光の王国……08
リーヴァは満足そうに笑って、なんてことないような口調で答えた。
「――我が国は日本に倣い、クローン種に人権を与えることを目指しています」
ルイスは全身が総毛立つのを感じた。
現在の国際情勢の中でクローンに人権を与える……
かつての日本がそうであったように、並外れた胆力が必要になる。
国際連合からの独立、国家としての孤立。
自国で資源を補い隣接する他国に備えて軍備を整え、かつ政府による『窓口』は用意して外交努力を続ける必要があるのだ。
無謀な試みのように思えた。
「仰りたいことはわかります。……現実的でない試みです」
……だから、日本に来た。
クローン保護を謳って孤立した国の現実をその目に焼き付ける為に。
ノウハウの吸収、共生の実情を確認する為に……
「不可能だと思いますか?」
ルイスには答えられない。
「わたくしは、現状では、不可能だと思います」
しかしリーヴァはあっけらかんと言う。
「隔離・管理・保護するための巨大なドーム型都市に、それらを結合しあうフラーレンという構造。見事なものです。今日の人間とクローンが共生するためには不可欠な構造なように思えます。……我が国では作れないでしょうね、これは」
半透明の天蓋を見上げ、
「ですから、姉妹国家として独立することを試みることにします」
「……なんですって?」
「簡単なことです」
笑って、
「××王国は複数の島によって構成される島国。手始めに近場の島を領土とし、クローンの自治区を、そしていずれは王国を作ることを目指します」
言うのだ。
「………………」
ルイスは言葉が出なかった。
クローンの王国……
(……クローンの、王国だって?)
そんなものが地球上にあることを許されるはずがない。クローンとの共生をする日本だっていわば『モルモット』的な存在として黙認されているようなものなのだ。それもドーム型都市という透明な牢獄の中に限定している上での話だ。
危険なモルモットは二国も要らない。
各国は即座にそう判断して介入しようとしてくるに違いない。
火を見るより明らか。
……だと言うのに。
××王国の王女のクローンを名乗る少女は、自治区を――王国を築くという。
どうかしている――ルイスはそう考える。
「日本には、その後ろ盾になっていただければ、と考えています」
「……、……無理ですよ、リーヴァ」
ひどく渇いたような声でルイスはそう言った。
それはつまりクローンを容認する国同士という『同盟』を築きたいということだ。××王国からすればクローン保護法を確立した国家との同盟を結ぶことで、クローン自治区を擁立するためのお膳立てを済ませることができる……そういう考えなのだろう。
××王国が本気でクローンに人権を与えることを目指しているのなら、その同盟関係は喉から手が出るほどにほしい物だろう。クローンたちに対しては、地球上にこの国以上に強力な後ろ盾など存在しないのだから。
……この国は鎖国の軍備増強により『戦争しても負けない国』になった。しかしそれは国と国との戦争に限った話。連合国を相手取った場合は体力が保たない。連合国として矢面に立つ国の鼻をあかすことはできても、勝ち続けることはできない。だから自衛以外に武力を割くことはしない。そうすれば少なくとも当面は、連合国という単位で軍が動くことはない。彼らが動くためには大義が必要で、そしてあらゆる侵略戦争に大義はないからだ。
もちろん事はそこまで単純な話ではないのだが、ともあれそういう構図を鎖国以来、時間も労力もかけて築き上げてきた。おかしな話だが、鎖国を許されるだけの信頼を得ているのだ。
そんな国がひと度『同盟国』を作ればどうだ、それは連合国側に某かの大義を与えることになりかねない。ましてや××王国は日本と同じく島国。得られる資源は限られている。あまりにも大きなリスクに見合うだけの見返りを日本が得られるとは思えなかった。
彼女の言葉が本心から出たものならば、その夢は徒労に潰えるだろう。
「……悪いことは言わない。考えなおすべきです」
ルイスは身分なども忘れ、親しみを覚え始めた少女に向けて強い口調で言った。
リーヴァはけれど気にした素振りも見せず、
「あら。ルイスが考えるより、きっと見返りは大きいのよ?」
「たとえアリスプリンターを数百台単位で用意したって……」
「無粋ね。そんな無用な長物ではないわ」
「では、なんだと?」
「まずはそうですね……手始めに」
リーヴァの顔が近づく。
いたずらを明かす少女のような顔。
「――有栖川博士の所在、とか」




