人には愛が……02
××王国の王女のアンジェラ・サン。
そのクローンであるリーヴァ・サンの護衛任務から数日が経った。
リーヴァはテーブルについてからというもの、有栖川の名前をただの一度も口にしていないのだとか。“クローンの王国”といった発言もなく、ただクローン保護法を敷く日本の姿勢に敬意を示すという旨の言葉を述べるに留まっているという。
同様に政府側もリーヴァに向けられた狙撃手の身元についてなんの情報も出しておらず、互いに未だ腹の探り合いの段階にある……
そう語る上役は、最後に「長引くぞ」と笑った。想像に難くない話だった。
風紀委員に与えられたビルの三階、ルイス班の待機室。いつものことだが賑やかな服装で向かい合う様はシュールなことこの上ない。四人共に真顔なのだから尚更だった。
通常任務に戻ったルイス班の面々だが、あの強烈なインパクトを残した王女のことを忘れられるはずもない。面々が語るのはリーヴァの訪日をめぐる憶測だった。
「……一応は密入国であり密航、だったんだよな?」
迷彩巫女のキッカがそう言って、
「なの。……でも、不自然なほどスムーズに事は進んだの」
白ゴスガスマスクのココロコが応え、
「手引きがあったのは間違いありませんが、そのシナリオを用意させたのは……」
ジャージ姿のポチが腕を組んで口にして、
「明らかにドーム型都市の、オダワラの内情を知ってる存在」
銀髪紅白のルイスが締めくくるように答えた。
盗聴されてる中でクローンの王国を築くという目標を口にし、カードとして有栖川博士の所在という情報をちらつかせ、あまつさえ自身の身体に爆弾が仕込んであると言ってみせたその豪胆さ……
リーヴァ自身が優れた能力を持つことは確かだが、カードを切るタイミングの手管。何者かによる入れ知恵があったと見て間違いはない。
そこまで考えたルイスたちの思考は自然、リーヴァ自身が口にした『有栖川博士の所在』という情報に行き着く。とすれば――
「……やっぱここにいんのかなー」
ぼそり、とキッカが呟く。
答える者は誰もいなかったが、沈黙は否定を意味した物ではなかった。
みな同じ可能性に思い至り、しかしそれを確認する術を持てずにいるからだ。
一度、王女の護衛という大任を果たしただけの――ただの風紀委員会の一班に過ぎないだけの四人にとって、有栖川博士がオダワラに居るかもしれないという想像はあまりにもスケールの大きい話で、持て余すことしかできない。
だから……
「うーがーっ! 答えを知りたい! 知りたい知りたい知ーりーたーいー!!」
キッカが立ち上がって地団駄を踏む。
迷彩柄の巫女装束で駄々っ子のような真似をする。
「みぎゃー! みぎゃー!」
「落ち着くべきかと菊花。騒いだって進展があるわけではないですよ」
「アタシは気が短いの! ポゥみたいに落ち着いてなんて、らーんーなーいー!」
言われたポチは「まったく」とちいさくため息を吐く。
「落ち着きを覚えるのは、大切なことですよ、菊花」(そわそわ)
「……なんか言ってる本人が視線が泳ぎまくってるの」
「そんなことは。……サー、あの、ちょっと散歩に行っても?」(そわそわ)
「ぽっちゃんも全然落ち着いてないの、べらぼうにそわそわしてるの……」
ガスマスク越しにココロコがジト目を向けた。
少しだけ意外なことに、班の面々で持て余している想像を最も然と受け入れているのがココロコだった。地団駄を踏むキッカやそわそわしているポチを傍目に、
「知るべき時が来たらわかるし、その時が来ないなら、知るべきではないってことなの。だから慌てる必要はないの」
シュコー、シュコー、と呼吸音を響かせつつ、そんな悟ったようなことを言う。
「……王女さんのことになるとこんな調子だよな。なんかあったのかな?」
「さて、どうでしょう」
キッカとポチが顔を寄せ合ってそんなことを言う。ルイスよりは付き合いの長いふたりからも変わったように見えるらしい。ともあれ監督生としてはその変化を好ましく思うべきなのだろう。
