90 霧島、ご飯に行く。
街に桜の花が咲き誇る頃、あきらとひとみは無事三回生になることができた。
大講義室でひとみとともに受けていた授業が終わり、次は空きコマなので、大学構内をぶらつく。
「去年の今頃、ちょうどこの辺で人生が変わったんだよなぁ。」
「ん?なんかあったの?」
「うん、お世話になってる人に出会えたんだよ。」
「そうなんだね。」
「その人に会うことができなかったら多分ひとみとも会えてないかも。」
「そりゃ大変!」
「でしょ?」
そんな話をしていたら、ロレックスをくれた中村さんに会いたくなった。
電話をするとすぐにつながった。
『もしもし。中村です。』
『もしもし霧島です。ご無沙汰しております。』
『おぉー!霧島くん!どうだね?最近は!』
『ボチボチっていうところですかね。』
『そうかそうか!今日はどうしたんだい?』
『もしよかったら、ご飯でもご一緒にどうかと思いまして。』
『若い子に誘ってもらえるっていうのは、ありがたいなぁ。
いいよ、いつ行こうか!』
『急なんですけど今日の夜とかどうでしょう?』
『おぉ!いいねぇ!君はフットワークの軽さが持ち味だからね。
じゃあ店は僕に任せてもらってもいいかな?』
『ありがとうございます。でしたらお願いしてもよろしいですか?』
『よし、わかった!
そういえば霧島くんは引っ越したんだっけか?』
『はい、本町駅のところのマンションに。』
『おぉー、あそこか!
じゃああそこの表エントランスの車止めまで迎えに行くから。夜7時で大丈夫かな?』
『はいわかりました。夜7時にエントランスの車止めで。』
『はい、よろしくね!』
『はい、失礼いたします。』
『はーい、バイバイー』
「今日夜、中村さんっていうお世話になってるおじいちゃんと飯行くことになった。」
「あぁ、そう。了解。
じゃ私実家でご飯食べてこよー。」
「幸長さんとあやめさんとフイユモルトによろしくね。」
「りょ。」
その日受ける講義がすべて終わり、二人とも一旦家へと帰る。
家に帰ると、ひとみはゆるっとしたカットソーとワイドパンツに着替え、エルメスの大判ストールを羽織ってサングラスをかけ、車の鍵と財布、スマホだけ持って完全にオフモードで家を出た。
「じゃ、行ってきまーす!」
「はーい、行ってらっしゃい。」
あきらは中村さんと会うのにふさわしい格好に着替える。
濃紺のチノパンにライトグレーのコットンジャケットを羽織り、靴はジョンロブのタッセルローファーKEYNEのブラウンシューズ。
持ち物はフェンディのクラッチバッグにエルメスのベアンの財布とキーケース。スマホも入れておく。ロレックスももちろんつけている。
そうこうしていると、もうすぐ6時45分だ。
タワーマンションの最上階はエントランスに降りるのに時間がかかるということをこの二ヶ月弱で思い知った。
しかし、セキュリティ面においてはこの上なく満足しているし、大体のことはコンシェルジュか不動産会社の担当社員さんが解決してくれるのであまり不便は感じていない。
準備が完了したので、エントランスまで降り、中村さんを待つ。
すると中村さんの真っ白な、電車かと思うほどの長さのロールスロイスのリムジンがやってきた。
「霧島くん、お待たせ!さぁ!乗って乗って!」
後部座席の窓が開き、中村さんがあきらに声をかける。
「ありがとうございます、中村さん!
失礼します。」
ドアを開けて後部座席に座りドアを閉めてもらう。ロールスロイスファントムは運転手さんがスイッチで閉めることができるのだ。
ドアか閉まる音まで高級な気がする。
「久しぶりだね、霧島くん。
この前はカナダのお土産ありがとう。」
「いえいえ、だいぶ懐にも余裕ができてきたんで、中村さんにもお土産をと思って。」
「あのメープルシロップは本当に美味しかった。
あまりに美味しかったからまた取り寄せたよ。」
「気に入っていただけて良かったです。」
「あとちょっと遅くなったけどお年玉。
引っ越し祝いも兼ねて。」
「え、いいのに!
