53 霧島旅行編3
翌日、オテルドゥパリの部屋のテラスでアフタヌーンティーをいただきながら、霧島はため息とともに、その日の出来事を思い返していた。
ルームサービスで朝食をとった霧島は、することもなく暇なのでカジノに向かった。
昨日買ったキーケースに鍵をつけようとしたが、i8の鍵が大きすぎて付けられなかったため少し不機嫌である。
ちなみにキーケースのデザインの名前はベアンというらしい。
エルメスにおいてはよく見るデザインだが、それは財布だけを指すものと思っていた霧島にとっては目から鱗だった。
カジノに入ると、黒服が駆け寄りVIPフロアでの案内を開始しようとしたが、霧島はそれを制し、単なる時間潰しなのでここでいいと伝えた。
しかし、その黒服にはそれが言葉どおりに伝わらなかったらしく、これは大ボスによる抜き打ち検査だと受け取ったらしい。
検査だと言われると、頑張らなくて良いことまで頑張ってしまうのは人間の性である。
そうして一般フロアにいたにもかかわらずVIP並みの待遇を受けてしまった霧島。
一般フロアの霧島だけがその扱いというのも、逆に霧島の不興を買う恐れがあると考えたカジノスタッフは、他の一般客の扱いもVIP同様に接した。
VIPフロアでの接客はさらにその上をいく。
霧島は、なんか気を遣わせてしまったな、と逆に恐縮する有様。
今日はロレックスを休ませる日と思って霧島も勝負しているため、勝ち分も大きくない。
なんだか落ち着かないなと心の中で苦笑いしたが、霧島のスマートフォンにエマからの連絡が入った。
なんでも1時間後に迎えにいくから準備をしておいてくれとのこと。
急すぎるだろ。
霧島はすぐに手持ちのチップをディーラーに渡し、みんなで上手いことやってくれと一言。
周りは沸いたが、霧島は急いで部屋に戻る。
飛行機に乗る時の緩い服装に着替え、財布に500ユーロ紙幣を15枚ほど突っ込む。
15枚で約100万円とは恐れ入る…
と思いつつ準備を進める。
するとエマがくるまで約15分を残したあたりで準備が完了したので、部屋に備え付けのネスプレッソマシンでコーヒーを淹れる。
コーヒーを飲み始めたところでエマが部屋にやってきて、霧島はコーヒーを淹れてやる。
「今からのタイムスケジュールをお伝えします。
まずこれから車に乗って香港国際空港に向かい、飛行機に乗ります。
ニースのコートダジュール国際空港まで直行なので10時間ちょっとくらいです。
空港に着くとそのままヘリに乗ってモナコまで直行します。
所要時間は10分ほどです。
モナコのヘリ着き場に到着しますと、車が待機しておりますので、車に乗ってそのままオテルドゥパリに向かいます。
オテルドゥパリに到着すると、ドアマンが荷物を持ってくれますので、そのままフロントに直行して名前を言うだけです。
それでは向かいましょう。」
エマが霧島のスーツケースを持つと霧島を先導し始めた。
「スーツケースくらい自分で持つよ。」
「私はボスの秘書です。
仕事を取らないでください。」
エマはそういうと意地悪に笑った。
ベネチアンマカオの車止めで待っていると、黒塗りの高級車がやってきた。
「これで行きます。」
「ま、マイバッハS650」
マイバッハとは走るホテルとも言われる高級車である。
マッサージ機がシートについていたり、とにかく至れり尽くせりの高級車。
ロールスロイスと並ぶレベル。
1時間ほどすると、香港国際空港の自家用機専用ターミナルまでにやってきた。
ターミナルに着くと、霧島はそのまま真っ直ぐ歩くだけで車に乗せられ、飛行機に乗せられた。
荷物はすでに中に積んでありますので。
モナコでの武勇伝を聞かせていただけるのを楽しみにしてお留守番しておきますね。
エマはそういうと手を振って霧島と別れた。
霧島は飛行機の中に入ると、その内装の豪華さに度肝を抜かれたが、サンズグループの上客を乗せるためだけの飛行機だから、という理由で納得した。
中に入ると、専属のCAに出迎えられ、自己紹介された。
「本日霧島様の空の旅をお手伝いさせていただきます、リーと申します。
何かが不明な点などございましたらなんでもお申し付けください。
お暇な時は、暇つぶしにも付き合いますよ」
CAのリーさんは無邪気な笑顔で霧島にそう伝えた。
「ありがとうございます。
こちらこそよろしくお願いしますね。」
そう言って霧島はリーに内装の説明を受ける。
基本的にホテルでできることはここでもできる。と説明され霧島は納得した。
