光の王国……02
「……どうして、おれたちなんでしょうか?」
ドーム型都市の夏は過ごしやすい。冷房と実感できる物ではないが、ドーム全体の空調整備によって気温の上下が抑えられているからだ。これがなければ夏場などは蓋をしたフライパンのような状態になってしまう。気温の変化が乏しいドーム型都市の中で生活していると四季の移り変わりに鈍感になりがちだ。カレンダーをめくることではじめて四季を感じる……そんなあり様だった。
仙台ルイスがH.A.C.O.のP部に呼び出されて特命を受けているのはそんな曖昧な四季のうちの、夏の終わりのことだった。
「不満か? それとも不服かね?」
年齢不詳の中性的な上役が、ドームの半透明の天蓋を見上げつつ訊いてくる。
ふたりが居るのは室内でなく、同じ階に設けられたバルコニーだった。他人の耳に入れたくない……そういう上役の意図からだった。
「正直なところ、おれたちには過ぎた任務でないかと」
「ふむ」上役は天蓋を見上げたまま、「自分たちの能力に自信がない?」
「そういうわけじゃ、ないですが」
「では自信はあるわけだ、任務として与えられたら実行できると。結構なことだ」
鼻白む。しかし、
「そりゃ、できるかもしれないですけど。でももっと適役がいるかと」
「いいや、いない」
きっぱりと、上役は言う。
「このオダワラにおいて仙台ルイス。おまえの班以上の適役はいないよ」
「……。……そう言ってくれるのは光栄ですけど」
「謙遜の必要はない、ただの事実だ。それとも何か、おまえはどうしても『ルイス班』を推した者に恥をかかせたいのか?」
要するにこの上役自身のことだ。そういう言い方はずるいと思った。
(……断ることなんてできないじゃないか)
「そんな顔するな」
上役は苦笑して見せる。年齢不詳の顔がイタズラ好きなそれに変わる。
「『留学』から帰ってきて僅かひと月で『H.A.C.O.P上層部』や『六課』から睨まれるおまえたちのことだ、今回も楽しい後処理を作ってくれると期待してるよ」
「その件は本当に悪かったと思ってますけど……」
先日の『首輪外し』のことだ。あの事件の後処理をこなしてくれたのはこの上役だった。おかげで上層部や六課から睨まれこそすれど、何のお咎めも受けずに済んでいる。
それはキッカも同じことで、治療を終えて退院を済ませた今はすでに風紀委員としての活動に戻っている。ルイスたちはこの上役に何重かの借りを作ってしまっていた。
「なに気にするな。クローンである我々であるから、しょうがないのだがな――どうにも『監督生』になるような優秀な風紀委員というのは堅くていけない。なぁ仙台ルイス、一緒に仕事をする相手に求める物はなんだと思う?」
「……わかりません。難しすぎる問いかけです」
「簡単だ、楽しいかどうか、だよ」
堂々と言ってのける。
「いるんだよ、この手の設問に『仕事ができること』と答えてみせるヤツ。これはよくない、そんなものは出来て当然だろう? おまえはボールペンにインクが出ることを求めるか? 求めないだろう、そんなごく当たり前のことは。
仕事が出来ることを求めるということは、相手に何も求めていないということなんだ。それじゃまるで関心を抱けない歯車だろうに」
「………………」
「おまえはそうなってくれるなよ? 繰り返すが、今回も楽しい後処理を期待している。本心からな」
不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫は、きっとこんな顔で笑うんだろうな――と。
ルイスはそんなふうに思うのだった。
「……それでセンパイ? 任務ってなんなのさ」
ルイスの運転する電気自動車の中、助手席に座ったキッカが尋ねてくる。
ちなみに今日の服装はブラウスにタイトスカートと黙っていればそのへんのOLとして通用しそうな格好だ。後部座席のココロコ、ポチもそれぞれがそれなりに真っ当な格好をしている。普段を知っていると、人間で言うところの七五三みたいだ――という印象をルイスは抱いてしまったが。
彼女たちの服装に注文をつけたのは他でもない、ルイスだ。自身も紺の背広姿だった。
「『できるだけフォーマルな服に着替えといて』とか言われても、こんなカッコしかなかったけど、これでいいわけ?」
「オッケーオッケー。似合ってるよ、デキる女って感じで」
「ほんと!? ……………………そう? ま、まぁいいケド」
キッカはそう言って、なぜか窓の外に視線を投げる。
もう少し丁寧に褒めるべきだっただろうか? などと思いつつ、ルイスは与えられた任務をどう説明したものかと悩んだ。
「……ある人物の護衛任務だってさ」
「意味がわからないの」
後部座席からココロコが言う。ガスマスクを通さない人形のように整った顔が、ガスマスクを通さない透明な声で、
「栄えある仕事なの。クローンであるわたしたちがやる仕事じゃないの」
「おれもそう思ったよ」
苦笑いをこぼし、