そんなそんな。」
「まぁ受け取っておきなさい。
奥さんもできたんでしょう?」
「いやぁ、まだ結婚はしてないですから…」
そう言いながらも豪華な包みに入った祝いをクラッチにしまうあきら。
「しかも結城の親分とこの一人娘さんでしょ?」
「え、なんでそれを!?」
「関西で商売する人間が結城の親分のこと知らないわけがないでしょ。」
「たしかに。」
「結城の親分とこいったら殺されちゃうんじゃないの?」
中村さんは笑いながら言う。
「いやぁ、ファーストコンタクトは殺されるかと思いましたけどね。」
「結城の親分は怖いもんな。」
そうこうしているうちに店に着いた。
「今日のご飯はここだよ!」
着いた店は法善寺横丁にある本湖◯。
2019年初お食事会ということで、大阪一の和食店を用意してくださったみたいだ。
「こ、ここここ、ここは…」
「年初めや年度始めに大事な人と会うときは僕は絶対ここなんだ。
さ、入って入って!」
「恐れながら失礼します。」
中村さんは勝手知ったる顔で大将に挨拶し、3階の個室に入る。
しばらくすると料理が運ばれてきた。
静謐な空間で出てくる料理はもう言葉では語り尽くせぬ感動を味わった。
器は魯山人の器で、食べる側にも品格が求められるとはまさにこのことだと実感した。
料理がひと段落ついて会話に戻る。
「そういえばなんで幸長さんは結城の親分なんですか?」
「あの人のお家はもともと土地持ちの家でね。
昔から山林王とか言われてたんだよ。
で、あの人のお祖父さんやお父さんが戦前に関西の発展のためにって、自分が持っていた関西の土地をたくさん売却したの。それも安くね。
今の親分も、若手の起業家に有形無形の援助をしてあげててね、三代とも関西経済界の父とも呼ばれてる人なんだよ。
僕も若い頃援助してもらったうちの一人だ。
今でも誰も頭上がんないよ。
それで昔から関西で商売してる人とかからは慕われてて、親分親分って言われてるんだよ。」
「なるほど。」
「だから、次はあきらくんが親分になるのかな?」
「やめてくださいよ。ただでさえ実家も大変なのに。」
「実家もなんか商売やってるの?」
「うちも色々と手広くやるみたいです。」
「そうなんだねぇ。じゃあ卒業したら忙しくなるよ。きっと。」
「やっぱりそうなんですかねぇ。」
「いや。そうでもないよ。」
「どっちなんですか。」
「まぁなるようになるさ!」
「そうだといいんですけど…。」
「そういえばマカオの方はどうなのさ。」
「順調ですよ。今はスカイプで会議とかできて便利ですよ。おかげさまで前年度下期は過去最高益を更新できました。」
「そりゃあいい。順調なようで良かったよ。」
あきらは中村さんにいろんなことを聞いたし、報告した。
中村さんもそのあきらの話の全てを楽しそうに聞いてくれていた。
話は尽きないが、お店の閉店時間になってしまったのでお食事会は御開きとなる。
「もうこんな時間か。
霧島くん、今日は誘ってくれてありがとう。」
「こちらこそ急なお誘いにもかかわらず来てくださってありがとうございました。」
「爺さんだから時間は有り余っているのさ。
ぜひまた誘ってくれ。」
「はい、またお誘いさせていただきます。」
中村さんは満足そうな顔でうなずいていた。
そのあとは中村さんのロールスロイスで家まで送ってもらい、解散となった。
エントランスからら中に入り、エレベーターを待つ。
数分待つとエレベーターが来て乗り込む。
夜遅いということもあり、たまたま他に乗る人もいなかった。
そういえば迎えに来てくれた時に渡してくれたお祝いのことを思い出した。
「何くれたんだろ?」
最初頂いた時に感じたが、厚みがすごい。
普通にもらうような祝いで感じたことがない厚みだ。
水引をずらして、上下に折ってある封筒の片方だけを開いて中を見てみると1cmほどの厚みの現金が。
「すごい…。」
何かお返しを考えねば。
と思うあきらであった。




