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昨日の勝負で勝った霧島は、その日のうちにカジノのスタッフから説明を受け、滞在日数間で、勝ち分が大きければ日本で納税する手続きを済ませた。
霧島はそのことを思い出し、本当の意味で準備万端だな、と改めて気合いを入れ直し、霧島の中ではもはや勝負服となっているアルマーニを着た。
ちなみにこのアルマーニは、昨日部屋に帰ってからホテルのクリーニングサービスに出し、今朝部屋に返ってきたものだ。
昨日と同じ勝負服で霧島はカジノに向かった。
昨日はパラッゾで勝ったから今日は違うところで大きく勝ってやろう。
とりあえずラスベガスに来たんだからベラージオだな。
そう考えた霧島は、自身の泊まっているホテルを出てベラージオに向かった。
パラッゾからベラージオはさほど離れてはおらず、strip通りを南に歩けば数分で右手に見えてくる。
これがベラージオ…。
霧島は雰囲気に飲まれかけていたが、そこはさすがWIN5で2億円勝った男、すぐに己を取り戻すと、堂々とカジノに向かった。
昨日と同じようにパスポートで身分確認と年齢確認をすませると、また昨日と同じようにルーレットの台に座った。
唯一昨日と違うのは、そのレートだ。
昨日座ったルーレットは最低レートのルーレット。
しかし今日霧島が座ったのは最高レートのルーレットだ。
霧島は空いている席に座り、一万ドルをディーラーに渡し専用チップを受け取る。
霧島はロレックスを撫でながらどこにかけようか考えた。
回るルーレットをずっと見ていると、なんとなく赤に入るイメージが湧いた。
どうしても黒が入る姿を想像することができないのだ。
霧島は確信を持って赤に1万ドル分全部掛けた。
ディーラーは一瞬驚いていたが、さすがはプロ、それほど珍しいことではないのだろう、すぐに平常通りに戻った。
しかしギャラリーはそうはいかない。
アメリカではただでさえ若く見られる日本人の、その中でもかなり若いこの霧島という男が、いきなり1万ドル分もかけたのだ。
隣に座っていた美しい北欧系の女性からは、ねっとりとした妖艶な笑みでじっと見つめられ、後ろに立っていた豪快そうな南米系の男性からはシャンパンをプレゼントされた。
そうしている間にベットが締め切られた。
あるものは祈るような気持ちで、あるものは確信を持って、ルーレットの玉が入るその先を見つめる。
ルーレットが入ったのは、赤。
その卓は小さく沸いた。
見事二万ドルを手にした霧島。
心の中でガッツポーズをする。
次も先ほどと同様に考える。
今度は色はわからないが、若い数字がくるような気がした。
霧島は、前半にベット、36まである数字のうち12までの数字にベットするか迷ったが、12までの数字の方にかけた。かけた額は1.5万ドル。
卓の周りの人が驚いていた。
後ろの南米系の男性からは、掛け金を上げてさらに倍率も上げてくるとはディーラーを挑発してるのか?と聞かれた。
霧島は、確かにそう取られても仕方がないということに初めて気づいた。
しかしディーラーの顔色は先ほどと変わらない。
周りから期待のこもった熱気が伝わってくる。
そしてベットを締め切られ、卓の客とギャラリーの期待を乗せたボールは、5番に入った。
卓は先ほどよりも少し大きく沸いた。
南米系の男性からは肩を叩かれ、隣の北欧系の女性からは手を握られ、逆隣にはドイツ系の大柄な美しい女性が座ってそのままウインクをされた。
霧島は手元に5万ドル分のチップを積まれた。
おもしろくなってきた…!
霧島はネットの数字を追いかけるマネーゲームよりも、ディーラーとの勝負をする現実的な金のやりとりの方が好きなのかもしれない。
霧島は、このロレックスがなければこの大きな勝負の舞台に立つことすらできなかった、と改めてロレックスに感謝し時計を撫でた。
次の数字は何にしようか、霧島はそう考えたとき、ディーラーの首筋に汗が一筋流れるのを見た。
もしかして動揺してるのか…?
