87 霧島、泊まる。
結局あの後は一泊することになった。
風呂から上がると、自宅のバーに幸長さんから招待され2人で飲み明かした。
幸長さんは飲むと饒舌になる。
そこでは幸長さんはひとみの命があやめさんに宿った時の話から始め、生まれる前の話、陣痛の時の話、どんな出産だったかの話、幼稚園のときの話、小学校の話前編中編後編、中学の話前編後編、高校の話前編後編を話した。
途中スライドショーや動画をもはさみ、一人分の人生を追体験したような気になった。
お陰でひとみのことにだいぶ詳しくなった。
ちなみにそれらの話が一つ終わるごとにテストがあった (筆記)。
動画の中にはひとみを盗撮したものもあり、ママにバレたら殺されるからテスト受けたことは言うなと言われたが、全科目満点だったので彼氏として認められた。全科目満点の副賞として写真集をもらった。
満点を取らせる気は無かったと幸長さんも言っており俺も彼氏として鼻が高いが誰にも自慢できないのが心苦しい。
ちなみに、ひとみは分娩室に入って4時間29分37秒で産声をあげ、出生時は3421グラムだったらしい。
ひとみの名前の由来も教えてくれた。
「ひとみの名前にはな、いろんな意味がある。
真実を見通す目や、まっすぐな心。
でも、なんで名付けたかっていうとそういうことじゃねぇんだ。
俺は初めてひとみを見たときにひとみって名前をつけようと思ったんだ。」
「なんでですか?」
「ひとみの目だよ。
分娩室で初めてひとみの目を見たときに、とても綺麗な目をしてたんだよ。
不思議だろ?生まれたばかりの赤ん坊の目なんてほとんど開いてないのにだよ。」
「今もひとみさんの目は綺麗に澄んでますもんね。」
「そうなんだよ。
そんで、あやめも落ち着いた頃に名前の話になってな。
そしたらあやめはもう名前を決めてるって言うんだ。俺はなんとなくわかったね。
だから俺も決めてるからせーので言おうってなったんだ。
俺たちは2人とも同じ名前を言った。
それがひとみだ。
なんで泣いてんだよ。」
「だってぇ!!!!
そんな話するからぁ!!!!
いい話じゃないですかぁ!!!!」
「馬鹿野郎、てめえが泣いたら!!!」
幸長さんもいろんなことを思い出したのだろう、幸長さんも号泣していた。
「朝だよ、あきらくん。」
「んぁぁ…」
「ほら起きて!朝ごはんできてるよ!」
「あぁ?え?
なんで!?えっ?」
「いや、ここ私の実家。」
「あぁ、そうか。」
「ほら朝ごはん行くよ!」
「ふぁい。」
ひとみに急かされ朝食をとりに向かう。
「お父さんもお母さんもあきらくんのこと褒めてたよ。」
「え?なんで?」
「今時あんな腹の座った男はいないって。」
「あぁ…。」
昨日の幸長さんとのやりとりを思い出して顔が赤面した。
「お父さんが男の人褒めるのなんてすごいことだよ。
私が生まれてから初めて見た。」
「なるほど…。」
なんとなく納得した。
「はい、ここが朝食食べるところ。」
「ここなんだね。」
朝食会場は昨日晩御飯を食べたところとは違い、狭い (といつまでも想像するリビングよりはだいぶ広い)部屋だった。
「私が帰ってきている時は大体ここで食べるんだよ。」
「そうなんだね。」
朝食は和朝食だった。
朝食を食べながら、自分の前であきらくんを逃しちゃダメよなんて言われると余計に気恥ずかしくて赤面してしまう。
今は大学は春休み中ということもあり、せっかくひとみもきたので、ひとみの実家にもう少し滞在することにした。
今日はあやめさんとひとみはエステティシャンを家に呼んで、自宅のエステルームで女子会をするということだったので、俺は幸長さんと家の庭で馬術をしてみたり、ゴルフコースを回ったりすることにした。
馬術は初めての経験ではあったがとても面白かった。
栗毛の馬で、とても綺麗な色をしている。
厩務員さんについて、横から近づき、撫でてあげてくださいと言われたので手を伸ばすと馬の方からすり寄ってきてドウドウと鼻息が荒い。
厩務員さんが驚いたような表情をしたがよく分からない。
服も道具も全て貸してくれたし、厩務員さんが手取り足取り教えてくれた。
最初こそ馬に乗るという行為に恐怖を感じたし、乗ったあとも慣れない視線の高さに四苦八苦した。
しかし、おそらく気を回してくれたのだろう、馬が賢かったのか、すぐに慣れた。
前進後進もすんなりとマスター。
速度にビビりはしたがなんとか駈歩もできた。
馬に乗るというよりかは歩く馬に乗せてもらうという形だとは思うが。
馬を降りると馬がじゃれてきた。
かわいい。
「貴重な体験をありがとうございます。」
「お前すごいな。」
「え、何がですか?」
「あの馬は結城家の馬の中で1番気性が荒い。
しかし足は早い。それこそサラブレッド並だ。」
「そんな気はしなかったですけどね。」
「気に入られてるんだな。
馬が気にいるやつはいい奴だ。」
「嬉しいです。」
「出してみるか?」
「え?」
「G1だよ。」
「競馬の?」
「出れば絶対に勝つ。それだけの力はある馬だ。
だが気性が荒すぎて乗る騎手がいないんだよ。」
「そんなことが…。」
「だがお前がいれば変わるかも知れん。」
「そうですかね?」
「まぁお前も気に入られているようだからたまには顔を出してやれ。」
「はい。」
初乗馬で、そんな気性が荒い馬に乗せるのはどうかとも思ったが言わないでおく。
「競馬かぁ。」
ゴルフコースは全18ホールからならが、ひとみの実家にはそれが4コースある。
とんでもない庭だ。
なかなかにいいゴルフをした自信はあるが、幸長さんにはあと一歩届かなかった。
「勝てなかった…。」
「俺のホームコースで俺に勝てるかよ。
だがまぁ、冷や汗をかかされたホールはあった。」
「ありがとうございます…」
ゴルフコースの中にメーカーの人間を呼んでフィッティングをするサロンもあった。
今回はわざわざメーカーの人を呼んでくれていたらしい。
PXGというアメリカの高級メーカーの人でアメリカ本国の技術スタッフも何人か連れてきてくれていた。
前回神戸のゴルフ大会で優勝したことのお祝いに、特注で作ってくれることになった。
試しということで、試打用のゴルフセットで18ホール回らせてくれたが、とてもうちやすく、よく飛ぶ。
デザインもカッコよく、一目惚れした。
完成が楽しみで楽しみで仕方がない。
そのあとはまた露天風呂に入り、湯船に燗酒を浮かべ、贅沢を堪能した。
そのあとはホームバーでひとみの話を聞いた (二回目)。
滞在中ずっと聞かされるのかと思うと少しヤバイ。
何がやばいとかではないがとにかくヤバイ。
なので三度目があれば、はこちらから積極的に話を振ることにする。
そのあたりから記憶がないが、ひとみの話を聞くと、ちゃんと自力で部屋まで帰ってきたらしい。
ちなみにひとみとあきらが泊まっているのはひとみの部屋だ。
部屋と言いつつも4LDKくらいある。
私の部屋だよ。と案内され、ドアを開けるとリビングがあり、そこからまた4部屋くらいに分かれていた。
もはやよく分からなかった。




