4月「夢はやがて現実へ 中」
四月某日。
約2週間の春休みが終わり、春耶は高校3年生となり、今日は私立青明学園の始業式の日だ。
去年は「春休みももう終わりか......」と残念に思う気持ちでいっぱいだったのだが、
今年の春耶は、いつも通りではない。
春休みの初日にある人物から便りが届き、1年振りに再会することになった。
その人は、春耶に生きる意味を教えてくれた人で、春耶の命の恩人といっても過言ではない。
「俺、今日はかなりおかしいかも」
そんな間抜けなことを言いながら、下駄箱の上履きをとり、何か調子狂ったように上履きを履く。
そして、再会できる喜びで頭が一杯になり、最初に会ったときの言葉を何にしようか熟考するために、今日はとても長く時間をかけて階段を上る。
これくらい、春耶は会うのが楽しみなのだ。
そして、3年4組のクラスのドアを開ける。
そこには、真新しいクラスが形作られていた。
「おお!!春耶ー!!おはよう!!!」
クラスに足を踏み入れた刹那、聞きなれた声が聞こえた。
声の主は、高瀬昴。細身の高身長に引き締まった体が特徴の所謂細マッチョというものに分類される。
昴とは幼い頃に保育所で出会い、小学校中学校と共に生活をし、ここ青明学園に一緒に進学した。
「おはよう、昴」
「なんだ?お前、やけに顔がにやけてるじゃん。春休み中に彼女でもできたのかー?」
「違うよ。春休みは勉強に専念してたから解放感があってな。少し表情が綻んでいるんだと思う」
本当は大切な人に再会できるということを隠しつつ、別の事情で表情の綻びの原因を誤魔化す。
「あー、そういやお前、この前誘った時断ったしな!!そういうことか」
「ああ。あの時は悪かった。これから2ヶ月はテストも無いし、付き合ってやるよ」
「おお!!せーんきゅ春耶」
「おう」
(俺を遊びに誘うって、昴、ちゃんと勉強してたのか?)
高瀬昴は少々サボり癖があるため、何か嫌なことがある度に誰かを遊びに誘う。
「俺を誘うということは、相当嫌なことがあったな。彼女にでもフラれたのか。ざまぁ」
ひとり言を呟き、自分の席を探す。
席はすぐ見つかった。窓側の一番後ろの席だ。
「ここって、誰もが望む最高の席の筈だな。果たして俺が座る権利を持っていいのか?」
この窓際の一番後ろの席は、教師の目が1番届きにくいことで全国的に有名で、全国の高校生が信仰する神の領域である。
ここの席に座ることを許された者は席替えを拒み、一生妬み続ける。
この席に最初に座れるのは、大体苗字が「や」から始まる人が多いのだが、青明学園は生年月日の制度をとっているため、生まれが遅い人がここに座る権利を所有する。
そう、春耶は3月29日生まれである。
「そうそういないであろう3月30日と31日生まれの人に権力で勝つって素晴らしい」
間抜けなことを言う。
やはり、今日の春耶は再会の喜びの所為でおかしかった。
朝のホームルームを5分前にしても、あの人はクラスに姿を現さなかった。
教室にはどんどん席に座る人が増え始め、立って喋っている人の方が少なくなってきた。
席に座り、新しく一緒のクラスになった人達と自己紹介して親睦を深めたり、また同じクラスになり若干残念な顔をしている人もいたりと、クラスの顔はまだ一つに纏まってはいない。
そんな中春耶は、前後の席で昴と隣り合った席になり、日常茶飯事的、いつも通りに適当トークをしていた。
「なぁ、今日は全員登校してくるかな?4組、あと1人で全員登校なのにな〜」
「こいつか......。1年振りにここに戻ってくるからな。多分転校生扱いされて、先生が来てから紹介されるんだろう」
「あぁ、なるほどね〜。そういうこともあるか」
因みに、「こいつ」とは、春耶の命の恩人である。
その為、こいつと言ってしまった時は冷や汗をかいたが、幸い昴にバレずに済んで少しホッとしている。
「みなさーん、おはようございます!!」
「お、おおお!!?」
昴が素っ頓狂な声を上げる。
「担任は、齋藤か......」
「さ、さささ齋藤って、あの、齋藤?」
「ああ。来てしまった......。齋藤珠恵。
