相合い傘の都市……01
仙台ルイスは絶句する。
どこにでもあるビルの、どこにでもある会議室の中。視界に映るのは三つの机と三つの影。三対の視線がルイスの輪郭を撫でるのを感じた。三人の風貌はとても『どこにでもあるビルの一室』にあっていいものではなかった。一人一人が弩級なのに三人も揃えばもう形容のしようもない。
(……こんなの聞いてないよ!)
絶句してしまうのも無理からぬ話だった。まっすぐにこちらを見る少女、うつむきがちだがこちらを伺っている少女、頬杖をついて窓の外を眺めたままの少女……
それぞれシルエットだけはなるほど、ただの少女の物が三つというだけなのだが――
「あんた、仙台ルイスセンパイであってます?」
三人のうち、一番背丈がある(とはいえルイスのそれよりは低い数字が資料に載っている)少女が多少礼を欠いた口調で言う。頷いて答える。
「じゃ入り口で鳩みたいな顔してないで、入ってきたらどーです?」
「……豆鉄砲をくらったような顔をしてると思うんだけど」
ルイスはなんとかそれだけ答えて持ち直す。
そうだ、自分は腐っても『監督生』。自分の班員が如何に特異な容姿をしていようが、関係ないだろう。三つの机の前、部屋の最前にあるホワイトボードの前に立つ。
……えっと、最初に。どうしようとしてたっけか。
あまりのインパクトのせいで初動を忘れ掛ける。しっかりしろ――そう自分を鼓舞しながら部屋に入るまで考えていたプランを思い出し、実行に移す。
「まずは……」
小さく呟きながら、ホワイトボードの端にあるマジックペンを手に取る。三対の関心を背に受け止めながら、ホワイトボードに四文字、書き記す。
――自己紹介、と。
「――仙台ルイス。二日前、半年間の外への留学を終えてこの『オダワラ・フラーレン』に帰ってきた。今日から『監督生』として班を預かることになったんで、よろしく」
…………。
驚くほど手応えがない。しかし、関心自体は自分に向いてるのを実感している。まるで針のむしろだ。罰ゲームを与えられた気分である。しかし監督生という近しい上役の存在が時として鼻持ちならない存在になることは理解しているつもりだった。だからこれくらいは想定内。
「じゃ次はみんなの番な。端の……ひとを鳩呼ばわりしてくれたキミから」
三つの机のうち、ルイスから見て左側、先ほど部屋に入ってくるよう促した少女だった。彼女は目をぱちくりとさせ、
「ん? あれっ、もしかして根に持ってます? そりゃごめんなさい、どちらかと言えばキジっぽいですよ?」
フルスロットルでケンカ腰だ。頭が痛くなる。
「ぜんぜん気にしてないよ、なんせトリアタマだから。自己紹介を頼むよキッカちゃん」
ルイスもルイスだ、たいがい大人げない返しなのだがあまり自覚はない。キッカと呼ばれた少女は不機嫌そうに顔を歪め、
「……ちゃんづけとか。バカにされてる気分……」
言いつつ、席を立つ。
「アタシ、キッカ。五稜郭菊花。……自己紹介て。あー……、ゴリョウカクで保護されました、『オリジナル』は不明、……えーと、趣味は……ない」
気の強そうなつり目がちの整った顔に、ふわふわのウェーブが掛かった髪の毛は左右に結われていて胸元辺りまで伸びている。
問題は服装だ。三人の中で最も高い背丈を包むその装いは、巫女装束だ。それもただの巫女装束ではない。
……袴の部分が、迷彩柄だった。
個性的どころの騒ぎではない。
迷彩柄の巫女装束。
インパクトしかない。
(……サイケデリックかつクレイジーだ)
ルイスは控えめにそんな感想を胸に抱いた。
「座ってい?」
「あ、ああ……素敵な自己紹介をありがとう」
「……ふん」
鼻を鳴らしてキッカは席につく。
まだ一人目だと言うのに、しかもほんの一言発してもらっただけだと言うのに、ルイスはもう帰りたい思いでいっぱいだった。尤も帰ってきた場所がここなのだが……
