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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第三章 光の王国
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光の王国……11

『今回の訪日自体が××王国の政府内でも意見が割れていたようでな、結局は王室の力押しで叶ったという。しかしクローン自治区の結成はまだしも有栖川の所在などと言う話をされるのは困る……と、そういう動機のようだ』


 ルイスがイヤホン越しに聴いているのは上役の声だった。

 彼女が話すのはポチが捕らえた××王国の暗部で動いていたという刺客のことだ。


「そんなこと、よく口を割りましたね」

『まさか。ずっとだんまりさ。六課の知り合いから聞いた話からの憶測だ』

「あー、そういう……」


 ……となると。

 六課はそういった人物が居ることを、予め知っていたことになる。


 鎖国中の日本へ訪れる××王国の王女。

 王国のゴタゴタを知っていて、その上で政府はH.A.C.O.に王女の護衛を命じた……


 ルイスはため息を吐いた。


「ずいぶんとまぁ……」


 とは言えH.A.C.O.の方も骨が太い。上役の口添えの結果だろうが、政府から命じられた護衛任務をルイスたちという風紀委員に任せたのだ。これによって間接的に六課に護衛を負担させる上に、ルイスを通して王女の訪日の意図を知ることになった。


 自分の身をカードにしたリーヴァ王女もさることながら、果たして今回の一件にどれだけの思惑が交錯していたことか、わかったことではない。


 狡知……その一言に尽きる。

 それはクローンハザード以前から向け合い、研鑽されてきた物なのだろう。


『ともあれ、政府は王女の話に聞く耳を持ったようだ。指定の場所にて政府の人間と交代しろとさ。ふん、ようやく正式な護衛役の出番、というわけだ』


 その気にさせたのは有栖川博士の所在という情報か、あるいは彼女の身体にある爆弾(・・)などという無視できない要素だろうか。


「…………りょーかい」


 山のようにある言いたいことをすべて飲み干してそれだけ答える。


 通話を終えたルイスはリーヴァのもとへ戻る。

 そのすぐ横ではキッカが周囲に目を見張らせていた。


「……リーヴァ。なぜおれにあんなことを言ったんです? 爆弾なんて……」

「盗聴されてるであろうルイスを通すことで、交渉の場を設けたかったからです」

「本気で……本気で言ってるんですか? クローンの王国を作るなんて」

「まずは自治区からです。ちいさな離島から王国の歴史は始まるのです」


 真剣な目でリーヴァはそう答える。


「地球上にひとつくらい、わたくしたちの国があっても良いと思うのです」


 クローンという種が管理運営する完全な独立国。日本のそれとも違う、どちらかと言えば正当なアリスチャイルドの思想に近い。それは……難しい。茨の道だ。ある意味では鎖国の選択をした時の日本以上に険しいはずだった。


「ルイス」


 リーヴァはルイスを見て、言葉に迷うように視線を泳がせる。

 やがて再びルイスに視線を戻す。


 まっすぐに見据えて、


「王に、なりませんか?」


 そう尋ねるのだ。


 瞬間、あらゆる時間が止まったような気がした。

 はじめに動いたのは側に控えていたキッカだった。


「えっ? ……えっ!?」とルイスとリーヴァを交互に見て、何事かを言おうと口を動かし、けれど黙ったまま真っ赤な顔で背を向ける。


 それを見やり、ルイスはなんとか声を出す。


「それは……それは、どういう?」

「わかりませんか? ……鈍いですね、あなたは」


 リーヴァは両手を腰に置いて、赤フレームのメガネ越しにルイスを見つめ、


「わたくしに惚れることを許可する、と言っているのです」


 少しだけ怒ったような表情で、頬を染めながら、尊大に言う。


「わたくしの夫となり、わたくしと共に国を導いていく。……そういうのは嫌ですか?」


 あまりにも唐突で、身に余る話だった。


「…………、…………」


 ルイスの頭の中、冷静に思考することができない。


(……王? 夫? 惚れ……。……それって、本気で……?)


