光の王国……05
ルイスの案内で立ち並ぶビルの横を徒歩で抜けていく。
比較的人気の多い通りだ、リーヴァに歩いてもらうことにはいくつかの意味で抵抗があったが、自分の足でドーム型都市を見て周りたいという彼女の希望を叶えた結果だった。
幸いなのは彼女の服装だ。淡いアオザイに白いニーソックス、赤いフレームのメガネ、アップにまとめた髪の毛。普段はドレスを纏い髪を下ろして生活するという彼女の変装した姿がそれだった。
内面からあふれるような気品の類はまるで隠せてはいなかったが、しかし王女という身分を連想させるには至らない。
隣を歩くルイスとの釣り合いは取れていないだろう。道すがらすれ違う者たちはリーヴァを見た後にルイスを見て、怪訝な顔を浮かべる。
(できるならおれもそっち側でありたかった……)
緊張で浮かんだ汗を感じながら、ルイスはそんなことを思う。
辺りのビルの反射を利用して後方を確認する。つかず離れずついてくるキッカの姿があった。小芝居なのか携帯端末を耳に当てる仕草はビル群の中ではとても自然だ。事前に顔を合わせて服装を確認していなかったらルイスにも見つけられなかったかもしれない。
案内役というのは思っていたより幅広く、取り留めのないものだった。
たとえば電気自動車のことを尋ねられることなんて誰が想像できるだろう。
「クローンの実年齢はなんの当てにもなりません。ですのでH.A.C.O.という公のクローン組織が定めた単位を習得した者に免許取得の権利が与えられる、という形です」
「ルイスは持っているのかしら?」
「一応は。『風紀委員』という組織に属している以上、荒事に対応する必要があるので、早い段階での取得が勧められまして」
「なるほど……では、無所属のわたくしは取得できませんのね?」
微笑んで言う。かわいらしいジョークだ、ルイスも笑って応える。
もっともその笑顔は微かに引きつっていた。
(慣れそうもない……)
ルイスはいっぱいいっぱいになりながら任務をこなしていく。
***
「なぁ……ココロコ、ポゥ。見てるか?」
『見てるの』『見てますよ』
ルイスとリーヴァから少し離れた背後、携帯端末を耳に当てるキッカの姿があった。
普段の迷彩巫女服という奇抜なファッションから大きく離れた服装は、鏡の中の自分を見て違和感を覚えるくらいには整って見えた。『馬子にも衣装』という言葉を体現しているのではないか? もっとも普段の格好がそれほどに奇抜だということなのだが。
とても極端な話、今日のアタシいけてんじゃね? などと思った。実際にルイスから褒められた時など普段着をこちらに変えようかと魔が差しかけたりもした。
しかし今『変装』してルイスの隣を歩くあの品格を溢れさせる少女と比べると、
(……月とすっぽん。いや、海王星とスーパーボールだ……)
意味不明な感想をキッカは抱きつつ、携帯端末に声を吹き込む。
「あのさ……センパイの言ってたローマの休日ってどんな話だっけ……?」
尋ねる。僅かな沈黙を挟んで、
『王女が他国で出会った青瓢箪と恋仲になるの』
ココロコがものすごいざっぱりと答える。必要な箇所だけ切り取って。
だよなー、とキッカは思う。
ルイスの案内に楽しんでいる雰囲気のリーヴァを見ていると……なんだか心に感じたことのないもやもやした気分を覚えるのだ。
おもしろくない。
まったくもって、超おもしろくない。
「むー…………」
渋面を作って歩くキッカに携帯端末越しにココロコの声。
『大丈夫なの、あれに必要なラッタッタがないの』
「それって重要なのか……?」
『物語を語る上で外せないの。豪華客船の先端で両腕を広げるくらい重要なの』
「それって重要なのか…………?」
いまいち釈然としない。
「……っていうか『大丈夫』ってどういう意味だよ!」
『あのパッとしない先輩が王女のおメガネに適うはずがないの』
「そんなことないだろ! パッとするよパッと! パッどころかパパッとするよ超かっこいいじゃん銀髪がキラキラしてるし優しいし!!」
