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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第三章 光の王国
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光の王国……06

「次は霊園区域だそうなの。お次のスポットは?」


 ルイスたちから遠く離れたビルの屋上に双眼鏡を覗くココロコの姿があった。


『二〇〇メートル圏内には七箇所。うち四つはひときわ高いビルから、残りの三つは別方角にある高いビルから見通せます』

「じゃ、今度はその二箇所に別れるの」

『ん。××ビルの――』


 インカム越しの会話相手はポチだ。


 ポチはドーム内を散歩する『趣味』を持っている。

 結果ドーム内の様々なスポットを彼女は知っている。『首輪外し』の一件で五つのビルにまで特定して見せたことは記憶に新しい。


 ルイスが通話状態のまま携帯している端末から『見張りに適したポイント』を割り出して先回りする……それがポチの役割だった。


 ココロコはそれ自体にめぼしい効果はないと考えている。と言うより、あってほしくないと言うのが本音だった。たとえばポチが言った場所に向かって何者かを見つけてしまえば、


(……それは大問題なの)


 その可能性について考えて、少しだけブルーになる。


 鎖国している国に他国からの賓客。それを付け狙う暗殺者のような存在。

 ××王国王位継承権第三位のアンジェラ・サン……そのクローンであるリーヴァの存在が気に食わない人間は存在するだろう。彼女の国の民であるかもしれないし、別の国の人間かもしれないし、あるいは日本の誰かかもしれない。そもそも人間ではない(クローン)かもしれない。問題は暗殺者の正体などではなく、


(……ドーム型都市の中に入ってきている、ということなの)


 クローンを隔離するという側面を持つドーム型都市は非常に頑丈に設計されていて、穴を開けて入るのは無理がある。内外に何重にも張り巡らされたセキュリティのこともある。


 正規の出入口を利用する場合も許可が必要となる。故に中で()を起こすような不埒な輩が入ることはできない……そのはずだった。


(……それでも、用心はしておくべき、なの)


 保険を掛けておくに越したことはない。だからルイスはたった四人で構成される班の中から後方支援という役をココロコとポチのふたりに振り当てたわけだ。その心情を察するとやはり、ブルーになる。


「………………」


 ちょっとだけ不機嫌さの混ざった息遣いが伝わったのか、インカム越しにポチの声。


『……心子も、心配ですか?』


 そう尋ねてきた。


「用心に越したことはない。わからないではないの」

『ううん、任務のことでなく』


 では何を、と尋ねる前に、


『先輩が取られないか、です』


 何を言われたのか、しばらくわからなかった。

 取られる? 誰に? 誰を? そもそも誰の物とかあるの? 裏に名前とか書いてある?


 そんなふうなことを一瞬本気で思い、


「……それは面白い冗談なの」


 笑う。

 冗談としか思えなかったからだ。


『心外。割りと本気でしたが』

「本気って……ポチが? あのユカイなひとを慕っているの?」

『素敵な方だとは思います。……さっきキッカの服しか褒めなかったのは残念ですが』

「どうせ人間で言うところの七五三みたいとか思ってたに違いないの」


 言いつつ、あのパッとしないのが素敵だって? 変なの、とココロコは思う。


「……まさかポチの頭にも春がまわったの?」

『頭に春がまわる。これほどひどい表現は初めて聞きました』


 珍しく苦笑が混じった声。


『客観視すれば……水は滴らないけど良い物件、くらいの良い男性かと』

「頭に春がまわる、よりよほどひどい表現だと思うの」


 今度はココロコが苦笑する。


(……本当に珍しいの)


 姫路ポチというこの同僚は、あまり他者に興味を示さないクローンだ。

 オーダーメイドというその出自がそうさせるのか、裏表のない性格で、常に理に適った言動を取ろうとする。冷静で情に流されにくく、時として冷たいとすら思える一面を持つ。


 その冷たい一面をココロコは気に入っていた。いや……気に入っているというよりは羨望に近い。ココロコも似たような一面を持っているが、しかしポチのそれには及ばず、情動的だと自覚している。