リーと暇つぶしに世間話をしたり、食事をしたり、風呂にはいったり、昼寝をしたりしているうちにコートダジュール国際空港に到着しヘリに乗り換えた。
エマの言う通り、10分ほどでモナコに到着すると、マカオで乗ったメルセデスと同型のマイバッハが止まっていた。
運転手から挨拶をされ、助手席に乗り込むとすぐに出発し、オテルドゥパリへ。
オテルドゥパリに到着するとドアマンが運転手から荷物を受け取り、フロントに案内する。
フロントでは、こちらが霧島様のモナコでの足になります車の鍵でございます、と封筒に入れて車の鍵が渡された。
乗りたいときは鍵をドアマンに渡せば、ドアマンが車を回してくれるらしい。
そのままベルボーイに荷物が受け継がれ部屋に案内される霧島。
部屋ではベルボーイがダイヤモンドスイートのお部屋です。
と案内を開始する。
霧島はもはや理解が追いつかないままベルボーイにチップを渡す。
思考が働いていなかったため500ユーロ紙幣を渡したが、霧島はもはやどうでも良くなっていた。
ベルボーイの案内が終わり、部屋に一人取り残された霧島はクローゼットを見る。
約束通り、オーダーメイドのタキシードとシャツ、ネクタイ、靴が全て揃っていた。
霧島はエマに連絡する。
「エマ?全部が全部豪華すぎない?」
「私はしかるべき対応をしただけですので。
私としても自分のボスが舐められるというのは耐えられませんので。」
エマはいたずらに笑ったような口調だったが、これもエマの厚意によるものだと思い、感謝しておいた。
電話を切った霧島の部屋のドアをノックする音が響いた。
ドアを開けるとホテルのスタッフがアフタヌーンティーの準備が整いましたのでと、ケーキや紅茶が乗ったワゴンを押してスタンバイしていた。
霧島はお願いしますというと、テラスにアフタヌーンティーの準備がなされ、どうぞごゆっくりと、スタッフは去っていった。
そして冒頭のシーンに戻る。
「今日一日強行スケジュールすぎるだろ……」
霧島はとりあえずゆっくりした。
アフタヌーンティーを終えると、車を見てみようと思い外に出た。
外のドアマンに、鍵らしくないフェラーリの鍵を渡すとすぐに車を持ってきてくれた。
「488ピスタ…」
霧島は運転席をドアマンと代わり、戦々恐々という感じで運転する。
日本まだ未発売だった気がする…。
しかもフェラーリ初めて運転するんだけど…。
霧島はそんなことを思いながらモナコの街を疾走する。
モナコでは、ベントレーやベンツなどは全く珍しくない。
しかし、このフェラーリピスタに限っては、物珍しさも相まって、多くの衆目を集めていた。
モナコっ子のよく肥えた目をしても唸らせるほどの名車であったこの車は、どこかに止まるたびに声をかけられた。
霧島としては自分の秘書の頑張りを褒められたようで嬉しくはあったが多少気恥ずかしさが勝つ。
ドライブをしながら、カジノモンテカルロの位置や駐車場を確認しておくあたり、霧島も珍しく抜け目ない。
運転にもだいぶ慣れたところで、霧島はカメラを下げたヨーロッパ人に声をかけられた。
どうやら写真を撮りたいということらしい。
霧島は、いいですよーと言いながら写真を撮らせてあげる。
写真を撮ってもらった後、この写真を個展で使っても良いか?ときかれたので、もちろん。と答える。
そのカメラマンはじゃあこれ個展のチケットです。と名刺のようなカードを霧島に差し出し、その裏に何かを書いていた。
どうやら近いうちにニューヨークで個展をやるらしく、ぜひきてくれとの言葉を残し彼は去っていった。
のちにわかるがそのカメラマンこそ、自身の作品に世界最高額の値がついた風景写真家ピーターだった。
霧島はそのことをひとみにもエマにも話すと、たいそう羨ましがられ、ピーターのことを知らないセレブは大モグリだとバカにされた。ちなみに、誘われたその個展にはひとみが付いてくるということになった。
ひとしきりモナコを走り回ったところで、銀行を見つけたので、自身の持つキャッシュカードが使えるかどうかを確認しておく。
確認するとバンク・オブ・アメリカのカードが使えるようだったので一安心だ。
ものはついでとばかりに、その銀行、フランスのメガバンクだったが、に口座を作っておく。
そうして一通り時間を潰したのち、オテルドゥパリに戻った霧島は着替えを開始する。
ブリオーニのタキシードとジョンロブの靴に身を包み、ビンテージロレックスのエクスプローラー1を改めて腕に巻き直し気合いを入れた霧島はカジノモンテカルロに向かう。
次回、カジノモンテカルロ編!




