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エルシカ  作者: 雨見
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幻の国を目指して

不思議の国エルリカ。

曰く、そこは楽園のようで、

酒がとめどなく溢れ出る魔法の盃、金のなる木、奇跡の鏡、人の欲を全て叶える様なモノが揃っており、

曰く、そこには苦しみ悲しみ差別全てが存在せず、誰もが笑って過ごせるような、不思議の国があるそうな。


私はその幻の楽園を目指して、旅をしていた。


これはその旅路を淡々と記した冒険記なので、きっと読んでも楽しいものではないと思う。

なぜなら都合の良い奇跡や、あらゆる読者を楽しませるような演出は現実には残念ながら無く、その現実をただありのままに書き留めたのが、この本であるからだ。

この本を読んでる途中で、読みたくなくなったのなら、構わず本を閉じて欲しい。

この泡沫に溶けた、ひどく頼りない物語は、現実の鏡写しで、読みたくなくなるのも自然であるから、私は全くそれを咎めない。

しかし、その手を止めて、この本を閉じるならば、その時に約束してほしいことがある。


一つ目は、もう二度とこの本を読まないこと。読もうとしないこと。

二つ目は、この本の事を忘れること。すぐにとは言わない。でも、一ヶ月、二ヶ月、半年、そうだな、一年経った時には、もう完全に忘れるのが望ましい。

これを守ってくれると、私はとても嬉しいよ。



じゃあ始めは、私の始まりから話すとしようかな。


初めて不思議の国の存在を知ったのは、私が16の頃だった。

私は年頃の娘として、それなりに装いにも興味があり、それなりに色恋にも興味があり、それなりに友人の関係のことで悩んだりもして、それなりに親と喧嘩して、それなりに親も愛していた。私の器量はそこそこだったし、大抵の事はこなせたし、働くのも嫌いでなかったので、縁談もぼちぼち持ち込まれていた。


そんな満ち足りた日常の中で私は幸せだったんだと思う。

しかし時々思うのだ。

ああ、私はいつか死んでしまうのだと。

そう思うと私の持っているもの全て全てが小さいのものに思えた。永久に緩やかに流れる時の流れの中で、私はそれに押し流される1つの小さなものだと過ぎないのだと思えば、とても虚しくなったし、何より少し馬鹿らしくなったのだ。

そこで私は旅に出た。不思議の国を探す旅だ。

少しぶっとびすぎだろうか。そう思うかもしれない。もし君が私の友人だったのならば、私を全力で止めてくれるだろう。


私はその不思議の国の話を聞いて、思ったのだ。そこに行けば私の欲望が叶うのならば、自分の中にあるこの感情の答えを教えてもらい、そうした後にまだ私がまた望むのならば、いつもの日常へと戻してもらおうと思ったのだ。

不思議の国の力が本当ならば、そのぐらいの事はできるはずだ。私はそう信じて疑わなかった。


赤茶色の革のローブと、新しいランプを買った。焼きしめた硬いパンと、マッチを少し色あせた肩掛け型のカバンに入れて、それは父のものだったのだが、物がかなり入るし使い勝手が良かったので、少々汚れてはいるが新しいのを買わずに使うことにしたのだ。


旅に出る事はもちろん家族に言わなかった。

彼らは私のことを止めるだろう。当たり前だ。私がもし私の妹で、いきなり旅に出るなど言われても、困惑して心配するだけだろうから。


不思議の国がどこにあるかは知らなかった。しかし私は何の根拠もなく、そこは世界の果てになるあるんだと勝手に思っていた。普通の場所にあったなら、誰でも不思議の国を見つけられてしまうだろうと考えたのだ。


私の住んでいた国は西の果てにあるから、とりあえず一番近い世界の果ては砂漠だろう。

砂漠まで、とりあえず旅をすることにした。特に不安はなかったのは、最近は砂漠といっても、一応オアシスから水を引いてあるところが多いし、歩道もある程度整理されているからであったが、それでもきっと暑いだろう。夜は冷えると言うからこのローブは持ってきて正解だったかもしれない。たくさん水が入る水筒を買わなければ、とはまた旅具屋に入った私は、ぐっと息を詰めた。干草と糞尿と、獣の濃い匂いが、突然むわっと漂ってきたからだ。

「…この匂い」

「ああ、申し訳ありません!窓を閉めますね、近くにラキがいるもので。先日アシの方から入荷したのです。お客様が旅をなさるのなら、少し見ていかれますか?」

不躾にも隠す事もせずに顔をしかめた私に、嫌な顔ひとつせずに答えた少年は、見習いなのだろうか、ぱちりと開いた目が愛らしい、藍色の髪をした少年だった。

「あ…そうしようかな、じゃあ。」

旅をするのに、私の今の馬では負担がかかりすぎるかもしれないし、それに…

そう考えていると、後頭部に軽い衝撃と生暖かいものがかかった。ねっとりした感触に、背中で虫が這いずりまわっている様な感覚が走る。

「うわぁ!ちょ、離れろって!」

「…!?」

私は慌てて振り返ると、後ずさって尻餅をついた。

「ぶおっ」

窓から首を出して、赤茶のラキが間抜けな顔をして、間抜けな声で鳴きながら、私を見ていた。

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