チャンスとばかりに霧島はディーラーをじっと見つめ、ボールがルーレット卓に投げ入れられるのを待った。
いよいよ、もうすぐベット締め切りという時が来た。
「オールイン、16〜21。」
ディーラーは明らかに動揺した。
ギャラリーからは言葉にならないざわめきが生まれた。
後ろの南米系の男も、右に座る北欧系の女性も、左に座るドイツ系の女性も固唾を飲んでその勝負の行方を見つめた。
ボールは17番に入った。6倍だ。
霧島は30万ドルをほんと1時間ほどで手に入れた。
なんとなく波が生まれた気がした。
気づけばたくさんのギャラリーに囲まれていた。
南米系の男性からは、なんて肝が座ってるガキなんだと気に入られ、両隣の2人は卓を立ち霧島の肩にもたれかかった。
霧島はドキドキしつつも考えるのをやめない。
ここまでくればもう行くしかない。
その勝負でも先ほどと同様にベットの締め切り時間ギリギリでベットした。
掛け金の額も同じ。オールインだ。
しかしその倍率は違う。
これまでにないほど明確な1つの数字のイメージが浮かんで来た霧島は1つの数字にかけた。その数字は6。そして倍率は36倍である。
ボールが止まるのを待つディーラーの手は震えていた。
霧島も自身の首をつたう一筋の汗を感じていた。
霧島の肩に手をかける南米系の男性は知らず知らずのうちに強く握ってしまっているようだが、霧島はそれさえ気にならないくらい集中して、じっとボールの行方を追っていた。
両隣の女性はもはや霧島の腕にしがみついていた。
卓の周りには、霧島のベットした数字をコールするたくさんの人がいる。
入った数字は、霧島のベットした数字、6。
先ほどとは比べ物にならない大きな歓声。
1080万ドルを手に入れた霧島。
顔色を悪くして交代したディーラー。
そこで初めて霧島は、自分がどんな状況にいるのか気付き、1つ息をついて、南米系の男性を見た。
南米系の男性は品のあるスーツをビシッと着こなし、2人の女性を侍らしている霧島の倍、4名の美しい女性を侍らしていた。
南米系の男性は、その名をダニエルというらしい。
「気に入ったよ、東洋のサムライボーイ」
言い回しがなんとなく古臭いが、ワイルドではあるが人懐こいその笑みで気に入られだと言われれば、霧島も悪い気はしない。
「ありがとう。知らない人たちだらけだけど、味方がいると思えたから大きな勝負に出られたよ。」
霧島はカジノのスタッフに1080万ドル分の大量のチップを交換用の高額チップに変えてもらうと、先ほどまで大量にあったチップが数枚に変わってしまったことに驚いた。
しかし、そのうちの一枚が、プラチナ製で豪華な宝飾がなされた1000万ドルチップですとスタッフに言われれば、さもありなんと納得する霧島。
すぐに換金しに行こうかと思ったが、ダニエルに止められた。
ダニエル「VIPルームを取ってある。ちょっと話をしないか?」
霧島は何をされるのかと思いビクビクしてどうしようかと思っていると、スタッフから耳打ちをされた。
ダニエル様はカジノをいくつも経営されているカジノ王で、信用できる方です。
日本びいきの方ですので、怖がらなくても大丈夫ですよ。
そうスタッフから告げられた霧島は警戒しつつも、その誘いを受けることにした。
VIPルームに案内された霧島は、その華やかさに驚いた。
たくさんの見目麗しい女性に囲まれ、噂には聞いた事あるドンペリのゴールドがキンキンに冷えた状態で、船のようなワインクーラーに、黒ひげ危機一発もかくやと言わんばかりに刺さっており、その部屋の景色もカジノ全体を高い位置から見渡せるようになっていた。
「俺はダブルオーのイギリス男のつもりはないんだがな。」
霧島はダニエルにそう言うと、ダニエルは笑いながら、こっちにもそんなつもりはないと言う。
「若いニイちゃんが、あの平和な日本で、どうやってそんな太い肝を座らせてきたのか、話を聞かせて欲しいんだよ。」
「まぁ日本では毎日5億ドルの金を動かすトレーダーをやってる。1000万ドルどうこうで動くような肝じゃそんな勝負毎日なんかできっこないさ。」
霧島は少し虚勢を張って答えた。
ダニエルは目に見えて驚いて、
「そんな戦争みたいな毎日なのか!?