顔を赤くしながら言って、
「って違う、そうじゃなくて! 仮におメガネに適ったとしたらそれはいいことじゃん!? 友好関係じゃん!」
『うんうん、キッカはそれで大丈夫なの、パパッとしてればいいの』
「だから大丈夫ってなんだよ~~!」
***
後方でなんかキッカが携帯端末とケンカしていた。
(……なにやってんだろう。あれも小芝居? ……んなわけないよな)
何かあったのだろうか、と内心で思いつつもルイスはリーヴァの案内を続ける。
「ドームの中では」リーヴァのなんてことのない問い。「雨は降らないのですよね?」
「えぇ。ですから我々は傘の差し方を知りません」
自分の中でお約束になった一言を言うと、まあ、とリーヴァは笑う。
「でも雨が降らないのなら、水はどうしているのです?」
「フラーレンの近くにあるダムからの水道に頼る形ですね」
「作物は? 農業はできるのでしょうか?」
「完全なビニールハウスを使って研修を行っている、と聞きます。農業を専攻するクローンは、研修を終えてドームの『外』に出て、はじめて本物の雨や土に触れるわけです」
「ホンモノのお日さま、ホンモノの雨。それらなくして収穫ができるんですね」
「ここだけの話、ドーム産は安く買い叩かれるそうです。おいしくないって」
ルイスが苦笑して言うと、リーヴァもまた小さく笑う。
「あなたはよく笑うのですね」
「……気に触りますか? リーヴァ」
「まさか。むしろ嬉しく思います」そう前置いて、「わたくしは、わたくし以外のクローンはもう少し、非人間的なものなのだと思ってました」
「……非人間的?」
「自我、自意識、そういったものが薄い。少なくともこれまで見たクローンはそうでした」
これまで見たクローン。
国外におけるクローンというのは、それは……
リーヴァは哀しげに微笑して、
「……えぇ、仕方ないことです。処分されるべき案件というだけなのですから。故に個を培うだけの時間はない……培ってしまったとしても、それは悲しいことです」
「………………」
「でも自我が薄い原因は、個を培う時間がないのとは、別にあるのだと思っていました」
「……それは?」
「幼少期の欠如です」
言い切る。
「人間は誰しも自分が世界の中心だった時間がある……そう考えます。ですがクローンには、そんな時間は一秒足りとも存在しない」
「世界の中心、ですか」
「おぎゃーと泣くだけでおしめを変えてくれる。両足で立つだけで拍手をしてくれる。きゃっきゃと笑うだけで周囲を笑顔にできる。……世界の中心に等しいことだとは思いませんか?」
「幼少期という時間が、世界の中心……」
それは生まれた時からある程度は身体が成熟しているクローンにとって最も遠い考えだ。ルイスは想像したことだってなかった。
「わたくしは」リーヴァは両手を胸の前で重ねる。「ワガママを言うだけの自我を得ることができた。言うまでもなくアンジェラのおかげです……自動販売機で缶コーヒーを買うなんて夢、持てるとは思わなかった」
「……でも、それは叶いましたね」
「えぇ、あなたのおかげです、ルイス」
微笑む。
「フラーレンにて感情を培ったクローンは、全国で労働する……そうでしたね?」
「そのための教育課程――委員会があります」
「まるで存在しない幼少期を追体験するようですね。きっと、クローン種の子宮のような存在なんですね、この雨の降らない都市は……」
言って半透明の天蓋を見上げる。LED電灯が作り物の空を明るくし、その向こうに存在する本物の空の色を曖昧にぼかしている。
外は晴れ渡っているようだ。なんとかそれだけが判別できた。
「ひとつ、気になることがあります」
「なんです? リーヴァ」
「この国でクローン種がなるほど人権のようなものを得ることができるのは、わかりました。では……生命を落としたクローンは、埋葬の機会を得るのですか?」




