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5月「守りたいもの 上」

5月に入り、春耶と舞華が本格的に付き合いを始めることになるが、まずは春耶が舞華のことを命の恩人と呼ぶキッカケとなった出来事について触れておこうと思う。

5月。土曜日。

春耶は4月の出来事をようやく整理完了し、新たな決意を胸に、新しい生活を送っていた。


自分としては、少々恥ずかしいことをしてしまったかなと恥じる面持ちもあるが、舞華と付き合うというかたちになった。

「まさか、命の恩人から告白されるなんてな......」

若干顔がニヤけてしまう。やっぱり嬉しいことだった。

「過去を思い返すのも、この際、いいかもな」


その過去とは、舞華が自分を救ってくれたこと。

俺に、生きる意味を教えてくれたこと。

5月。春の陽気に包まれて、春耶は家の中でひとり、春耶は自分の過去を振り返っていく......







これは、春耶が小学2年生の頃のことである。



春耶は同級生の数人からイジメを受けていた。机の落書きはもちろんのこと、上履きを隠されたり、暴力を受けたりと、子供のおふざけとは言えそうにもない行為を垣間受けていた。


春耶に対するイジメが発生したのは、何の変哲もないいつも通りの日常から始まった。





朝、学校に登校するも、上履きがないことに気付く。

下駄箱には、手紙が入っており

「すいどうをみてみろ」の文が記されていた。


手紙の文に従い、下駄箱近くの水道のところへ行ってみると、一つの蛇口から水が流しっぱなしのところがあった。

不思議に思ったので、その蛇口を見てみると、紙が貼ってあった。

「水びたし。ざまぁみろ!!」


蛇口の水が落ちるところには、自分の上履きが無造作に置いてあり、その上履きは紙に書いてあったように水浸しになっていた。

「なんだよ、これ......」

春耶は泣きそうになる。

今まで、こんなことはされなかったので、突然の出来事が理解できない。


どうして、僕がこんな目に遭わなければいけないのか。

なんで、誰も止めてくれないのか。

みんな、見て見ぬふりをしているのだろうか。

「なんで、こんなことするの......」

そんな言葉が口から漏れるのと同時に

「死にたい」という心情が心を蝕み始めていた。




水浸しになった上履きをとり、着席完了のチャイムがなるギリギリの時間まで外で上履きを乾かす。

しかし、長時間水浸しになっていた上履きは、10分程で乾くわけがない。


チャイムがなって上履きを確認するも、爪先の方まで水は浸透していた。

涙がこぼれ落ちそうなくらい綻んだ顔を先生に見られ、「どうしたの? 春耶くん」と声をかけられるも、「転んじゃった」と嘘を吐き、先生が教室に入るのを待ってから上履きを履いて教室へと向かう。


教室に入ると、誰かが大笑いしてこう言い立てた。

「あ!! 春耶だー!! 見て見て、上靴が超濡れてるー!!!」

すると、クラスの皆が口をあけ、指を指しながら爆笑した。

そのとき、教室に担任の先生はいなかったため、相当大きな声で笑いが響いていた。


耳に響く大きな笑い声。

指を指されて、大爆笑される。

自分がおかしなことを言ってこんなにバカにされるのはまだ許せる。

しかし、春耶はこのことを許せることができなかった。

なぜなら、皆が春耶の上履きを指さして笑っていたからである。



先生に、このことは言わなかった。

先生に言うなんて、カッコ悪いから。

そういう理由で、春耶はイジメを我慢し続ける事にした。

「少しの間だけだから、大丈夫だろ」

しかし、神様は春耶には微笑まなかった......




翌日、両親にもこのことは言わずに登校すると、今日は下駄箱に上靴があった。

「やっぱり、昨日だけじゃん」

放課後に乾かしてから下校したので、帰る際に上履きは完全に乾いていた。

上履きを取ってみると、どこも濡れていない。どうやら水で濡らされてはいないようだ。

「ふぅ」と安堵の息を漏らし、上履きを履いた瞬間、春耶の足に強烈な痛みが走る。


「ぐっ!! いって......」

何かが右足に刺さったような痛みがする。

ゆっくり上履きを脱いで足の裏を確認する。

なんと、画鋲が足に刺さっていた。

大量の血が足から流血を続ける。

次第に、膝が笑って立てなくなった。

全身の力が抜けるような感覚に苛まれ、春耶は画鋲を抜く。


「痛っ!!」

どうやら完全に刺さってしまったらしい。

画鋲の針全体が赤く染まっている。

自然と涙が溢れ、痛みを堪えて保健室へと向かう。



「あら、どうしたの?」

「画鋲が刺さっちゃいました......」

まともに両足でバランスよく立つと痛みがするので、左足に体重を乗せ、体幹が左にかなり傾いていたので、保健室の先生はすぐ座るよう言った。

「ごめんね。絆創膏(ばんそうこう)だけで我慢できる?」

「大丈夫です。こんな痛みで泣いてちゃまだまだです......」

必死に痛みを堪え、絆創膏を貼る。

傷口が見えなくなるも、若干血が沁みて赤くなる。


「ありがとうございました」と一礼し、教室へと向かう。

今度は両足で難なく立てるようにはなった。

しかし、右足を踏み出すときには若干痛みはするんだが......



