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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第四章 人には愛が
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人には愛が……01

 有栖川博士の出生地は合衆国のとあるモルグだという。


 モルグ。死体安置所である。


 簡易的な防腐処理の施された他殺体。司法解剖の中で、遺体からの帝王切開によって五〇〇グラム足らずの未熟児としてこの世に生を受けた。あまりにも異質なその出生はマスメディアを騒がせ、人権団体によって手厚く保護される。彼らの下で一年ほどの歳月を経てその異常性を示し始めた。


 ――言葉を解したのだ、一歳の赤子が。


 画用紙にクレヨンを使って『母親が言い争って殺される瞬間の記憶がある』と書いた。イエローのクレヨンだったという。『証言』から浮上した人物像は州警察の容疑者名簿に載っていて犯人逮捕の決め手となった。


 前代未聞。奇跡的に一命を得たという美談から一転、あの一歳児は悪魔の子ではないかと噂されるようになった。


 有栖川という名前で呼ばれるのは殺害された母体――つまり母親――の姓であったからだ。通称が『アリス』という響きは、少なくとも一番はじめのうちは好意的に受け入れられたのだろう。しかし事件に前後してからと言うもの、それは呪いの名前に変わった。


 一歳で言葉を解するギフテッドは保護された施設内の図書館にて、僅か数ヶ月でハイスクールレベルの知識を習得し、二歳になる頃には大学への入学を果たした。数年の後に『アリス論文』を発表して雲隠れ――歴史から姿を消した。


 それが十年ほども昔の話。以後の足取りは掴めず、そのまま人々から忘れられていくであろうはずだった――しかしクローンハザードが勃発。世界中がその災禍と深い中心にいた稀代の天才を探しまわっているが、依然として見つかっていない。



    ***


 

「……死体の中で生きてたって……それって本当のことなんですか?」


 H.A.C.O.本部ビルの一室。

 仙台ルイスは上役の口から有栖川博士のことを聞いていた。


「あやしく思えるだろう? 悪意、同情、畏怖、敬意。有栖川の話は様々な要素が混じって脚色が混じるからな。悪魔の子(・・・・)だなんてまさしくそれっぽいじゃないか」


 アリスプリンターを作った……直接的ではないにせよクローンハザードに関与している人間だ、無理もない話に思う。

 しかし上役は首を振る。


「だがな、どうも事実であるようだぞ。死体安置所の記録、死体からの帝王切開を試みた医師の言葉、さらに身柄を保護していた人権団体が出資元の施設……そして『母親』が殺害された事件の証言の記録は実在している」

「………………」


 絶句するほかない。

 防腐処理の施された死体の中で生きていた赤子。


「……その。司法解剖が行われたのは、死後何日後の話なんです?」

「二週間後だそうだ。それも低温下――二度から四度――での保存だそうだ」

「二週間も、外からの栄養をなくして……生きてた? 赤ん坊が?」

「噂によると母体は老化していったそうだよ。まるで内側に生命力を吸われたみたいに」

「………………」


 言葉が出なかった。


「でな。悪魔の子と呼ばれるのは、もうひとつ理由がある」

「まだあるんですか……」

「母体とな、遺伝子上の繋がりは、なかったそうだよ」


 不勉強なルイスにもその言葉が意味するところは理解できた。

 ぞっとした。


「……体外受精した…………代理出産の……?」


 代理母とも呼ばれる母体だった、ということだ。


「ま、待ってください。じゃあ有栖川には、別の両親がいるってことですよね?」

「うむ。未だ見つかっていない」

「そんなこと――」


 上役の言葉を整理する。


 モルグに安置されていた遺体のお腹に命があり、母体の死後も生き延びていた。後にアリス論文を書くその赤子は、母体とは別人の受精卵が育ったもの。……にも関わらず、受精卵の本来の持ち主である両親は見つかっていない……


 二一世紀の合衆国でそんなことがあり得るのだろうか?


「ちなみに母体は妊娠二三週目だったそうだ」

「……六ヶ月くらいですか? ええと……」

「お腹が膨らみはじめる頃、と言われているな」


 モルグに搬送されるまでの間、お腹の膨らみに気づかないでいたことになる。そしてそのまま司法解剖が行われるまで存命してみせた赤子は代理出産の為に宿された命であり、本当の両親の正体は不明――


 本当にそんなことがあり得るのだろうか?

 記録として残っていると言われても、信じがたい。


 だってあるとしたら、それはまさしく悪魔の子ではないか――


「……正直なところ、どう考えているんです?」

「人間の考えることはわからんよ。人間たち自身、わかってないんじゃないか」


 上役はそう言って肩をすくませて、言葉を続けた。


「ルイス、覚えておけ。分母を増やした人間という種は時に信じられないほどバカなことをするんだ。意図的であれニアミスであれ、な。だから何があっても驚くな」

「………………難しい話です」

「あぁ、そうだよ。面白いことにな」


 面白くなさそうに上役は答えた。


「さて、有栖川博士の出生はそんな所でいいだろう。功績や来歴は書類以上のことはわかっていない。……訊きたいことは?」

「えーっと……」ルイスはしばし考え、「年齢と、性別を聞いてません」

「……言ってなかったか?」


 上役は珍しく虚を突かれたような顔をし、


「生きていれば二三才、性別は女性。……もし見かけるようなことがあれば――」


 いつの日か――そんな会話があった。

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