってくる方法が思いつかなかった。


『裏口』のようなエレベーターの類があるのだろうか? あったとしてその裏口という性質上、正面入口の比ではないセキュリティを持つはずだ。いくら彼らがハッキングを得意としていたとて、そう簡単に突破されるようでは『プリンタードーム』というフラーレン都市の心臓にはなりえないだろう。


 しかし現実としてルイスたちとバッティングすることなく彼らは現れた……


(……一体、どうやって入った?)


 その疑問に対する答えは、ココロコのナビを失ってから知ることになる。


『……監視カメラの及ばないところに出てしまうの!』


 長らくココロコの声なしで駆けていた。理由は単純で一本道だったからだ。まだ相手の後ろ姿を捉えることは叶わないが、どんどん差を縮めているとココロコは言っていた。


 だからルイスは安心して「後は任せろ」と応えることができた。


「ココロコのお陰で見失わずに済んだ! 無事捕まえてみせる!」

『……うん、おねがいなの』


 それが正しいことなのか。未だココロコには判断ができないようで、応える声は少しだけ揺れていた。無理もない――ルイス自身、正しいと確信することはできないのだ。


 けれど自分は風紀委員であり、彼女たちの監督生だ。

 そのことに胸を張って正義を執行するべきだと、そう信じた。


 角を曲がる。

 白い空間が途切れ、埃っぽい灰色が顕になる。


(……作りかけで放置された空間……?)


 むき出しのコンクリートがLED電灯によって照らされている。駆けていくとやがて袋小路にたどり着く。一本道の果てには小学校の教室ほどの大きさのある小空間。床はない。上を見上げる。天井のない――底のない井戸のように上方向に広がっている。


(……建設中に放棄されたエレベーター……?)


 想像を裏付けるように、上からは何本かのロープが垂れ下がっている。そのうちの一本が左右に踊るように揺れていた。


 いや……揺れているだけではない。


(……上昇してんのか……!)


 ルイスはほとんど反射的にロープ目掛けて跳ぶ。

 右手が踊るロープを握る。


「ぐ……っ!」


 ロープの摩擦は手のひらに燃えるような熱と痛みを刻み込む。左手もロープを掴もうと伸ばしすが虚空を切る。右手が掴んでいるのはロープのほとんど端だった。上昇していく中でなんとかバランスを整えながら、左手を右手の上に重ねる。


 上方向を見たルイスの肝が冷える。


 ずっと先に、淡い逆光を背にしたこぶし大の人影。揺れのせいで顔や服装は伺えない。ただその手の中に、銃口があるのがわかった。まっすぐに下方、つまりルイスに照準を定めている……


(これだけの揺れの中で、当たるものか……!)


 パァン! パァン!


 狭く深い空間に容赦のない発砲音が反響し、ルイスの鼓膜を震わす。三半規管を狂わせるような轟音に思わずロープを握る手を緩めそうになる。


「……、……!!」


 パァン! パァン! という音はさらに数発続く。


 歪む平衡感覚に耐えた矢先、発砲音が止んだと思えば、目前に拳銃が迫っていた。


「!?」


 もろに顔面に当たる。鋭い痛み。その拍子に片手が離れる。

 危ういバランス。ロープを握りしめる一本の腕だけでなんとか耐え抜く。


「……っ、…………っ!」


 両手でしっかりと握り直し、上方向を睨む。

 こぶし大の人影。……弾の尽きた拳銃を捨てたのだ、と今になって気づく。


(もうこちらを妨害する手立てはない……?)


 警戒しながらロープを握りしめていると、不意に上昇が止まる。

 人影はロープから跳躍し、姿を消す。目をこらせばそこに足場があるのが見えた。その更に上方向に視線を向ける。ロープの滑車が見えた。そこが終点のようだった。


(……あの滑車。電子制御されていて……)


 あの人影が端末で上昇操作をさせていたのだと気づく。

 だとしたら……、


(……って、やばい! 向こうが脱したなら!)


 ルイスは両手両足を使って全力でロープを登っていく。

 相手が着地した場所目掛けてロープから跳ぶ。無事に着地に成功。


 ほんの一瞬後、背後でロープが滑り落ちるシュルルル! という音が聴こえた。電子制御によって根本から切り離されたのだろう。


(……危な……落下死するとこだった……)


 ぞっとするのを感じながら、ルイスは前を向く。すでに人影はない。

 ただ『タッタッタ』という軽快な足音が聴こえる。


(……逃がすか)


 ルイスはその足音を追って駆け出す。


 ……明るくなってきた。


(LED? ……いや、外の光が入ってきているのか……?)


 建設途中で放棄されたエレベーターの縦穴を抜けてきた。この先に待つのはおそらく地上世界だ。秘匿されてるプリンタードームの位置を知ることになる。どんな景色が飛び込んでくるのか――想像するゆとりはなかった。


 角を曲がる。前を走る相手の影がルイスの目の前に落ちる。それを踏むようにして駆ける。光が広がっていく。

 眩しさに目を細める。


 出口だ。――抜けた。


「――――――!」


 生々しい緑の匂いを嗅覚が捉える。

 コンクリートを駆けて来た左右の足が砂利を踏みしめる感触。


 半透明のドーム越しに陽の光が照らす地上の世界。

 周囲には寂れた遊具。

 眼下に広がるのは荘厳な建築物。


「――小田原城?」


 関東のドーム型都市……オダワラ・フラーレンの、いわば心臓部に当たる名城の名残。


 全国に八つ存在するドーム型都市の中腹になる『城・城痕』は、ドームの建設にあたって、観光の側面は完全にオミットされた。クローンのみで自活可能の都市を築くのが目的なのだ、当然の話だった。歴史的資料価値の高い建築物はそれぞれのフラーレンの、シンボル的な存在に変わった。


 いわば聖域(・・)だ。


 聖域という名目によって、立ち入りは制限されている。

 忘れられることのない、けれど訪れる者のない、そんな聖域。


 ルイスは知った。

 聖域の地下深くに――人間はアリスプリンターを置いたのだ。


 ルイスたちが訪れたプリンタードームとは、小田原城を覆うドームなのだ。


「………………」


 大きく息を吸う。生々しい緑の匂いにむせそうになる。

 辺りは伸び放題の緑に囲まれている。かつて城跡公園と呼ばれた場所だった。


 背後を振り返る。建設途中で放棄されたエレベーターの縦穴に続く入り口。まるで古いシェルターのようだった。……外から発見するのは難しいだろう、目立たない場所にある。


 果たして侵入者はどうやってその空間を知ったのか。


「訊いていいか?」


 ルイスは数メートル先に立つ人影に向けて尋ねる。

 背を向けた相手。明かりの下ではその背格好が少女のそれだと判った。


「………………」


 ポチと同じくらいか、あるいはそれよりも身長の低い少女。

 手にした端末から顔を上げ、そっと振り返った。

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