Balloon -バルーン-
初めて投稿する作品です。
間違いなどあるかもしれません。その場合は、教えてくださると幸いです。
S県T市の山奥のY小学校は、開校150周年を記念して、手紙を付けた風船を飛ばしました。全校児童11人のY小学校。今日は、色とりどりの風船がその空を彩りました。 (T市の広報より抜粋)
*
[はじめまして。ぼくの名まえはよしかわはるきです。この手がみをひろってくれた人は、おへんじをください。ぼくのかようY小がっこうには、11人しか人がいません。友だちになってくれたら、うれしいです。
一ねん一くみ よしかわはるき]
「はぁ……」
家の玄関のドアを開けるのが憂鬱だ。離婚前は、妻が笑顔で迎えてくれたのに……。
畑中幸治、30歳。妻とは些細なすれ違いがもとで、2年半前に離婚した。今となっては言い過ぎだったと反省しているが、元妻の江莉子はもう荷物をまとめて、息子の晴樹と一緒に実家へ戻ってしまった。
「おや?」
洗濯物を取り込もうとベランダへ行くと、オレンジ色の風船が物干しざおに引っかかっていた。外すと、風船の紐の先に、カードが付いていた。見ると、印刷した字があった。
「T市立Y小学校150周年記念……か」
そこには、こんなことが書いてあった。
[T市立Y小学校150周年記念バルーン
Y小では、開校150年を記念して、この風船を飛ばしました。返事など頂けたら幸いです。
S県T市8-3-2]
裏には、たどたどしい字で、色々なことが書かれていた。
[はじめまして。ぼくの名まえはよしかわはるきです……]
私は、読みながら、自分の顔が微笑んでいるのが分かった。どうしても、この子と文通したい。そう思った。
(そういえば、息子の名前も「はるき」だった)
だからかもしれない。この子が気になってしょうがないのは。
私は、財布をつかむと、近くの文具店へ走った。男の子が好きそうな飛行機柄のレターセットを買うと、急いで家まで帰った。
机の上に便箋を広げて、「よしかわはるきくんへ」と書く。
「はじめまして。わたしは、はたなかこうじです。手がみ、よみました……がいいか。」
*
[よしかわはるきくんへ
はじめまして。わたしは、はたなかこうじです。手がみ、よみました。はるきくんは、がっこうにいる人、ぜんいんと友だちなのかな?わたしが小がくせいのときは、どうきゅうせいの名まえをおぼえるのがたいへんだったよ。わたしは30さいで、はるきくんは一ねんせいだけど、友だちになれるかな?
Y県M市6-2-5 はたなかこうじ]
このまえ、風せんに手がみをつけて、とばした。そのあとせんせいに、
「おへんじは、まだきませんか」
ってきいたら、
「まだだよ」
といわれた。きのうもきいたら、
「いいかげんにしなさい、よしかわくん」
っておこられちゃった。ぼく、だれが手がみを見てくれたか、気になったんだ。
でも、ずうっとまってたおへんじが、きょう、やっととどいたよ。ひろってくれたのは、はたなかこうじおじさん。おじさんは、30さいなんだって。おかあさんに
「なんさい?」
ってきいたら、30さいだっておしえてくれた。おとうさんにもきいてみたかったけど、ぼくにはおとうさんがいないんだ。まえ、おかあさんに、
「なんでいないの?」
ってきいたことがある。「りこん」したからなんだって。「りこん」って、なんだろう。そうだ、おじさんにきいてみようかな。テストで、100てんをとったことも言おうかな。それから、それから……。
*
[はたなかこうじおじさんえ
おへんじ、ありがとうございます。たからものにしたいと思います。
ぼくはこのまえ、さんすうのテストで100てんをとりました。みんな、すごいねってほめてくれて、すごくうれしかったです。
ぼくは、がっこうの人、ぜんいんと友だちです。でも、六ねんせいのもりさんは、こわいです。
こうじおじさんは、「りこん」ってなんだか、わかりますか。ぼくにはおとうさんがいません。2ねんくらいまえにはいたけど、そのあと「りこん」したそうです。
それから、おかあさんにじゅうしょをかいてもらおうと思って、おかあさんに手がみを見せたら、おかあさんはなんでか、おどろいてました。
「しってるの?」
っておかあさんにきいても、おしえてくれませんでした。
おじさんは、おかあさんをしっていますか。
おかあさんの名まえは、えりこです。
こんど、こうじおじさんに会いたいです。
よしかわはるきより]