教室の戸を開ける。

すると、また昨日と同じ声の人が春耶を皮肉った。

「なぁ春耶? さっきどこ行ったんだよ?」

「ああ? 保健室だよ」

「よっしゃあ!!! 画鋲作戦大成功だ!!!」

「っ!!」

なるほど、昨日のことも今日のこともこいつの仕業か......!!

春耶は腸が煮えくりかえる。刹那、春耶は犯人と思しき生徒の前に立ち、拳を振り上げ、鳩尾(みぞおち)に本気で右ストレートをお見舞いした。

「ぐわっ!!!」

椅子に座っていた生徒が鳩尾を殴られた衝撃で椅子から転げ落ちる。


地面に仰向けになり、殴られた場所を抑え苦しそうな顔をしている。

「お前、ふざけんなよ!!? 俺は何もしてないのに、なんで俺を怪我させんだよ!!?」

「うぅ......」

息苦しいためか、倒れた生徒は言葉を発することができなくなっていた。

これに対し春耶の怒りはピークに達する。

「なんで答えねぇんだよ!!」

怒りが収まらず、今度は足で生徒の脇腹を蹴った。

「ぐあ!!」

生徒は脇腹を抑え、「ごめん」と軽く謝るも、それでも春耶の怒りは収まらない。


「何やってるんですか!!」

騒ぎを聞きつけ先生がやってきた。

先生をじっと春耶は鋭い眼差しで見つめる。

騒ぎを見ていた生徒が先生に事情を説明し、春耶と生徒は校長室へと呼ばれた。


校長室で、校長先生からたっぷり説教を受けたあと、2人は教室へと戻る。

連れ添った先生は深々と謝罪の意を込め頭を下げていた。

先生が頭を下げる意味を春耶にはこれっぽっちも理解することができなかった。


春耶と生徒の会話はなく、真剣に謝られてもないため、春耶の怒りは一向に収まる気配などなかった。





1週間後、騒ぎは終わりを迎えたかと思われたが、ある朝、登校した春耶は下駄箱に手紙が入っていることに気がついた。

「なんだ......?」

騒ぎが収まったように思えたので、当然イジメに関する内容など思ってもいなかった。

が......

『死ね』

と、大きく書かれていた。

そのとき、春耶はどんな感情だったかは、思い返せないでいた......





死ねと書かれた手紙を細かく破き、ゴミ箱へと捨てた。

その日から春耶から笑顔が消え始めていった。

そして、春耶の心は、死にたいという気持ちで侵食され始めていく。

これがイジメなんだ......と思うも、どうしようもできない。

イジメられてるという実感に襲われて、イジメている人をどうにかすることができない。

どうこう対応したところで、益々イジメがエスカレートしていくのは目に見えていることだった。


遂に春耶は、不登校になった。

小学2年生から始まったイジメは、不登校になったあとも続き、家のポストに死ねと書かれた手紙が入っていることもあり、親には相談できなかった。

だから、下校の時刻になると、10分おきに外に出てポストを確認する。

手紙らしきものが入っていればすぐ中身を読んで、友達からのものだったらすべて破り捨てるようになっていた。


たとえ、年賀状であったとしても、

「あけましておめでとうございます」という新年の挨拶だとしても、春耶は信じられなくなっていた。

友達が春耶のことを心配して、時折家に見舞いに来ることもあったが、玄関から中へは一歩たりとも入れさせなかった。



春耶は、人間不信になってしまった......













「今日は、始業式の日か......」

小学3年生になり、始業式の日を迎えた春耶だったが、どうも学校に行く気にはなれなかった。

みんな、まだ俺を皮肉っているに違いない。

そんな被害妄想が、連日春耶を苦しめていた。



布団で寝ていると、家のインターホンが鳴る。

誰だろうと思い玄関を開けると、去年の担任の先生だった。

「春耶くん、大丈夫かな? これ、今日のお便りだよ。クラス替えのプリントもあるからしっかり見てね。そして、今年は絶対学校に来るんだよ。皆勤賞とれるから、ね?」

「はい......」

皆勤賞とれるからなんて言葉。

俺を慰めるためだろう。どうせお世辞みたいなものだ。

今の俺には、学校に登校する気など満更ない。



何日か経って、朝になると元気な同級生の話し声が聞こえるようになった。

新しい友達ができて、皆楽しんでいるのだろう。

羨ましく感じるも、春耶の本心は死にたいという絶望の心情で一杯だった。




今日も何も無かった。

やっと手紙が来なくなり、少し安心していると、インターホンが鳴った。

「ん? 先生か?」

もう何回目だろうか。

階段を降り、玄関を開ける。


「ねぇねぇ、君が春耶くん?」

見慣れない顔だ。

転校生だろうか......?