日本は平和な国だと思ったが。」
「日本はニンジャ、カミカゼの国だぜ?
心は毎日戦場さ。」
気を良くしてまた話を少し大きくして話してしまう。
「まだまだ日本は奥が深いということか…
日本のことを知れば知るほど大好きになるぜ!
おい、霧島。お前のことは兄貴と呼んでもいいか?」
「年はだいぶダニエルの方が上だろ!?
イーブンの兄弟ということで行こう。
俺もダニエルもブラザーということでいいじゃないか!」
霧島は五分の兄弟というヤクザのしきたりを思い出し、ダニエルに伝えた。
「兄弟なのに、五分…
ヤクザ…
ジャパニーズマフィア……!
そんな考え方があるんだな!
日本ってすごいな!
やっぱり日本は知らないことばかりだ!
ありがとう、ブラザー!
何か困ったことがあったら是非連絡してくれ!」
こうして霧島はダニエルと五分の兄弟となり、連絡先を交換し、ベラージオのVIPルームで打ち解け、食事を共にした。
カジノという戦場で打ち解けた2人の間には妙な絆のようなものができ、霧島は久しぶりに深酒をしてしまい、ダニエルもそれは同じだった。
南米男の典型のそれに違わず、ダニエルは驚くほど酒豪だった。
日本では酒豪のことをザルというが、そのザルを超えるダニエルはまさにワク (枠) と評するにふさわしかった。
しかし霧島も負けてはいない。
霧島はビール好きで有名である。
それも近所の酒に強いおじさんレベルで有名なのではなく、大阪の繁華街で霧島お断りの店があるほどビール好きで酒に強い。
霧島と清水が2人で3時間飲み放題の店で、その店の在庫のビールサーバーの樽を全て空にしたという噂もある。
もっともその噂の出所は清水で、霧島はあの時はほとんど清水が飲んでいたという、嘘か本当かわからない言い訳をしているが。
ダニエルは、その霧島が驚くほど酒が強いのだ。
VIPルームに入った時にはあれほどあったドンペリの山はとうになくなり、追加で2人に投下されたクリュグのクロ・デュ・メニルという燃料も早々に尽き、これで潰れてくれと言わんばかりにサロンが出てきた時に、霧島は狂喜乱舞し、ダニエルは霧島にどうだと言わんばかりの顔をしていた。
なぜ霧島はサロンという名を持つシャンパンが出てきた時に狂喜乱舞し、カジノ王ダニエルまでもがドヤ顔をしていたのかというと、サロンのシャンパン自体の希少性にある。
サロンのシャンパンは原材料ブドウの出来が相当良くないと製造されず、この100年で36回しか製造されていない。そのため、購入ルートも限られ、購入できたとしても、素人が手に入れる頃にはいろんな店を経由したため莫大なプレミアがついているというわけである。
霧島がサロンを味わって飲んでいる時に、とうとうダニエルは倒れた。ダニエルの最後の言葉は、「やっぱり俺の兄貴はジャパニーズサムライだったぜ…」というあまり意味のわからないものだった。
それを見た霧島は、自身のグラスに入っていたサロンを飲みきると、緊張の糸が切れ、ダニエルと同じように酔いつぶれて寝てしまった。




