第二十五話 イオリと初日の終わり
とりあえずは、フィーネがシャワーを浴びて上がってくるまで、休憩スペースに設置してある、ふかふかのソファーに座って待つことにする。
休憩スペースには、シャワーを浴びている連れを待っている人たちなのか、受付を済ませた時にはいなかった人たちが何人か座って雑談にふけっているようだった。
フィーネを待っている間は特にやることもないので、結局は考える事といえば、明日潜る予定のダンジョンについてだ。
必要な道具や食料は必要十分に買い込んだし、『離脱くん』も買ったから、タイミングさえ間違わなければ、進退極まってダンジョン内で魔物の餌に、なんて事はなさそうなのは、安心できるところだな。
ある意味、やり直しが出来るのは、助かる事がある反面、慣れると思わぬ事故につながりそうなのが怖いな。
「ん?」
と、しばらく考えていたところで、視界の隅でなにやら、黒っぽいものが動くのが目に入った。
その、黒っぽいものを確認するために、視線を動かすと、どうやら、黒っぽい何かは、辺りの視線を伺いつつ、フィーネもさっき入って行った女性用の入り口に向かって進む怪しげな人物だったようだ。
その人物は、全身タイツのような服装で服の色も真っ黒で、この階の明るめな内装とは真逆なために、すぐにでも気がつかれそうな感じだったのだが、周囲を見回しても、その怪しい人物に目を止める人が居ないようだ。
何故だろうかと少し考え『鑑定』で確認してみると、どうやらその人物は、本人の魔法によるものか、それとも魔道具かは分からないけど自身を周囲からは認識されないようにしているようだった。
つまり魔法とかを使って、女性用の入口から中に入り、覗きをやろうとしているってことだな。
しかし、どこにでも同じような輩はいるんだな。
怪しい格好も含めて、俺にはバッチリと見えていたのは、使われていた魔法が光学迷彩的なものではなく、そこそこのレベルではあるけど周囲の認識を誤らせると言う、まあ言ってみれば単なる精神異常系の魔法だったために、俺自身が持つ『状態異常無効』のスキルの効果で無効化されていたことが理由のようだ。
これが、精神異常系の魔法と光学迷彩的なものを組み合わせたものや、別次元を通り視線だけ次元間をつなげたり、みたいな高度なものになってくると、敵意や殺意などが自身やその周囲に向けられていない限り、気がつかないところだった。
とりあえず、件の覗き魔は対処できなくもないけど、事情を聞かれたりとか面倒臭いので、これは、フロントに知らせたほうが良いかもしれない。
そう思い、ソファーから立ち上がろうとした所で、問題の覗き魔らしき悲鳴が聞こえた。
「ギャー! ガ、グ、ゲッ」
そして、一瞬の後。
「不届き物が居たぞ! 確保だ!」
「まったく、覗きとはふてぇ野郎だ! これはじっくりとお話ししないといけねぇなぁ」
悲鳴を聞いて振り向いたところで、どうやら、女性用の入り口には何かしら防犯用の仕組みがあったらしく、入口の手前辺りで、魔法が解除されたことで、その異様な姿を周囲に晒しつつも、無残に痙攣しながら床に転がっていた所を、腕章をつけた警備員らしき人たちに押さえつけられ、紐で縛られている最中の覗き魔が見えた。
ふむふむなるほどね、覗き魔の末路はああなる訳か覚えておこう……まあ、覗きなんてしないけど。
受付は同じ階でも、シャワー室への入口が、男性用、女性用、その他、と分かれていて、案内によると、階も分かれているようだったけど、分かれていたのはこういうこともあるから、なのかもしれないな。
この世界、まあフィーネの生まれた世界もだったけど、スキルや魔法があるから、覗きなどにもいろいろ考えないといけないのだろうし、暗殺とかもやりやすいんだろうなぁ、怖い怖い。
と、そんな事件があり、しばらくは周囲が騒がしかったけど、それも収まった頃にフィーネがシャワーから上がってきた。
「イオリ様、お待たせいたしました。……何かあったのでしょうか?」
「いや、覗き魔があえなくお縄になっただけだよ。まあ、フィーネが心配するようなことは特に何も起きていないから」
「そうですか。まあ、それはそれは。いけませんねぇ」
「フィーネ。フィーネ!」
なんか、危ないスイッチが入ったようで、肩をゆさゆさと揺らすと、はっと気がついたようで、顔が少し赤い。
基本的に、曲がった事が大嫌いなフィーネのことだから、女の敵である覗き魔にお灸を据えませんと、みたいなことを考えていたんじゃないだろうか。
フィーネにロックオンされたら、あっという間にボロ雑巾の状態でそこらへんに無残に転がることになっていたのだけど、覗き魔は命拾いしたな。
「まあ、覗き魔のことは忘れてさ。さっさと部屋へ戻って、明日の初ダンジョンに備えて早く寝ようか」
「そうですね。捕まったのであれば、きっと今頃は、覗き魔もお話しして、改心していることでしょうし」
あれ、今何か不穏な言葉が副音声で聞こえたような?
まあ、いいか。
「実はいまもダンジョンと聞いてワクワクしてしまい、ちょっと寝れるか心配です」
「まあ、俺も同じく、だけどな」
エレベータに乗り、風系統と火系統との複合魔法の『温風』で俺とフィーネの髪を乾かしつつ、雑談をしながら部屋まで戻る。
今のフィーネはシャワーを浴びに来る前と違い、フードを被らず顔を見せているので、誰かしらに絡まれるかと思っていたけど、エレベータに乗り、階を上がり、結局は特に何もなく、俺達の部屋の前までたどり着いた。
まあトラブルなんて無いに越したことはないな。
「じゃあ、お休み。早く寝るんだぞ、フィーネ」
「はい、お休みなさいませ、イオリ様」
「あっ、念のため『替玉人形』っと。これで夜中に何があっても安全だ」
部屋の前でフィーネと別れる前に、そうだ、と思いついて、ダメージを肩代わりしてくれる便利な魔法を掛けておいた。
これは、何かあった場合、本人にそっくりな人形と入れ替わり、受けたダメージを肩代わりしてくれる魔法だ。
入れ替わったときに代わりに出てくる人形は、受け答えとかは出来ないけど、見た目ももちろん、上位の『鑑定』系のスキルでないと見破れないほどの、偽装も施してあるので、まあ、就寝時など本人自体が受け答えできない状態の場合に安全のために使う魔法としては、自画自賛だけど、これ以上のものはないと思う。
まあ、この感じからすると、多分何もないだろうけど、念のため。
「もう、過保護ですね、イオリ様。でもそんなところが……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、何でもありません。では、イオリ様、今度こそ本当におやすみなさいませ」
「うん、お休み、フィーネ」
なんか最後がごにょごにょと聞き取れなかったが、まあ本人が何でも無いと言っているし特に深刻そうでもないので本人が話したくなったら話してくれるだろう、と思いながら、部屋に入るフィーネを見送り、俺自身も部屋に入って休むことにする。
しかし、本当に明日のダンジョン探索が楽しみで、フィーネじゃないけど寝不足になりそうだ。
これは、早々になんとかして寝ないと明日に響きそうだな。
そう思いつつ、ああ、そういえば部屋の中を確認していないや、と気が付いたけど、もはやベットに寝転んだ状態から起き上がる気力は既に無くなっていたようで、いつの間にか意識は闇の中へと潜っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマークを頂けると励みになります。