青明学園でも有名な教師であるあの齋藤珠恵が......!! 身長158㎝で超童顔。ろくに手入れなどしていないロングヘア。明るい性格で生徒から絶大な支持を得ているあの齋藤だ」
春耶が言うように、齋藤珠恵は青明学園の生徒から絶大な支持を得ている有名な教師だ。
齋藤珠恵は、一言で言えば美人である。
身長と髪の事を置いておけば、モデルにもなれるであろう可愛らしい顔立ち(童顔)。
明るい性格もマッチして美人という語で修飾するに相応しい人間だ。
多分、あまり髪を手入れしていないのはルックスの裏に隠された幼さを表現するためだろう。こいつ、ロリか!!?と思わせるためだったら座布団1枚くらい献上してやる。
「あれ?舞華さんはお休みですか?」
「ん?」
先生の言葉に疑問を抱く。
「お休みですか? 先生、舞華は来てないんすか?」
転校生的扱いを受けて教室に姿を現し、朝から拍手喝采を浴びるだろうと勝手な想像をしていたが、あっさり外れた。
「来てないですね。ご自宅から欠席の連絡もきてませんよぅ」
「くっ、あのよぅってところがムカつく......」
「まぁまぁ、そういうキャラなんだし、仕方ないじゃん」
「ああ。然し、転校生的扱いを受けないとは意外だな。俺はてっきり拍手喝采を浴びるのかと思っていた」
「春耶、お前の想像は大体当たるからまだ分からな......
その時だった。
「すみませぇぇん!!!遅れましたぁ!!!!!!」
教室のドアが勢いよく開き、1人の女子生徒が立っていた。
「舞華じゃん、おはよう!!」
昴が声をかける。そして、何があったか、クラスの皆が拍手を送る。
なんだ、なんなんだ......
なんだこの世界は......!!!
「いやぁ、皆さんよしてください。遅れてきたのに先生に申し訳ないですよ!!」
「いやいや、いいんですよ。遅れてきても、無事登校してきてくれて先生は嬉しいです」
「ひゃ!!?齋藤じゃん!!!」
「齋藤じゃん......。あいつ、終わったな」
「ん?春耶、なんで?」
展開が予想できないのか、昴が春耶に問う。
「あの先生はだな。生徒から呼び捨てにされるのを極度に嫌う奴なんだよ。ほら、生徒と仲が良いだろう? 打ち解けた生徒がたまに呼び捨てで呼んでしまうことがある」
「それって、黒歴史つうか、コンプレックス?」
「まぁ、該当はするだろうな。さて、舞華は職員室行きだな。お疲れ」
「舞華さん。あとで職員室へ」
「ひやぁぁぁ......」
とんだホームルームの時間となってしまった。
「春耶ぁ、さっきはうるさくてごめんね?」
職員室から解放された舞華が春耶に謝る。
どうやら本気で怒られてきたらしい。目には涙の跡が薄く残っている。
「まったく......1年振りに戻ってきたのにとんだ日だな」
「うぅ......春耶まで」
「ん? 何か変な事言ったか?」
「バリバリ言ったよ!? 今凄いセンチな感情なのに、そんなこと言ってウチのお腹に風穴開ける気!?」
「あ、ああ、すまん! 悪かった」
「いいよー!! 許してあげる〜」
こんなお調子者な舞華だが、この人が春耶の命の恩人である。
その命の恩人の名は、山形舞華
春耶とは小学生の時に出会い、その頃虐められていた春耶を精神的に支えてくれたことで、春耶からは感謝されている。
もちろん明るい性格なので、誰からも好かれやすく、その内人生相談でもされそうな奴である。
明るいけど、オテンバなのがたまにキズ。
よく遅刻することが多く、生徒会から目をつけられている。
「でも、春耶に会えて良かったよ。1年ぶりだもん」
「俺も久し振りに会えて嬉しいよ」
「えへへ。ありがと!! あ、そうだ!! 放課後少し話したいことあるんだけど、いいかな?」
「あぁ、構わないぞ。何か用事あって遅れる時は昼休みにでも言ってくれ。待ってるから」
「うん、ありがとう。じゃあ放課後ね!!」
「あいよ」
......。
......さて、放課後に話があるって、なんだ。
どうせ勉強のことだろう。あいつ、頭悪いし。
それ以外なら一緒に帰ろう、みたいなやつだろ。それなら実際に今言えっつの。
始業式。今日の気温は例年より少し低いため、暖房がつけられた。
そのせいで眠くなってきて、校長の祝辞など耳には入っていない。
昴が言うには、結構ありがたいお話だったそうだが......
