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ストレイシープ*コンプレックス  作者: 七緒錬
第三章 光の王国
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光の王国……03

 ルイスは護衛対象との合流地点に指定された公園に向かう。


 その足取りは重い。叱られるために職員室に向かう子供のようなオーラがにじみ出ている。その少し離れた位置にはルイスの後をつけるキッカの姿があった。


 三手に分かれて行動をすることにしたのだ。


 まず王女の案内・護衛役のルイス。そのルイスを少しだけ離れた位置から捕捉し、支援に当たるキッカ。さらにそんな二組を遠いビルの屋上などから見守るココロコとポチ。四人という少数を割り振った結果だ。


(……本当に大丈夫かな……)


 ルイスは気が重かった。無理もない。風紀委員としての訓練の中に『護衛任務』は確かにあった。だが実際に行うことになるなんて思ってもみなかったのだ。ましてや相手は他国の王女……たちの悪い冗談みたいだ。


 自分がそんな相手と直接、顔を合わせて案内をするだなんて。


「絶対に向いてない……」


 ルイスは上役とのやりとりを思い返す。




 上役から呼び出された時、バルコニーに出た開口一番が、


『××王国という国は知っているか?』


 だった。


『数年前に英連邦からの独立を果たした小さな島国だ。王国とは言っても立憲君主制で、王室その物に大した支配力があるわけではないらしい。とは言え国民に蔑ろにされているわけではなく、よく慕われているという話だ。おそらく大英帝国の支配下にあった時代に王室その物を人質に取られて出来上がった体制なのだろうな。国民の識字率は八割に届き、義務教育化で三ヶ国語を履修する。国民数は凡そ八〇〇万程度で――』


 取り留めのない言葉。

 ルイスが真意を問いただすと、上役は意地の悪そうな笑顔を浮かべ、


『そんな王国の王位継承権第三位――アンジェラ・サン王女が観光にやってくる。その護衛を、おまえの班に任せたい』


 そう言い放ったのだ。


『現在一五才で経済学を専攻して学ぶ勤勉家。母親――つまりは現在のファーストレディなわけだが――の教育方針により厳しく淑やかに育つも、上にふたりの兄を持ち生まれつき国民に慕われている彼女は甘え上手でもあるという。

 ウソかホントか知らないがイタズラ好きで、よく変装して町に遊びに出かけて、大体はバレるという。なかなか面白い人物だと思わないか?』


 そんなふうに言われて初めて、ルイスは言葉を出すことができた。

 ――どうして、おれたちなんでしょうか? と。




(結局、答えてはくれなかったんだよな)


 それっぽいことは言っていた、面白そうと。しかしさすがにそれだけの理由だとは思わない。……っていうか思いたくなかった。


 その後にこの場所――公園で合流して護衛をしろ、と命じられた。


(面白い人物、とか言われてもな……)


 人相の類を教えてもらうこともなかった。あるのはただ場所の指定のみで、あとは『面白い』というふわっとした人物像だけ。あの上役は同じ口でルイスのことまで面白いと称するのだ。合流自体果たせるのかと疑問を抱いてしまう。


(本当に大丈夫なのか……?)


 そんなことを思いながらひとが行き交う公園の中でルイスは立ち尽くしていた。


「あの、もし」


 不意に、背中に声。

 振り返る。


「――――――」


 一目見たら忘れられない容姿がそこにはあった。


 全身を包む淡い紺のアオザイ、うっすらと透けて見える純白のニーソックス、胸元辺りまで伸びた髪をほうき星の形のベレッタでアップスタイルにまとめ、赤いフレームのメガネの奥に曇りのない空のような碧眼をルイスに向けた少女がいた。


 三六〇度どこから見ても、控えめに言って美人。


 目を奪われる。

 品格、気品。


 そういった視覚できないはずの要素をしかし、ルイスの視界は捉えた気がする。


 ――あぁ、この人が、今日の。


 ルイスは一目見ただけで、確信を抱いた。

 そんな少女が、近くにある自動販売機を指さす。


(……?)


 きょとん、とするルイスに向けて、彼女は言う。


「セント硬貨を使える自動販売機をご存知でしょうか?」


 ルイスは思う。


(……面白い人物だ)

(……面白い人物だぁ!!)


 思わず二度、クレッシェンドがちに思う。


「……鎖国なう」

「? もちろん存じています」


 存じられている。


「鎖国中の国に、他国の通貨を使える自動販売機は、ないのです……」

「まぁ。言われてみればそうですわね、わたくしったら」


 言ってその人物は恥ずかしそうに、


「夢だったんですの。自動販売機で缶コーヒーを買うのが」

「それはまた……小市民的な夢ですね」


 庶民目線過ぎる夢だった。


「では硬貨をガチャンと入れて購入するのは諦めましょう」

「それがいいです」

「ですがそうすると……困りました、事実上の無一文です」

「……ちょっと失礼」


 ルイスはそう言ってポケットに手を突っ込む。安物の財布を出すのは恥ずかしかったがこの際仕方あるまい。財布を取り出そうとするが……軽い。


(……身分証とカード類しか入ってないじゃん!)