「相手は国外からの賓客で、観光目的だってさ」
「…………納得したの」
ココロコは言うが、キッカはきょとん、とする。
「……ちょっと待って。国外からの賓客? この国って今、鎖国してるんだよな?」
当然の問いだろう。ルイスが口を開く前にココロコがその点の補足をする。
「鎖国とは言っても完全に外交を遮断しているわけではないの。地球が丸いことを証明する術を得た人類が真の意味で鎖国することはもはや不可能なの。だから鎖国とは『鎖国』という外交手段に過ぎないの。これが外交である以上は窓口や国家としての意思を述べる特使なんかが必要なの」
「……むずかしーけど……そういうもんなのか?」
「もんなの。もとより植民地の類を持たない島国が自給自足なんて不可能なのは自明の理なの。だから誰もその矛盾は突っ込まないの」
「む……」
「とはいえもちろん鎖国中なの。公の外交がほとんど閉じてる国に対し観光であれ視察であれ、賓客が訪れるっていうのは、やっぱりおかしいことになるの」
ココロコの言葉に、キッカは頷く。
「……それはなんとなくわかるぞ。まさしくどの辺が鎖国? ってなるもんな」
「なの。だからその場合は密入国っていう形になるしかないの。でも密入国した人間を護衛する為に警察の特殊部隊とかが動く、っていうのもおかしな話なの」
キッカは「あ」と閃いたように、
「それで人間サマじゃなく、クローンで構成されてるH.A.C.O.Pに白羽の矢が立つってわけか」
「わけなの。……でも、それがどうしてより下位の『風紀委員』に任されるのか、疑問は残るの」
言って、ココロコはバックミラー越しにルイスを見る。
「どうしてなの?」
「おれたちが優秀だから、ってのはどうだろう?」
「んなの、ありえないの」
容赦ない一蹴である。稚い顔が面白くなさそうに歪んでいた。
「イエス。優秀だったら上層部や六課に睨まれたりしないです、サー」
ボソリと、ポチもがそう言ってくる。ジト目だ。
『首輪外し』の時、他に手はなかったとは言え、ふたりを置いてサーカスじみたことをした。残された彼女たちの気持ちを考えるとなかなか複雑に違いなかった。こんな風に言われるのは甘んじて受けなければならない。
苦笑しか浮かべられないルイスのフォローに入ったのはキッカだった。
「そんな風に言うなって。ホントに怒られなくちゃいけないのはアタシじゃん? センパイじゃない」
「別に怒ったりしてるわけではないの。……というかキッカは先輩に妙に甘いの」
「え? そ、そんなことないだろ?」
「いいえ、菊花。『首輪外し』の一件以来、妙にマイルドです」
「わたし達が駆けつけるまでに何かがあったに違いないの」
「な……なんもないし!」
なぜだか顔を赤くしてそっぽを向くキッカ。
しかし実際、特別な事は何もなかった。ただ言葉を交わしただけだ。
ああも赤くなる理由……諸々済んだら訊いてみようか。ルイスはそんなことを考える。
そんなことを話していると、ふとポチの表情が変わる。何かに気づいたように、
「……睨まれてる風紀委員が動けば、結果、護衛を増やすことに繋がるの」
ココロコ、キッカが順に「なるほどなの」「あっ」と声をあげる。
つまりはそういうことだった。
上層部や六課から睨まれているであろう自分たちを護衛に充てる。すると間接的に自分たちの動向を伺う者たちの目も護衛対象に向かうことになる。下手にH.A.C.O.Pの護衛をつけるよりも盤石な体勢だ。
仕事ができるのは当たり前。そう言う上役の顔を思い浮かべ、ルイスは苦笑する。
「多分それが正解だよ、ココロコ」
「センパイがブルーなのはそういうワケか。板挟みじゃ、しょーがないな、うん」
助手席のキッカが、納得したように言う。
「……ブルーに見える?」
「見える見える、いつもより紅白が足りないね」
「服装の問題じゃねーかなぁ……」
国外からの賓客相手にあの服装はちょっと。
「もしくはピーマンを食べたか」
「ひとの好き嫌いを把握しないでもらいたいです……」
確かに食べたらブルーになるのだが。
「意外と子供っぽいの……」
「ちょっと幻滅です、サー」
「なっ……ニンジンは食えるぞ?」
「ここで出てくるのがニンジンってところがおかしいの……」
「かなり幻滅です、サー」
ココロコ、ポチから立て続けに言われてますますブルーに。
キッカは小さく笑い、
「軽いジョーダンだよ。……でもブルーに見えるのはホント、なんだか疲れてるみたいだ。大丈夫か?」
ルイスはため息を吐く。
「……うん、それも当たり。ブルーなのは、ちょっと違う理由だけど」
「鎖国中の日本に賓客が観光に来る。組織の板挟みに合いながらそれを護衛する。これよりもブルーになる理由があるわけ?」
「ドギツいのがね」
三対の視線が集まる。
「賓客が大物過ぎる。……『ローマの休日』って映画、見たことある?」
沈黙を挟んで、
「おれ達が護衛するのは、とある王国の、王位継承権第三位の、王女様だってさ」
車内の空気が淀んだ。