 言葉の断片だけが真っ白な頭の中をぐるぐると泳ぐ。

 そんなルイスに向け、リーヴァは言葉を続ける。


「それとも他に想い人が? ……しかしそれは叶わない想いです。だって……」


 淡々と、ひとつの事実を口にする。


「だって日本では、クローンは結婚できないでしょう?」


 リーヴァの言った言葉は、決して覆すことのできない現実だった。

 クローンがドーム型都市の中で情緒を培って育った結果、誰かに恋を抱くことはある。その先に恋愛関係が成立することもある。けれどそれまでだ。


 クローンは、結婚はできない。

 真似事はできるだろう、たとえば同棲生活を申請すれば大概の場合は許可される。あらゆる営みを禁止されてるわけでもない。しかし、結婚はできない。


 なぜか。単純だ。

 ――クローンは、繁殖できないからだ。


 アリス論文によって生まれた即席の生命の、最大の欠点がそれだった。受精卵が胚発生に至ることなく、その細胞は寿命を迎える。現代医学の通用する、いわゆる不妊の範疇ではない。アリスプリンターで生まれたクローン種という生命が抱える、種としての致命的なエラーだ。性別を問わず、つがいの相手を人間に変えても結果は同じ。生命を授かることはできない。


 ちなみにアリスプリンターによって造られたクローンが自身の生体データをもとにクローンを造ることは不可能だ。細胞の寿命を司るテロメアを強引に短縮するクローン技術の乗算というほとんど悪夢的な試みは、できない。


 よって。

 種族としてのクローン種は、詰んでいる。


 この時代限りの、その場限りの生命。人類史という長い歴史から見れば、クローンハザードなんて一時の――泡沫のような出来事に過ぎない。


 浮かんで、弾けて、消える。それだけのあぶく。

 それを人間たちの駆け引きによって無理やり延命させられているのが、現状だった。


「……国を作ってなんになる。その問いは理解できます。叶ったとしても繁栄はない。白日夢から覚めるが如く儚い滅亡を遂げることでしょう」


 リーヴァはしかし、胸を張って、


「ですがこれは王族のクローンとして誕生し、生きることを許されたわたくしにしかできない務めなのだと考えます」


 リーヴァは王女の品位を持って微笑する。ルイスにだけ、その優しい微笑みを向ける。


「あなたは我が夫に相応しい。わたくしと共に同胞を導く道を探すことは叶いませんか?」

「……………………、…………………………………………」


 それがどれほど名誉ある誘いだったか。

 ルイスの長い沈黙が、その重くまばゆい栄誉を正しく理解できていることを示している。


 けれどルイスはその誘いに対し、胸を張って、首を振って答えた。

「……リーヴァ。おれは、おれを造った人間に恨み言をぶつける為、この道を歩いてます」

「あら。では先刻の言葉は」


 先刻の言葉。

 それは『オリジナル』との面識はないのか、存在が気にならないのか、という問いに対する『別にいいじゃないですか』というぞんざいな答えのことだろう。


「もちろん、嘘ですよ」


 あっけらかんと言うと、「わかってましたよ、そんなの」とリーヴァも笑う。


「前はそれだけがおれの目標だった。でも……今は違うんです」

「違う? 恨みはもう、ないと?」

「まさか。目的その物は変わらない。長くはないであろう生涯を掛けて、おれはおれの『オリジナル』と相対したい……それはきっと、ずっと変わらない願いだ。でもそんな執着よりも、もっとずっと大切なものを見つけてしまった」

「ルイス。あなたが見つけた、大切なもの……それを聞かせてください」


 リーヴァの真っ直ぐな瞳から、ルイスはそっと視線を逸らす。

 逸した先には、こちらに背を向けたキッカの後ろ姿があった。


 リーヴァはルイスの視線を追って、少女の後ろ姿を見た。キッカはふたりの視線を向けられてるとも知らずに、辺りへの警戒を続けている。


「……楽しいんです」


 ルイスはキッカの背を見たまま、そんな言葉を口にした。


「楽しい……?」

「そうですよ、リーヴァ。おれはね……楽しいと思える出会いを得たんです」


 このドーム型都市――オダワラ・フラーレンに戻って過ごした時間は決して長くはない。いくら短命なクローン種とはいえ、その一生から見れば瞬きのような短い一瞬だろう。


 けれどそんな短い時間の中、ルイスはかけがえのない物を得た。


 それは三人のおかしな少女たちとの出会いだ。


 折り畳み傘をレクチャーするだけで目を輝かせて……

 あだ名をつけるだけで、くすぐったそうにしてみせて……

 自分の端正な素顔を嫌い、無骨なガスマスクなどを普段から着用するような……


 不器用で、懸命で、素直な少女たち。


 上役に導かれた出会い。気づけばそれはルイスの中で、得難いものに育っていた。たとえそれが誰か(にんげん )からの借り物の手で掴んだ出会いはであっても。少女たちのことをかけがえのない仲間だと呼べるようになっていたのだ。