「ああ、そうだが。お前、誰だ?」

「うちはね、山形舞華っていうの。今年度からここの地区に引っ越してきたんだ。最近春耶くんが学校に来てないから、心配でお見舞いにきたの」


見慣れない顔の人は、やはり転校生だった。

顔も見たこともない人のお見舞いに来るとか、少し驚いた。

「んで、なんで見舞いにきたんだよ? 別に心配いらねぇよ」

春耶が舞華を押し退けようとする。

しかし、舞華は一歩たりとも動かない。

「なぁ、邪魔だから帰ってくれよ」

もう本当に心配なんか要らないのに、と、本当は助けを求めているのにも関わらず素直に口が動かない。


「だめ、うちは帰れないよ」

「は?」

「だって、昔イジメられたから学校に来なくなったんでしょ? だめだよ。学校に来ないと、だめだよ」

「お前に何が分かる......」

転校生のくせに、俺の過去をなんで知ろうとする。

もう放っておいてほしい。やはり口が素直じゃない。

「ほら、イジメられていたんでしょ? なんで助けを求めないの?」

舞華が春耶に問う。

「誰も信じれないからだ......イジメるということは、俺が嫌いだからだろ? だからだよ」

春耶は、1番言いたくなかったことを言ってしまった。

自分が世界で1番恵まれていないように表現するのは本当に嫌だったが、人を目の前にして言ってしまった。



「うちは、春耶くんのこと嫌いじゃないよ?」

「え......?」

「うちは、イジメる気なんてないよ。うちは、春耶くんを守りたいの。死にたい死にたい言ってたみたいだから、転校してきた時から心配だったの」

なんて奴だ、俺を守るだって?

「うちは、イジメる人は大嫌い。そんなことしちゃダメだもん。でも、嫌なことから逃げないで戦ってる人は、うち、好きだよ」

最初はバカバカしく思ったが、舞華の気持ちを聞いてる内に感動して泣きたくなってきた。

「舞、華......」

「大丈夫だよ、泣いても。ウチがいるから、大丈夫」

舞華に気持ちに負けて、春耶は人前にも関わらず声を上げて泣いた。

自分の思いを全て吐き出すように口を大きく開け、泣いた。

そんな春耶を見て、舞華は声を掛ける。

「辛かったよね、寂しかったよね」

春耶の頭を撫で下ろしながら、慰める。

春耶は、そんなことを気にせず泣いていた。










思い返せるのは、ここまでだろうか。

ハッキリと、鮮明に思い出せる過去はここまでしかない。

「色々、あったな......」

今は黒歴史のような過去をなつかしむ余裕すらある。

舞華の言葉もあって、俺は楽しく小学校生活を過ごせた。

1年ぶりに学校へ行ったときは、皆にからかわれたりはしたが、舞華が守ってくれたのをよく覚えている。

小さなことでもよく気がつく舞華なので、よく気配りをしてくれた。

その甲斐もあって、俺は無事に卒業することができた。


だから、舞華は俺の命の恩人だろうと思っている。

勝手なことかもしれないが、兎角、凄く感謝している。


俺は、助けられっぱなしだ。

俺の力でまだ人を助けることはできていないのが情けないが、守りたいと思う人は確かにいる。

だから、今度は俺が、助けてやろう。

「守られたから、守りたいと思う人がいる」

そう心に決めた。


決意として、志として、舞華を守りたい。


もう、イジメられた過去を振り返る必要はない。これからは、自分のこともしっかり考えて、守るべきものをちゃんと守っていこう。

そう心に決めたころには、春の陽気なんて、何処にもなくなっていて、薄雲が立ち込める空には、ひっそりと綺麗な月が浮かんでいた......

今回は回想......となっているかと思います笑

珍しく長文に構成してみたものの、話の流れが一途すぎて、よう分からんみたいな感じになってたら申し訳ありません(;´༎ຶД༎ຶ`)


ここまで目を通して頂いてくださってありがとうございます。

どんどん皆さんに楽しく読んでいただけるように小説にも工夫をこらしていきたいと思っています


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