ルイスは気を取り直して、視線を三つの席のうち、真ん中に向ける。
物言わずに座っていた少女が立ち上がる。その背丈はキッカのそれと比べとても低い。
「五稜郭、心子、なの」シュコー。
「わたしも、ゴリョウカク、なの」シュコー。
「『オリジナル』については資料を参照していただけると幸いなの」シュコー。
傷みのないさらさらストレートの黒髪が太もも辺りまで伸びていてすごく目につくが、それよりも特徴的なのがキッカと同じく異質な服装だ。
いわゆる『白ゴス』に分類されるホワイトを基調としたゴシックロリータの服装。長い黒髪の上にそれだ、両極端なコントラストがひどく目立つのだが、なにより――
「えぇと、ココロコ。……部屋の中では、ガスマスクを外してもらってもいいかな?」
ガスマスクを着用していた。
白ゴスにガスマスク。
迷彩柄の巫女装束に劣らぬくらい、こちらもサイケでクルっている……
ルイスに従ってガスマスクを外すココロコ。露わになるのは大きくつぶらな瞳。まゆを小さく寄せた表情。単純にゴシックロリータがよく似合う、人形のような少女だ。
「……あんまり見ないでほしいの」
恥ずかしそうに言いつつ紅潮した顔を伏せる。可愛いのだけど、
(……でも白ゴスの上にガスマスクのセンスなんだよな)
おそらくは普段から着用しているのだろう、ガスマスクを外すのには手際の良さを感じさせるものがあった。ルイスは頭を抱えつつ「座っていいよ」と言う。
ココロコが座るのと入れ替わるように立つのは、三つ並んだうち右端の机の少女だ。
「姫路ポチ。ヒメジで保護。いわゆる『オーダーメイド』であります、サー」
淡々と言う。
背丈は白ゴスガスマスクのココロコと似たようなものだ。くせ毛のボブカットという髪型も相まってチワワやらフェレットのような小動物的な可愛らしさを感じさせるが、淡々とした口調や張り付いた無表情はどこか厭世的な雰囲気で、ふくろうみたいな少女だとルイスは思う。……ふくろうが厭世的というのはルイスの勝手なイメージだが。
服装は比較的マシだ。ダボダボでボロボロのジャージに、イチゴのアップリケが何点か、さながら柄のように縫い付けられている。格好だけ見れば本当に比較的マシなのだが……
「えっと、ポチ」
「イエス、サー」
……サーってつけるのやめてほしいなぁ、と思いつつ、
「なんで訓練用に支給されるジャージなのかな」
ルイスも着た覚えがある。風紀委員の基礎訓練を受けるときに支給されるジャージだ。ボロボロなのも納得が行くというか当然の結果で、ハードな訓練を乗り越えた結果、大体は擦り切れる。普通は使い捨てるか新調する物だが……
「イエス。もったいないので、サー」
ポチはあっさりとそう答える。かなりのエコイストであるらしい。地球にやさしいぜ。
「そう……」
「イエス、サー」
「裾が、余ってるみたいだけど……」
「着るのが楽なので大きいのを支給してもらっていました、サー」
「そう……」
「ここらへんのアップリケは縫うのに失敗して風通しがいいです、サー」
「そうなんだ……」
「はい。ちなみにジャージの下にはブルマを着用しています、サー」
「その報告いるかなぁ……」
ともあれ本人から快適な服装だと言われれば引き下がる他なかった。
ちなみにポチはその自己紹介の間、ずっと窓の外を眺めていた。立ち上がって自己紹介して座るまでの間ずっとである。サーとか言ってるくせに太いヤツというか。ルイスは(……見ようによっては一番サイコでぶっ飛んでるかも)という感想を覚えた。
「ありがとう……座っていいよ」
「イエス、サー」
三人の自己紹介を終えて、ルイスは一人ずつを見回す。
迷彩柄の巫女装束。
白ゴスのガスマスク。
ダボロなジャージinブルマ。
ルイスは思う。
(……聞いてないぞ)
(……聞いてないぞぅ!)
二度、クレッシェンド(音楽用語:徐々に強く)がちに思い煩悶する。