86 霧島、対決する。
長くなりましたが、ぜひお読みいただければ幸いでございます。
私は霧島あきら。
今人生最大に緊張している。
今人生で出会ったことのないほどのプレッシャーにさらされている。
なぜなら覇王色のオーラを纏ったダンディなおじさまが私の前に座しているからだ。
それではなぜかのような状況になったのか、振り返ってみよう。
〜〜〜〜〜〜〜
「あきらくん、今度の日曜日空いてる?」
「うん、大丈夫。なんで?」
「お父さんが会いたいって。」
「あ……。そう……。
あ、その日具合悪くなる予定ある。」
「気にしすぎだって!」
「だって殺されるんでしょ?
知ってるよ、こう言う時って殺されるって。」
「でももうお父さんに大丈夫って言っちゃった。」
「え?」
「今電話してたの。
え?うん、ちょっと代わるね。」
ひとみから差し出された電話を受け取ることしかできない俺。
「え??え???」
『霧島ぁ。随分と俺のことを買ってくれてるみてえじゃねぇか。
えぇ?おい。
なんだっけ、人殺し?だっけ?
楽しみにしてやるよ、霧島ぁ。
いいか?待ってるからな?』
プチッ。ツーツーツー。
「あきらくんどうしたの?
顔真っ青だよ?具合悪い?」
「い、いや、ダイジョウブ。」
「変なの。」
それから俺は毎日眠れなかったってわけだ。
そしてやってきた当日。
この前反対車線に飛び込めば楽になるかななんて思いながら、車を運転してやってきた芦屋の六麓荘。
ひとみから教えてもらった住所は六麓荘の中でもさらに奥まった位置に家があると書いてある。
ずっと進んでいくと、検問所らしきものがある。
宅配の車でさえ、車体の下など厳重な検査を受けている。
運転手は車から降ろされ、身分証明書の確認をさせられている。
「紛争地帯かよ…。」
そしてあきらの車が近づくと、警備員らしき人がやってきて運転手側のドアをノックする。
「霧島様でお間違いございませんか?」
「はい…そうですけど…。」
「結城様からお言付けをいただいておりますので、このままご案内いたします。
先導車に続いてお進みください。」
「え、あの?え?」
検問所の有刺鉄線を伴った大きな柵が、警報を鳴らしながら開く。
どこからともなくカーキ色のランドクルーザーが現れ、先導する。
「いよいよヤバイ。」
10分か15分ほど進んだだろうか、立派な家々が続く先に、他の家を圧倒するような大きさのもはや城とも呼べる大邸宅が現れた。
先導車が止まる。
「我々がご案内できるのはここまでです。
そのままお進みになられますと、結城様の御自宅の門に入りますので、そこからは結城家の方のご案内に従ってください。」
「わ、わかりました。」
またそのまま車を進めると、歴史書に出てくるような立派な門の前に出た。
そこにはすでに従者らしき方々が待っていた。
そう、従者らしき方ではなく、方々なのだ。
「「「霧島様、ようこそ結城家へ!!!」」」
「霧島様、私は侍従長を務めております。名は一と申します。
大旦那様の元へご案内申し上げます。」
「は、はい。」
霧島は驚く間も無く、待機していたリムジンに乗せられ、そこからまた10分ほど揺られる。
「ち、沈黙が痛い。」
「到着いたしました霧島様。」
「こちらへどうぞ。」
近くで見るとまさしく城そのものの建物の中に案内される。
来客用の下足箱で靴を脱ぐと、気配すら読めなかった使用人が現れ、一瞬で靴を保管した。
あきらが唖然としていると
「「「霧島様、ご登城!!!!」」」
玄関らしきスペースに待機していた使用人らしき人々から声が上がる。
ビクッとしてしまった。
赤い毛氈が引かれた廊下を進む一とあきら。
そこでも沈黙。
静かすぎて耳がキーンとする。
「こちらの中で大旦那様がお待ちでございます。」
「はい…。」
「大旦那様!霧島様をお連れいたしました。」
かすかに入れと言う声が聞こえた気がする。
一が襖を開けてくれた。
中に入ると、かなり遠くに座っている人が見える。目算で200メートルほど離れているだろうか。
後ろで襖が閉まる音がする。
一はついてきてくれないようだ。
余計に心細い…。
「近くまで来い。」
「はい!!!!」
駆け足で近くに寄る。
200メートルが遠い…。
近くによってわかったが、近づくにつれ存在感が増す。
オーラが可視化されているようにさえ感じる。
床から一段高くなっている座敷に、ひとみの父らしき人が座っている。
「座れ。」
「はい!!!」
もうガチガチである。
父らしき人の目の前に座って5分ほどがすぎた。
ずっとこっちを睨みつけるように眺めている。
そこで冒頭に戻るのだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「テメェが霧島か。」
向こうから口を開いてくれた。
「はい、ひとみさんとお付きあああをさせていただいております、霧島あきらと申します。」
緊張しすぎて噛みまくった。
しかも変なところで噛んだ。
お付きああああって何だ。
死にたい。帰りたい。冷や汗吹き出してきた。
「なんだっけ、殺されるんだっけ?