(……でも、キッカほどではないの)


 ポチとは正反対で情に流されやすいキッカのことも、しかし気に入っていた。甘いのだ、キッカは。ココロコとポチよりも背丈が高い――おそらくはその程度の理由から、彼女は自分を前衛足らんとしている節がある。矢面に立つことが役目と。……砂糖菓子のように大甘な少女である。


 が、不思議ではあるけれどそれを直すように求める気持ちが湧いてこない。冷たいはずの自分がだ。五稜郭菊花にはそんな、相手に甘さを許容させてしまうような一面がある。甘え上手とでも言うのだろうか。……少し違うか。


(わたしが人間で、妹がいたら、こんな気持ちなのかもしれないの)


 ココロコはそう思うのと同時に、


(……なら、そっか。ポチはわたしに対して、こんな気持ちを抱いてるかもしれないの)


 気づくのだ。

 保護されたのは似たような時期だったと聞くが、戦闘訓練以外の成績はポチの方が上。生を受けてからの時間がそれだけ長いということなのだろう。


 キッカだけならいざしらず。

 そんなポチまでもが、仙台ルイスを素敵な方、良い男性だと言う。


『心子は心配してはないんですか? 取られないかって』

「トンビに油揚げをさらわれても、別にって思うの」

『…………。……なるほど』

「今の間はなんなの」

『ううん。深い意味はないですよ』

「嘘くさいの、ぽっちゃん」

『呼ぶならポゥです。……ぽっちゃんはやめてください』


 苦虫を噛み潰したような顔が絵に浮かぶ。

 口角を一瞬だけ釣り上げ、しかし一文字に結び直し、


「わたしの関心は、油揚げよりもトンビにあるの」

『…………でしょうね』


 今度は違う意味の『間』。

 ポチがココロコの出自を知らないはずもなく、だから察してくれている。


「……著名人のクローンが本人に認められるわけないの。絶対の絶対に、裏があるの」


 アイドル『姫ノ瀬ロコ』のクローンであるココロコは、そう確信を持っている。


 王室の人間が自身のクローンを保護する。それ自体がすでに胡散臭い。これが事実だとするなら考えられる一番の可能性は影武者を育てることだ。同じ容姿を持つ生体だ、これ以上の素材はないだろう。しかしそれはあまりに危険でもある。なぜならDNA単位で見分けがつかない以上、権力者たちの都合で影武者を『本物』とされかねないからだ。


 実例はなかったが(尤も、成功していたら出るはずもないが)、未然に阻止したという記録はある。クローンハザード初期、流出したデータから影武者を仕立てようと企てたテロ組織があった。試みこそ失敗したがその思いつきは世界中に拡散されることとなった。


(……本物(にんげん)は警戒して当たり前なの)

(にも関わらず偽物を保護するなら、そこには裏があるの)

(一度は自分の名前を名乗らせてクローン保護の確立している国に送り込む理由は……)


『あまり考えない方がいいですよ』


 インカムからポチの声。


「……その通りなの」


 ポチの声で、感情的になっている自分に気づく。

 ふるふると頭を振る。


(……うん、その通りなの)


 考えるのは監督生……彼女(リーヴァ)と直接接しているルイスの役目。自分たちはあくまで与えられた後方支援という役目を果たすよう尽力するべきだ。すぐにそう思い直すことができる程度にはルイスとの信頼関係を築いてこれた。


 目的のビルに到着。裏口から階段を使って屋上に出る。高い位置にあるだけあって半透明のドームの端の方まで見渡せる。


(なるほど、ここからなら……)


 周囲のビルに視線を送るだけで『ルイスたちが向かう先を監視できるスポット』を監視することができる。


(格好のスポットなの。……散歩ってレベルではないの)


 実践的というか……ドーム単位でクリアリングでも目指しているのだろうか、とココロコは感じながら目を凝らした。

 ……目を疑った。


「……ポチ」

『どうしました』

「……近くのビルの上にほふく姿勢の人影があるの」

『奇遇ですね。こちらもしゃがみ込んだ姿勢の人影を捕捉したところです』

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