放課後、3年生最初の1日の授業を終え、帰りの仕度をする。
3年生にもなると、やはり最初は担当教師の自己紹介とかがメインだから気が楽だ。
先生の趣味や裏話が聞けてちょっとしたリラックスにもなる。
これから勉強モードに移るための段階だったら尚更高ポイント。
これも先生の策略だったら、いいのにな。
定番だから、あまり面白くない。
「さぁ、勉強だ!! といきたいところだが、まずは自己紹介でもしようか」みたいな感じにならないのが少し残念でもある。
裏の裏のかく。野球みたいな展開を春耶は勝手に想像していた。
昼休みに、舞華から委員会の仕事があるから20分くらい待っててと言われたので春耶は教室で舞華を待っている。
春耶以外にも教室に残っている生徒は何人かおり、音楽を聞いたり友達と雑談したりして自分の時間を過ごしている。
「宿題でも済ませちゃうか」
始業式の日でも、青明学園の教師どもは生徒に宿題を課す。
拷問に近き量。数学に社会、理科と、非常に面倒くさい。
大体、始業式の日に宿題を出す学校は少ないんじゃないだろうか?
たとえ進学校であっても、そうそう無いんじゃないかと思う。
宿題に書かれた問題をスラスラと解いていく。
範囲は全て高校2年生の範囲のため、春休みに勉強に専念していた春耶にとっては簡単な問題だった。
20分ではなく、15分程で宿題は終わるも、まだ舞華の所属する委員会の活動は終わっていないみたいだ。
「舞華が来るまで外でも眺めようか」
外は夕日がオレンジ色に染まり、とても綺麗だ。
窓から外を眺めると、運動部が熱心に部活に取り組んでいた。
野球部では、バットがボールを捉え、甲高い音が聞こえる。もっと近くで聞くともうちょっと耳に響くだろう。
「ふぅ、運動部も頑張ってんな」
5分くらい野球部の活動風景を窓から眺め、そろそろ舞華がくる時間なのでカバンを持つ。
すると間もなく舞華がらやってきた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、宿題してたからそんな待ってないぞ」
「ならよかった」
「ああ。んで、話したいことってなんだ?」
春耶は要件を問った。
一緒に帰ろうと言われたら頭を叩いてやろう。
勉強教えてと言われたら、なにすっかな......
またまた勝手な想像をしながら舞華の返答を待つ。
「あの、ね......?」
舞華は少し下を向き、春耶から目を逸らす。
「ああ」
「うちね、春、耶......」
最後の方はよく聞き取れなかった。
口籠っていて、躊躇っているように感じる。
帰ろうと言うのがそんなに恥ずかしいのか。
「春耶が、大好きなの!!」
「......っ!!」
よく見ると、舞華の頬は赤く染まっていた。
夕日のせいかと思ったが、どうやら夕日のせいではないらしい。
人間的な感情から発生した、頬の赤らみ。
春耶は、現実を受け入れられなかった。
なぜなら、舞華が泣いていたから......
10月17日現在。
3時間ほどで第二部まで投稿することができました。
前回の後書きでは少し時間がかかると書いてしまいましたが、なんと前回の後書きを書き終わり、第二部のプロットを立てている途中に舞華のキャラが決まりまして、即書き上げる事ができました。
内容は如何程に...
どのような結果なのかはここまで見て下さった読者の皆様にしか分からないことなんですが、プラスとマイナスの評価を自分なりの観点でつけて頂ければ嬉しいです。
大袈裟に表現しなくてもいいので、率直な意見を聞かせて欲しいですです(・・*)ゞ ポリポリ