光の王国……10
カツ、カツ、カツ、という音を響かせながらビル七階のバルコニーを駆けるココロコの姿があった。その目は斜向かいのビル、こちらより少し低い階層を走る人影を睨んでいた。
(……ジャンプでは詰めようがないの)
ビルとビルの間は十五メートルはある。跳躍で届く距離ではない。
幸いにして向こうの武装は狙撃銃が一丁だけのようだった。後を追うココロコを阻む術はない。……いや、本当に幸いなのだろうか? 複数の銃を所持して逃げまわるのは大変だから、そのほうが早く追いつけたかもしれない……武闘派の気質があるココロコはそんなことを思う。
しかしそれにしても、狙撃銃とは。
(あとで入手経路を聞き出さないと、なの)
日本が銃規制を解いてからどれくらい経ったか。クローンハザード初期、悪性クローンに対応するために民間人が銃を持つことを許可されるようになった。無論届け出は必要であり、銃犯罪の類はそう多くは起きていない。
ただ原則として、ドーム型都市への持ち込みは禁止されている。理由は単純で、クローンが手にすると困るからだ。
いざとなればクローンを撃ち殺せるように銃の所持が許されはしたが、クローン達が暮らすドーム型都市の中へ持ち込むことはできない……その矛盾に思うところがないでもなかったが、人間たちを納得させる詭弁としては納得できない話ではなかった。
たとえH.A.C.O.Pにまで上り詰めても、クローンが所持を許されるのは拳銃から短機関銃まで。間違っても狙撃銃の所持などは許されない。
それがどうだ。
銃器の持ち込みが禁止されたドーム型都市の中で、非公式とは言え政府が招いた賓客に向けた狙撃銃の発砲という大層な失態を許してしまっている。
(ずるいの。わたしも使ってみたいの、チャカをぶっ放したいの)
もとい、
(……銃の持ち込みなんて滅多なことなの、絶対に捕まえなきゃなの、ぷんぷん)
狙撃手の後を追って全力疾走をしているココロコだったが、動きづらいフォーマルな服装(普段よりマシという事実はあるが)の上に十五メートルほどのビルの合間というのは如何にも埋めがたい。
「……仕方ないの」
ココロコは懐からテイザーガンを取り出す。
「曲芸が先輩の専売特許ってわけじゃないってとこ、見せてあげるの」
電極を射出する、射程距離のついたスタンガン。
一発きりのインスタントの武器……
手すりの上に登って、駆け続けながら狙いを定めていく。
バルコニーの行き止まりは目前だった。それまでの走りを『助走』に変えて、
「……なのっ!」
向かいのビルに向かって跳躍する。ちなみにココロコの走り幅跳びの自己ベストは四メートルと二八センチ。一五〇センチを切る身長、体格から言えば破格だが自慢できるレベルではない。この自慢できるレベルではない走り幅跳びのノウハウを活かして十五メートルのビルの間を飛び、ピークの瞬間に狙いを定めたテイザーガンを射出する。
――向かいのビルの、上方向に、だ。
射出された電極が数階上の手すりに絡みつく。速度の乗ったココロコの身体は『振り子』の要領で前へと進み、テイザーガン越しに『みし』という感触が来ると同時に手を離す。元よりただの電極を射出するワイヤーだ、人間ひとり分の体重を支えきれるほど丈夫ではない。
もっとも。
小柄なココロコを数秒だけ支えることくらいは、可能だ。
「なっ――」
振り返った狙撃手は数メートル後ろまで距離を縮めたココロコに驚き、走るのを止める。
ココロコは不敵に言った。
「追いかけっこはおしまいなの。ついでにあなたも」
「――、――――」
対峙し、睨み合う。
狙撃手は狙撃銃を捨てて構えを取る。
やはり武器を隠し持っている気配はない。
しかしその全身はゴムスーツで覆われていた。
(風紀委員対策ってわけ、なの)
風紀委員の許される武装は三種類。ゴム弾の実銃、テイザーガン、スタンガン。全身を覆うゴムスーツではなるほど、どの武器も大した効果を発揮できないだろう。
「念入りなの」
言ってやる。
余裕なのか、肩をすくませて応えてくる。
そんな狙撃手を睨めつけて駆け出す。
「……ッ!」
小柄なココロコの疾走はトップスピードに乗るまでの時間が極端に短い。
またたく間に距離を詰める。
腕のリーチに入った瞬間、相手のストレートのパンチ。
身体を屈めることで回避しながら距離を詰める。
一呼吸をおかずに相手の懐。
走った分の勢いが乗った肘鉄を脇腹に入れる。
「なの――ッ!」
ゴム越しに鈍い感触。
それだけにとどまらず、姿勢の崩れかけた膝裏に思い切り蹴りを入れる。
「――……!」
相手は完全に姿勢を崩し、倒れこむ。
脇腹の痛みに喘いでうずくまった相手の首裏、ゴムスーツのファスナーに指をかける。
「念入りなの。――だけど、めっ、なの」
露出した肌にスタンロッドを押し付ける。
ビクビクと痙攣し、意識を失ったのを確認。
「これで終わり。……手こずったの。もう」
ふぅ、とため息をひとつ。
落ちていた狙撃銃から弾薬を外しつつインカムに口を寄せる。
「ココロコなの。無事確保したの、生け捕りなの、活きが良いの。……でも」
辺りを見回し、
「走り回って、ここがどこだか、わからないの。……ここはどこなの?」
飼い主とはぐれた子犬を連想させるような表情で呟いた。