「まぁココロコの言う通りだよ。慌てない、慌てない」
「一休み、一休み、なの」
と、そんな会話をしていると、ルイスの携帯端末が震えた。
振動パターンで上役からのコールだとわかった。
「はい、ルイス班です」
***
……その施設は『プリンタードーム』と呼ばれる。
読んで字の如く、複製機……アリスプリンターが管理されるドームのことだ。
全国八つのフラーレンに、それぞれ複数のプリンタードームが存在している。クローン保護を謳う国である以上、アリスプリンターを廃棄する理由はどこにもない。ただ運用法はクローンハザード後、慎重を期するようにはなった。尤も多くの流出体を保護している現実を鑑みれば薄っぺらい建前にしか聞こえない、とルイスは思うが。
『オダワラ・フラーレンには三つのプリンタードームが存在している。保安上他のドームからは孤立していてな、バックアップクローンの生成や管理を扱う際も、責任者がプリンタードームに立ち入ることはなく、外部ドームからの操作で事を成すわけだが……』
携帯端末越しに、上役は気だるそうな声で言う。
『ここ最近、一つのプリンタードームがご機嫌ナナメでな、操作を受け付けない時がある』
「……なんですって?」
結構な大事に思える。上役はけれどなんてことないように続ける。
『ほら、なんかリモコンの効きが悪い時とかあるだろう? 接触不良なのか電池が尽きかけているのか。まあ今は動くからいっかなー、……程度の問題だろうと高を括っていたわけだ』
「人間いい加減過ぎません?」
『そう言ってやるな。バックアップの管理機能には何の問題もないし、生成にしたって他のプリンタードームが健在だ。
……何よりも××王国の王女の訪問というビッグイベントがあったからな。管理者共の人員不足がたたって後回しになって数日が過ぎたというわけ。解消するどころか狙撃銃の持ち込み経由やアリスチャイルドの潜入経由なんかで仕事は増えてく一方。そのしわ寄せが全部H.A.C.O.に来てるってわけでな、こっちも増員は急務だな、アハハ』
そういう上役の声の中にも微かに疲れが滲んで聴こえた。納得できる話ではなかったが、一定の理解は示せる状況に思えた。
「……で、それを今、おれに話すってことは」
『うん、そう。特例として信頼の於ける風紀委員をプリンターの不備の確認に向かわせること、取り付けた。お偉いさんもさすがにこれ以上放置しておくのはマズいと思ったんだろう、快諾してくれたよ、だったら初めから決めとけよと思わないでもないが』
「………………」
『面白いからいいけどな、アハハ』
長い付き合いの上役。このひとの『面白い』のうち、いくらかはヤケクソなのだなぁと今さらながらに理解するルイスだった。
「……不備の確認、っていうのは?」
『実機の制御台にサルでもわかるOSが入ってるから、トラブルシューティングに従えばいい。エラーメッセージがあるなら内容をひかえてくれ。もし完動するようならそれでいい』
「……H.A.C.O.としては、操作を受け付けない理由がプリンター本体にあるのか、それとも別にあるのかを確かめられればいい?」
『そういうことだ。送迎の電気自動車を向かわせているから、それを使え』
「送迎ってことは、プリンタードームの場所は、やはり」
『あぁ、風紀委員には明かせないのだと。……まったく半端なことをする』
プリンタードームの数を明かし、実機に触らせることは許しても、それがどこにある物なのかを明かすことはできない……なんとも役所じみた話だ。そう言えばH.A.C.O.は官公庁なのだから所属するクローンはすべて公務員という扱いだったか。そんなことを考えてルイスはちいさくため息を吐いた。
『じゃあよろしく、また面白いことが待ってるといいな?』
「……勘弁してください」
そんなミッションを受け、ルイス達はビルの前までやってきた電気自動車に乗り込んだ。徹底したもので、電気自動車の内側からは外の様子が伺えないようになっていた。
走り出してからエンジンが停止するまで三時間ほども掛かった。