ええ?おい。」
もう殺してくれ。いっそひと思いに。
「いえ、それは、なんというますか言葉の綾というか。」
「散々な言われようだったよなぁ。ええ?」
「大変失礼いたしました。」
「彼女の親捕まえて人殺しだなんだってヨォ。
どう落とし前つけてくれんだ。」
「い、如何様にもさせていただきます。」
「じゃあひとみと別れろ。」
「かしこま…、え?」
「そんな軟弱な野郎にひとみは任せられん。
今すぐ別れろ。
今すぐ別れるならなんでも好きなものくれてやる。」
「今、なんと?」
「別れろ。」
そんなことを言われて黙っていられるあきらではない。
腹をくくった。
そんな生易しい気持ちで付き合っているわけではないのだ。
時計を頂いてからの激動の毎日を何一つ文句言わずに付き合ってくれ、今はマカオでのカジノ経営にも付き合ってくれている。
そんな女性は世の中にはいないと考えている。
「私といたしましては、飲める限りの条件は全て飲むつもりで参りましたが、その条件だけはお飲みすることができません。
これ以上耳にするのも断りしたいことをおっしゃるのでしたら帰らせていただきます。」
「何ィこのクソガキ。」
傍に置いてあった日本刀に手が伸びた。
「どうぞその日本刀で私を真っ二つになさいませ。
あなたほどの権力者でいらっしゃるなら私一人がハナから生まれていなかったことにすることなど簡単でございましょう。
どうぞ首をお撥ね下さい。」
「付け上がりやがってこのクソガキぃ!!!」
「どうなさいました大旦那様。
さぁ!!早く!!」
「パパ?」
横から若い女性が現れた。
「ママ!?!?!?!?」
目の前の覇王色をまとった魔王
からは似ても似つかない声が出た。
「パパ?」
「いや、違うんだよママ。ちょっとした余興だよ。」
「その手に持っている抜き身の日本刀は何かしら?」
「いや、ちがうんだ、これは。
その、ちがうんだよ。いや、ね?
模造刀だから。」
そう言ってパパは手に持った剥き身の模造刀を放り投げた。
すると剥き身の模造刀は、ドスッという音とともに、刀身の半ばあたりまで畳に突き刺さった。
(ちがう。絶対にこれは模造刀じゃない。)
あきらは内心で確信した。
「大旦那様。早くその模造刀で私を真っ二つにすれば良いではないですか。
それとも天下の結城の大旦那様は吐いた唾を飲み込むつもりでございますか?」
霧島はひとみと別れろと言った名も知らぬひとみの父をまだ許してはいなかった。
すると明らかにひとみの父の顔色が変わった。
明らかに青ざめていたし、冷や汗の量も尋常ではなかった。
きていた羽織袴の色は汗で滲み、本人がかいた汗で畳の上に小さな水たまりができ始めた。
「…パパ?」
一気にママのオーラが膨れ上がった。
さっきまでのパパのオーラが児戯に等しく見えるほどのオーラと存在感と殺気だ。
そばにいるあきらでさえこの殺気に気を失いそうなのに、それを直接ぶつけられているパパの気持ちはいかほどか。
それに気を失わず、あまつさえその前に立ち続けているその心意気には感服させられる。
さすがは天下の結城の大旦那なだけある。
「いいのね?パパ。」
「いや、それだけは…!!