 仲間と過ごす今という時間……取るに足らないような代物かもしれないが、ルイスにとってはそんな日々を過ごすことが精一杯だった。


 思わす、ルイスの口元から笑みがこぼれた。

 日々を過ごすだけで精一杯。そんな少年が、王などと。


「おれの器じゃないですよ、リーヴァ」


 その言葉を聞いたリーヴァは、穏やかに微笑んで見せた。


「ふふ……強い子ですね、ルイスは」

「リーヴァほどじゃありませんよ」

「そうでしょうか? ……見たところあなたの行く先は、ちいさなハーレムですよ?」

「それは素敵ですね」

「きっと苦労が耐えませんよ、ふふ……」


 ふたりのクローンは、ちいさく笑いあった。



    ***



 少し離れたビルの屋上、ココロコは押収した狙撃銃のスコープで笑い合うルイスとリーヴァを眺めていた。インカム越しにルイスの携帯端末から入る音声を聴きながら、


「ハーレムとか。ばかみたいなの」


 呆れたように、ため息を吐く。

 ××王国の王女のクローン……リーヴァのその立場に対し、ココロコははじめ強い猜疑心を抱いていた。本物が偽物を保護する理由などないと、そう思っていたからだ。


 しかしルイスと行動を共にするリーヴァの言動はどうだ、情の深い人物に思えた。


 慰霊碑の前で悼んでみせる心根……嘘であるとは考えづらい。

 少なくともその優しさは認めても良いように思えた。


 そんなリーヴァが、クローンの王国を築くことを目的にしていると言った。


「………………」


 可能か不可能か。そういった難しいことはココロコには判らない。口に出すことすら憚れるほどに困難な課題であることだけは判った。


「ポチ」


 インカム越しに同僚の名を呼ぶ。すぐに返事があった。尋ねる。


「こういう時、どうしたらいいか、わからないの」

『こういう時、というと』

「だから、その……あのひとのこと……」


 クローンの王国を築くというリーヴァ。その覚悟のことを思うと、ココロコの胸の奥にじんわりとした熱が通うような気がしたのだ。熱に浮かされて浮足立った心が、冷静な思考の妨げになる……


 うまく言葉にできないまま、そんな複雑な心境をポチに明かす。


 返事は明快だった。


『応援すればいいんですよ』


 理屈ではない。感情が同僚のその言葉を全面的に支持した。


「……それもそうなの」

「ええ」


 ポチとの会話を終えて、狙撃銃の銃身を撫でた。


「ハーレムとか。ばかみたい、なの」


 先程と同じ言葉を口にするココロコ。しかし今度の声は弾んでいた。


 ガスマスクを通さずに微笑むことが出来たのは、久しぶりのことだった。



    ***



 霊園区域の一騒動からしばらくの時間が過ぎて、一台の高級電気自動車がリーヴァの迎えにやってくる。リーヴァ側の腹積もりは理解できた以上、ルイスら『風紀委員』の仕事は終わりというわけだ。


「案内をありがとう、ルイス。楽しめました」

「光栄です、リーヴァ」

「でもルイス。わたくし、あなたを諦めたわけではないですよ?」


 言いながら赤フレーム越しにひとつウインクをよこす。

 ルイスは苦笑してしまう。


「それもまた、光栄ですよ」

「ふふふ……」


 吸い込まれそうな微笑みを最後に、リーヴァは背を向けて歩き出す。

 淡い紺のアオザイ、アップスタイルにまとめた髪……その後姿が遠ざかっていく。


 不意を、打つように。

 その背に向けて、ルイスは言う。


「――アンジェラ王女(・・・・・・・)


 びく、と。その肩が揺れた。


 あぁ――

 やれやれ――


 とルイスは思いながら、


「……失礼、言い間違えました。どうかお許しを」


 言ってのけた。

 リーヴァは振り返って、まっすぐ伸ばした人差し指を下唇に触れて、


「構いませんよルイス。間違いは誰にでもありますものね。……ふふふ」


 微笑みとは違う――満面の笑みで、そう答えたのだった。


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