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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第三章 光の王国
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光の王国……04

「××王国の……王女さまで間違いありませんね?」


 おしるこを飲み終えたルイスが切り出す。彼女は小さく頷いて、


「そういうあなたは、わたくしの護衛をしてくださる方でしょうか?」


「仙台ルイスです。オダワラ・フラーレンH.A.C.O.風紀委員会ルイス班、監督生。本日は微力ながらアンジェラさまの護衛を務めさせていただきます」


 アンジェラ・サン。

 ××王国、王位継承権第三位。


 彼女はしかし、どうしてか、首を振る。

 違う、とでも言うように。


「……? アンジェラさま?」

「それです。王女というのは間違っていませんが、わたくしはアンジェラではありません」


 ルイスは内心で困惑する。

 上役からは彼女にふたりの兄がいると聞いた。しかし、他に姉妹がいるとは聞いていない。年の頃だって話に聞いたアンジェラのそれと合致している。


 他に考えられるのは……

 まさか、と。

 ルイスの想像はある可能性に行き着く。


(――クローンハザードはどんな人間にも平等に――)


「アンジェラからは『リーヴァ』と呼ばれています」


 果たしてその少女は、淡い紺のアオザイを揺らして、微笑んで見せた。


 ――クローンハザード。勃発当時大きな問題とされたのは重要人物のクローンが出現した場合だ。生体データとアリスプリンターの二点が揃えばどこの誰であっても肉体の『複製』が実現してしまうのがルイスたちの生きる現実だ。カリスマ性を持った宗教的指導者や、あるいは王族のクローンが生まれることだって決してあり得ないことではない。


 国際法が整った現在、そうして複製されたクローンへの正しい対処法は、即座の射殺である。


 しかしクローンとは言え――たとえば自身が忠誠を誓う王族と瓜二つの外見を持った相手に対して平然と銃口を向けることができる人間がいたとしたら、少なくともその精神は健全とはかけ離れているだろう。対象の区別なく、執行の後には複数回のカウンセリングが義務付けられ、時には投薬治療が必要となる。


 クローンハザードが生んだ人類規模で抱える、痛ましいコンプレックス(責任の果たし方)


 ――そんな国際世論の中、彼女は自身をクローンと名乗った。

 王国の、王女の、クローンと。


「本国の外で受けた精密検査から流出した生体データを基に、わたくしは誕生しました。様々な手段で集めた多種多様な生体データとアリスプリンターを使い不特定多数のクローンを生成する、クローンハザード黎明期に流行ったテロの類です。彼らもさすがに他国の王族の生体データを手にしていたとは思わなかったのでしょうね、彼らはわたくしを持て余した末に殲滅されていました。

 殺処分されるのを待つだけだったわたくしでしたが、わたくしの誕生を知った『オリジナル』……××王国の王女アンジェラによって秘密裏に保護されました。以来わたくしはアンジェラとしての作法を学びながら生きてきました。こんな時代の中にあっても、わたくしを活かそうとしてくれたアンジェラの厚意に応えたい。それがわたくしの一心です」


 ルイスは彼女、リーヴァの話を聞きながら思う。


(……そうか。政府はそれで護衛を、風紀委員に)


 極端な話。

 目の前の少女は、出国先で死んでしまっても何の問題もない。クローン保護を謳うこの国でなければ、積極的にその生命を刈り取るように尽力するべき……そういう時代だ。ルイスたち『風紀委員』をとりあえずあてがって、他国が王族のクローンを送り込む理由を探る……政府としてはそういう腹積もりなのだろう。


 もちろん彼女がクローンということを知らなかった可能性もあるが……


 ルイスは自身の首についている半透明の首輪の存在を意識する。発信機(すず)が入っているというが、別のものも入っていると考えている。たとえば盗聴器。人間の立場になって考えればむしろ仕込まない理由がないとすら思う。その想像は今、間違っていないのだと確信した。


かわいそうなクローン(・・・・・・・・・・)相手に何を話すかを見たい。そういうことだ……)


 そのことを、この目の前の、王族のクローンは承知しているのだろうか?


(……承知しているのだろうな)


 承知しているからこそ、ルイスという護衛相手に語ってみせたのだろう。

 ルイスはちいさくため息を吐く。


「嫌な時代に生まれ……、……造られましたね」


 言うと、リーヴァは笑うのだ。


「えぇ、互いに。いつか、我々の魂に、安らぎが訪れればいいのですが」

「まったくです」


 ルイスも苦笑してしまった。

 まったくだと思ったからだ。


「……では行きましょうか、リーヴァさま。今日訪れたのは『観光』だと聞きましたが」


 しかしリーヴァはまた首を振って、


「さま、はいりません。かえって目立ってしまいますし、もっと気楽に接して欲しいのです」


 そう言われても、とルイスは思う。

 ルイスと同じで本物ではない(クローン)とはいえ相手は王族。とても抵抗がある。抵抗感を忘れることが怖いとも感じる、そういう類の抵抗だ。


「では、リーヴァさん、でしょうか」

「……? なぜフルネームで呼ぶのです?」


 フルネーム? リーヴァのオリジナルのフルネームを思い浮かべる。

 アンジェラ・サン。


 となるとアンジェラによって保護されたという彼女は――リーヴァ・サン。

 ルイスは思わず吹き出し、


「失礼。『さん』というのが『ミスター』や『ミス』に該当する響きなんです」

「まあ! まあまあ! おもしろいこともあるのですね」


 そう言ってリーヴァもまた笑う。


「『さま』も『さん』もいりません。リーヴァ、と呼んでくださいな」

「それは、しかし」

「抵抗があるのですね?」


 ルイスが小さく頷くと、


「ならわたくしも、あなたを呼び捨てにします。それでいかがですか? ルイス」


 ……逃げられない。

 ルイスは腹をくくって、彼女の名前を呼ぶ。


「……ご随意に、リーヴァ」


 おとなしく従うことに決めた。

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