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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第四章 人には愛が
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人には愛が……03

「……止まった? 着いたっぽいな」


 キッカが言う。


「ぽっちゃん、どうなの?」

「呼ぶならポゥと。……ダミーの移動が多すぎて見当もつきません」


 電気自動車が停車するまでまぶたを閉じていたポチが肩をすくめて答える。


「……もしかして、車の挙動から位置を特定しようとしてたわけ?」


 ルイスの問いに、こくり、とうなずく。


「なんの為にそんなこと……」

「はい、サー。隠されてると知りたくなるのが人情というものでありますから」

人情(・・)ね……」


 外の見えない電気自動車による送迎。

 プリンタードームに赴かせて実機に触れる任務を与えて、しかしプリンタードームがどこにあるかを語らない上への不満がポチにそのようなお茶目をさせる。


 呆れて苦笑していると、かくんっ、と自動車が縦に揺れる。


「わ、っと……地震か? ……ちょ、開かないんだけど!」


 キッカがドアに手を掛けながら言う。

 しかし自動ロックが掛かったままのようで、開く気配はなかった。


「開かない? 着いたんじゃ……」

「……下がってるみたいです」


 ポチの言葉。耳を澄ませば遠くからモーターのような駆動音が聴こえた。

 ルイスはちいさく息を吐く。


「エレベーターか……」


 ルイスたちを電気自動車ごと地下へ運んでいる……まだ到着していないというわけだ。向かう先が地下空間ならば、位置の特定はより困難だ。


 車内に呆れの混じった空気が満ちる。


「地下なんて困るの。息が詰まりそうでヤなの」シュコー、シュコー。

「……にしても、どこまで降りていくのかね」

「まだ下がるようです、サー」

「ドーム型都市って性質上、限度はあるはずだ」

「………………」シュコー、シュコー。


 ココロコをスルーしながら、ルイスたちは地下空間のことを考える。


 ドームを構成する外壁は地下深くまで埋められている。耐震などに対する強度の問題もあるが、外部から穴を掘ってドームの内側に向かうことができないよう――という意図もある。そこに深い地下を築くことは考えにくい……


(と、思うんだけど……)


 ルイスがそんなことを考えていると、電気自動車の下降が終わったようだった。聴こえていた駆動音が消えて、自然と車内から声が消えた。


「………………」


 四人、顔を見合わせる。


 自動ロックが解除される『カチャッ』という音が聴こえた。


 キッカがルイスを見やる。

 ひとつ頷いて応えると、キッカは自動車のドアを開けた。


「…………っ」

「まぶし……!」


 薄暗い電気自動車の中に慣れた目を、真白い明かりがゆっくりと灼く。

 各々に瞼を閉じたりすることで、明かりに目を鳴らしていく。


(……、……白い)


 その空間を見てはじめに抱いた感想はそれだった。


 ルイスたちを迎えたのは、白亜の宮殿だった。


 飾り気のない質素な、宇宙船の貨物室のような空間。見渡す限りの清潔さを感じさせる白。建てられたばかりの病院か、あるいは研究所のような印象を抱く。そしてその印象は、アリスプリンターを制御するプリンタードームという性質上、正しいのだろう。


 正面奥には『Entrance』という形の緑色のLEDが点灯している。

 足音や呼吸音を立てるのも憚れるような無音の空間……そのせいもあるだろう、病院や研究所のようでありながらも、どことなく神聖さの漂うような、神殿じみた雰囲気も漂う。


「センパイ」


 電気自動車を降りた三人が、ルイスのそばに集まる。空気に当てられたように、不安そうな面持ちをしている。


(……と、監督生がこれじゃ、だめだったな)


 ルイスは三人に笑いかけてみせる。


「さっさと終わらせて、帰りは何か食べに行こう。何がいい?」


 軽い口調で言って、ポチと目が合う。

 ダボロジャージの少女は顎に手を当てて、


「……もんじゃ焼き。イカ玉が良いです、サー」

「悪くないな。ふたりは?」


 キッカ、ココロコに視線を向ける。


「……じゃ、じゃあペペロンチーノ」

「ネギトロ丼が食べたいの」


 統一感のない班だった。ちなみにルイスは「……小籠包かなー」と思った。

 程よく解けた緊張感を抱きながら、四人は白亜の宮殿に足を踏み入れる……




「……少し拍子抜けなの」


 病院や研究所のような廊下の随所に案内板があり、アリスプリンターの制御室に迷うことなくたどり着けた。頑丈そうな制御室の扉。そのすぐ横にあるリーダーにルイスの携帯端末をかざすと、音もなく開いた。


 中に入る時は流石に緊張したが、入ってみればその緊張もすぐに解けた。外部から制御できるというだけあってシンプルな造りだった。正面の壁一面に巨大なディスプレイモニター。その左右には数多の小型モニターが設置されていて、施設内の監視カメラの映像を映していた。


 そして室内の中央にはボタンの少ない制御台があった。


「これだけ?」


 キッカが室内を見回しながら言う。

 その言葉や、先程のココロコの『拍子抜け』という言葉の中には、胸中に不安があったことを示している。何の感想も口にしないポチも同じはず。ルイス自身もまた言葉にできない不安を抱いていた。


 その不安の正体とはつまり、アリスプリンター本体を目にする可能性だ。

 ルイスたちは例外なく、アリスプリンターによって生み出されたクローンだ。そんな彼らが自身の目でアリスプリンターを目にする……その可能性があることに、不安を抱かないはずがなかった。


 たとえそれを目にしたところで、ルイスたちに出来ることは何一つ存在しない。果たして何を思うのか。想像することもできず、ただ不安な気持ちを持て余すことしかできずにいた。


 幸か不幸か、プリンターの本体を見ずに操作することができるようだが。


(……ともあれ。これを操作すれば、いいんだよな)


 ルイスは部屋の中央にある制御台に近づく。三人に見守られながら正面のディスプレイモニターにトラブルシューティングを呼び出す。


「で、実行、と……」


 OSを積んだそれは、難しい前知識を必要とせずに操作することができた。

 トラブルシューティングに従って淡々と進めていく。


「なぁ、センパイ」


 背後からキッカの声。

 つぶやくように言う。


「こういうところで、アタシたちって」


 前知識を必要としない制御台。

 普段ならば外部操作で十分というアリスプリンター。


 マイナンバーに刻まれた生体データがあるだけで、クローンは生まれる。

 ボタンひとつ。外部からの制御だけで。

 複製(レプリカ)の、即席(インスタント)の生命ができあがるのだ……


 ルイスはちいさくため息を吐いた。


(……ここは、おれたちの居るべき場所じゃ、ないんだろうな)


 強く思う。同時にひとつの疑問を抱く。

 ――では、ここに居ることが相応しい者とは、どんな存在なのだろう?


「………………」


 ルイスの中に、その疑問に対する答えはなかった。


「……おしまい。エラーメッセージは、なかったね」


 わずか一〇分足らずの操作で確認を終えた。

 振り返る。

 沈んだ雰囲気。

 ルイスは微笑みかけようとして失敗する。


「……帰ろう」


 失敗した表情のままそう言った。「ん……」「帰るの」とふたつの反応。


 ルイスは無反応のポチを見る。彼女の目はディスプレイモニターの横、監視カメラの映像を捉えていた。

 振り返ってそちらを確かめてみる。


 ルイスたちが入ってきたエントランスとは別方向。

 バックアップクローンたちが眠る管理区画方面。


 その廊下に……

 無人であるはずのプリンタードームの中に……


 人の姿が、あった。

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