 そうだった、邪魔になるから硬貨なんかは別の財布に入れてるんだった。おそらくあの紅白のスーツのポケットの中だ。ルイスは頭を抱える。


「どうしたんですの?」

「……あの。ほんの少しだけ、ここで待っていてもらえます?」

「? 構いませんけれど」


 ルイスはその場から少しだけ離れ、背後で別人を装っているキッカを呼ぶ。


「なにさセンパイ」

「ごめん財布貸して」

「……なんとなく事情は察せたからいいけどさ……そ、その……笑うなよ」


 言ってキッカは自分の財布を取り出す。がま口財布であった。柄は紅白のストライプ。デキる女風の服装をした少女としては如何な物だろうと思わないではないが……


「かわいい柄だな」


 ルイスはそんな感想をこぼす。


「……っ、……い、いいから持ってけよ、もうっ」


 無理やりルイスに手渡し、後ろに下がっていった。

 ルイスは苦笑してその背に「ありがとう」と言って、元いた場所に戻る。


「これを使ってください」


 再び彼女の前に立ったルイスはキッカのがま口財布を差し出して言う。


「まぁかわいいお財布。……よろしいんですの?」

「夢を叶えるお手伝いが出来るなら、安いものです」


 ふふ、と笑って、その少女は両手でがま口財布を受け取る。


「では、えーと……こちらが五〇だから、これとこれで……」


 硬貨と自動販売機の数字を見比べて、


「あら? ……あの、こちらは紙幣でしょうか?」


 言って白い紙を取り出す。

 レシートだった。


(……よけとけよ!)


 とても恥ずかしかった。

 横目で別人のふりをしたキッカを探す。違和感しかないスポーツ新聞を読んでる姿がそうだろう。よく見ればその顔は真っ赤に染まっていた。


「お……おまもり代わりです」

「おまもり……なるほど、“おみくじ”の類ですね?」

「そう、その通りです、待ち人来ると書いてあります」

「なるほど興味深いです」


 ルイスの言葉に納得したのか、レシートを丁寧にしまい込む。

 それから彼女は硬貨を何枚か取り出し、投入口に入れる。


「まぁ、本当に『ガチャン』って言うんですのね」


 他人にまわるような濃度の高い笑顔。ルイスもつい微笑んでしまう。


 ガチャン、ガチャン、ガチャン……どう考えても必要以上の枚数を投入したのち、あたりをつけていたのか、迷わずにボタンを押す。がたんと音を立てて自動販売機の取り出し口に缶が落ちてくる。それからお釣りがカシャカシャカシャと出てくる。


「こちらが余りですのね?」


 ルイスが頷くと、彼女はまずそちらをがま口財布の中に入れてから、屈みこむ。取り出し口から「あちち……」と言いつつ缶を取り出し、


「では、どうぞ」


 買ったばかりのそれを、ルイスに差し出してくるのだ。


「……んっ?」

「どうぞ」二度言われる。

「夢、だったのでは?」

「えぇ、叶いました。缶コーヒーを買うという夢が。素敵な一日です」


(あぁー、買うのと飲むのとは別口なんだ……)


 深い人柄である。


「では頂きます……」


 夏場にホットの缶コーヒー、というのもなかなかに辛いが……

 そんなことを考えながら口をつけたそれは舌の上に砂糖のように甘い味を広げる。


 っていうか、おしるこの味がする。


「………………」


 ルイスは口を離して缶コーヒーのラベルを見る。『糖分モリモリおしるこマックス』と書いてあった。

 マックスってなんだよ、とルイスは頭を抱えたくなった。


「どうです? おいしいですか?」

「……甘いです」

「まぁ、有糖だったんですね。ブラックなジャケットで買ってしまいましたが」


 確かにラベルは黒い。黒地の上に力強い『おしるこ』と『マックス』という字があるが。


「あの……たとえばあの青いやつなんかには、惹かれなかったですか?」


 キリマンジェロの空のそれを指さして尋ねる。


「あれはブルーハワイか何かなのでは?」


 完全に色で判断していた。


 っていうかブルーハワイってかき氷以外にあるんだろうか……?

 あったとして、それを知ってる文化圏とは一体……?


 いくつかの意味で驚愕しながら、曖昧な笑顔でおしるこを啜るのだった。


 ……超甘かった。

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