それだけはどうか…!!」
大旦那がママに許しを乞い始めた。
「今から私は霧島くんとサシでお話をします。
あとはわかりますね?」
「はい…かしこまりました。」
「一。パパを。」
「はっ!」
一が天井から降りてきて、パパの首筋に手刀を打ち気絶させ、どこかに運んでいった。
「ごめんね、霧島くん。
パパも悪いひとじゃないんだけどね。」
「…いえ。」
状況が全く読めていなかったがかろうじて返事だけは返せた。
「じゃあご飯にしましょう。」
気付くとすでにその場にお膳が用意されており、昼食と相成った。
「ではまず自己紹介を。
ひとみの母のあやめと申します。
先程のは父の二代目日与右衛門。本名は幸長よ。幸長さんって気軽に呼んでいいからね。」
「あやめさんと幸長さんですか…。はい。
私はひとみさんとお付き合いさせていただいております、霧島あきらと申します。
よろしくお願い申し上げます。」
「ちなみにパパのこと幸長って呼べる人は世界に4人しかいないから。」
「4人!?!?!?」
「お義父さんと、お義母さんと、ひとみ。」
「あと1人は…?」
「あなたよ。」
「や、やったぁ…。」
「さっきの啖呵は良かったわよ。とても痺れたわ。」
「いや、腹をくくってしまったのでもう…。」
「これなら安心してひとみを任せられるわね。」
「え?それって…。」
「うちのひとみの処遇はあなたにお任せします。
どうか、うちのひとみをよろしくお願い申し上げます。」
あやめは御膳の横に膝をついて頭を下げた。
「や、やめてくださいあやめさん!
畏れ多いことです!!!」
霧島は必死にあやめを起こそうとするが、体幹の鍛え方が違う。
ビクともしない。
「いいえ、私達夫婦はそれほどの責任と信頼を持ってあなたにお預けいたします。
煮るなり焼くなり、どうぞお好きにして下さいませ。」
「あやめさん…。」
あきらも、御膳の横に膝をついて頭を下げた。
「この霧島あきら、責任を全うし信頼に応えるべく、精進して参ります。
そのお申し出、お受けさせていただきます。」
その返事に満足したのか、あやめは体を起こした。
「期待していますよ、あきらくん。」
あやめはにっこりと笑ってあきらのことを初めて名前で呼んだ。
「それではご飯にいたしましょう。」
2人はご飯を食べながら最近の様々なことを話した。
ロレックスのことは話していないが、ほとんどの話を全て洗いざらいお話しした。
あやめはその全てを楽しそうに聞き、時には手に汗握り、時には涙ぐみもしたが、満足そうに聴いてくれた。
するとおもむろに近くの襖が開いた。
「あきらぁ!!!
風呂行くぞ!!!!」
「はい!!!」
「一は手加減をしたようね…。
2日は覚めない力加減でお願いしたのだけど。」
物騒な声が聞こえたがスルー。
世の中には知らない方が良いこともあるのだ。
あきらは幸長について歩く。
その間はもちろん無言。
突然角を曲がると大きな脱衣所に出た。
銭湯と同じ、脱衣籠に服を入れるスタイルだ。
そこで幸長はおもむろに羽織袴を脱ぐ。
まだ着替えてないのか、汗を多量に含んだ肌着はもちろんのこと羽織袴さえ含んだ汗でまだら模様になってしまっていた。
それが床に落ち、べちゃっと音を立てる。
あきらもジャケット、シャツ、ネクタイなどを外し、脱衣籠に入れる。
幸長は手に何も持たずに風呂場に入るので、あきらもそれに倣ってついて行く。
風呂場に入ると露天風呂だった。
芦屋の高台というかほぼ山の上にあるため、瀬戸内海が一望できる。
その景色が一望できるところに掛け湯をしてから、先に入った幸長の隣に入る。
また無言。
「あきら。娘をよろしく頼む。」
「はい。幸長さん。」
「ママ怖かったなぁ。」
「はい。幸長さん。」
あきらは同じ返答しかできていないが、そこに込められた気持ちは両方とも感じ取ってくれたらしい。
そこからまた無言が続くが、最初ほどの息苦しい無言の空間はなかった。
芦屋の奥にそんな場所はありません。
この物語の中だけのお話ですので、ご了承下さいませ。