一週間くらいして、手紙が届いた。そして、読んで、驚いた。
元妻の名前は江莉子で、息子は晴樹だ。旧姓は吉川、実家はS県。離婚したのは2年半前、その時晴樹は4歳。間違いない、本人だ。
どうしたらいいだろうか。江莉子は、私のことに気付いているようだ。怒っているだろう。でも、住所を書いている、ということは、許してくれているのだろうか。
私も、晴樹に会いたい。私の子供なのだから。2年以上も会えなかった晴樹は、どうなっただろうか。江莉子は、写真も送ってくれない。絶縁状態だ。テストで100点を取ったのか。すごいぞ。さすが、私と江莉子の息子だ!そう、言ってやりたい。頭を撫でてやりたい。抱き上げて、一緒に喜んでやりたい……。
言うべきだろうか。私だって、反省しているのだ。また、江莉子と晴樹と暮らしたい。幸せな家庭を築きたい。そう、思っているのだ。
*
[よしかわはるきくんへ
100てん、おめでとう!わたしは、一ねんせいのとき、100てんをとったことがなかったよ。
りこん、というのは、もともとおとうさんとおかあさんがいたけど、なにかがきっかけで、おとうさんがおとうさんじゃなくなったり、おかあさんがおかあさんじゃなくなったりすることだよ。
だから、もしはるきくんがおとうさんだった人に会っても、その人はもう、おとうさんじゃないんだよ。
はるきくんのおかあさんのことは、すこししっているよ。まえまで、なかがよかったんだ。
こんど、会えるといいね。なつ休みになったら、会いにいくかもしれません。
はたなかこうじ
もう一つの手がみは、おかあさんにわたしてください。]
こうじおじさんから、手がみがきた。あと10日くらいでなつ休みだから、会えるかもしれない。たのしみだな。
手がみにかいてあったとおりに、もう一つの手がみをおかあさんにわたした。おかあさんは、さいしょびっくりしていたけど、よんで、うれしそうな顔になった。こうじおじさんの手がみには、おかあさんとおじさんはなかよしだってかいてあったけど、本とうみたいだった。
おかあさんに、「ぼくのおとうさんは、もうおとうさんじゃないんだね」っていうと、おかあさんはおどろいたみたいだった。「おじさんがおしえてくれたんだ」っていったら、なんだか一人でなっとくしていた。なんでだろう。
*
[江莉子へ
もう気づいていたかもしれないけれど、晴樹の文通相手は、私だ。
あの時のことは、本当にすまなかったと思っている。また、やり直さないか。私を、許してくれないか。夏休みが始まったころに、会いに行くつもりだ。その時、話したい。
畑中幸治]
幸治から、手紙が来た。
わたしだって、怒っているわけじゃない。ただ、きっかけがつかめなかっただけ。とっくのとうに、許している。
幸治は、怒っていると思っていた。あの後、手紙が全く来なかったので、こちらも出しにくかった。
どちらも、怒ってなどいなかった。二人で、びくびくしていただけ。そう思うと、笑いがこみ上げてきた。
棚の奥にしまい込んでいる、ちょっと高い便箋を持ってこよう。そして、お気に入りのペンで書くんだ。
「わたしも」、と。
*
夏休みに入って、一週間。
幸治は、「吉川」のプレートを見ながら、インターホンを押した。
『はーい?』
この声は、晴樹だ。
「畑中幸治です。」
『! こうじおじさん!……おかあさん、きたよ!……ちょっとまっててくださーい』
少しして、晴樹はドアを開けた。
ガチャ。
「おじさん! ぼくが、はるきだよ!」
晴樹は、後ろでくいくいと指を動かした。江莉子が、顔をのぞかせた。
「幸治……!」
江莉子は、昔のように幸治に抱きついた。
晴樹が、事態が分からずあたふたしている。
「晴樹。幸治はね、晴樹のお父さんだった人よ。そして、少ししたら、また晴樹のお父さんに戻るのよ」
晴樹は、目を瞬かせた。
「そうなの? じゃあ、おじさんじゃなくて、おとうさんだ!」
「そうだよ、幸治お父さんだ!」
幸治は、晴樹を抱き上げた。晴樹が、身をよじらせる。
「おとうさん! くすぐったいよ!」
「おおっと! ごめんな、つい嬉しくて」
「もう、幸治ったら……」
吉川家は、その日、笑い声に包まれた。
周りには、誰もいなかった。だから、このことを知っているのは、お天道さまだけだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
活動報告欄に、イラストを載せました。晴樹です。
そちらも、よろしければどうぞ。