EP.2-3
ピリピリとしていた空気が幾分緩和された室内で、リュシアンは頭を捻った。椅子に座ったメルは、好奇心に満ちた目でリュシアンを見上げる。
「うーん、どうしよかな。とりあえず自己紹介から?」
「昨日きいた」
「お互い名前くらいしか言うてなかったやろ。もうちょい詳しいやつ」
「名前じゃないの何言えばいいかわからない」
「んじゃまずおれからかな」
長くなりそうなので、リュシアンも近くにあったベッドに腰を下ろした。
「無難に年齢からいくか。おれは今年で17歳」
「17で騎士なのか?」
「そ、おれこう見えてもエリートやから。あと騎士言うてもおれは師匠と同じで第四王子トラヴィスの近衛師団に属してるから、そこらへんの騎士の奴らとは立場がちょい違う……ってこういうんはメル坊にはちと難しいか」
「それくらいわかる。僕も騎士になりたいから」
「あれ、そうなん?」
「だからせんせいに剣を教えてもらってる。まだはじめたばっかりだけど……いつか紅竜の騎士みたいになりたい」
紅竜の騎士。二年前、東にあるノアール国との争いで活躍したオフェリアの英雄だ。人の身でありながら紅竜を従え、国境にいたノアール軍を瞬く間に一掃し、それまで押されていたオフェリアに有利な停戦条約へと持ち込む決め手になった人物。普段はこの王都で生活しているらしいが、ほとんど外に出ないメルは話したことも、姿を見たこともなかった。
「ふぅん。そんな風に世間に浸透しても、めんどくさいだけやけどなぁ。実際問題、そんなええもんでもないで」
「会ったことあるのか?」
「目の前におるやん」
「え?」
「紅竜の騎士」
「…………うそ」
「王都の奴らは大抵知っとるはずやで。おれしょっちゅうキャロル……その紅竜連れ回しとるしな。ここんとこは用事頼んでるからおらんけど」
「お前、そんなにつよいのか……」
「なん、エリートやって言ったやろ?」
リュシアンは肩を竦めてくすりと笑ってみせる。
「そっか、騎士になるんがメル坊の将来の夢か。それで一生懸命練習して、怪我したんか?」
「けが?」
「その右手」
指摘されてメルは包帯を隠すように、慌ててリュシアンに背を向ける。
「包帯緩んでるで? おれが巻き直したろか?」
「じ、自分でできる!」
「でも片手じゃやりにくいやろうし」
「できるから!」
片手で巻くのは難しいだろうに。案の定苦戦しているメルを眺めながら、リュシアンはため息をついた。
「ん、できたか?」
しばらくして再びリュシアンに向き合ったメルは、これ以上リュシアンの目に包帯が映らないように、右の袖を引っ張った。
(さっきと変わってない……むしろ余計緩なった気ぃするけどな)
一瞬袖からはみ出た包帯を認めたリュシアンには、どちらかというと巻き直したというより、無理やり巻き直そうとして逆に緩んだように見えた。
(腫れてる……?)
リュシアンに袖口を凝視されて、居心地が悪くなったメルは、右手を背中の後ろに回す。
「あんまり、見るな」
「痛いか?」
「ちょっとだけ」
リュシアンは席を立って、メルの座る椅子のすぐ横に膝をついた。
「よし、んじゃメル坊に一つおまじないしたろ」
「おまじない?」
「右手、出してみ?」
「……やだ」
「なんもせんから」
おずおずと出されたメルの右手を、リュシアンは左手で摩る。
「痛いの痛いの飛んでけー!」
そしてその言葉と一緒に、左手を大きく天井へ向かって振り上げた。
「…………」
メルは何も言わず、リュシアンをただぽかんと見つめている。何とも形容し難い微妙な空気が、部屋の中に流れた。
「え、無反応?」
「ふふ、何それ。へんなの」
両手で口元を押さえ、くすくすと笑う。そんな子どもらしい仕草に、リュシアンは少し安堵した。
「まだ痛いか?」
「……ううん、もういたくない」
「ならよかった」
遠慮より好奇心が勝ってきたのか、メルの口数が段々と増えてきた。
「ねぇ、ほんとうに竜族と契約してるの?」
「興味あるん?」
頷くメルに対して、リュシアンは手袋をした左手の甲を、右の人差し指で叩く。
「ここに契約印あるんよ」
「見たい」
「あかんあかん、契約印はむやみに見せるもんちゃうの」
「それじゃあ、お前が本当に紅竜の騎士かわからないじゃないか」
「なーん、おれの言うこと信じてくれんの?」
「そういうわけじゃないけど……」
つまらないといった表情をするメルにリュシアンは苦笑する。
「あの子が力使わん限り契約印は目視できんのよ。だから、今見せてもなーんもないんや」
「もくし?」
「見えへんってゆー意味」
その言葉に納得したのか、メルは次の疑問を口にする。
「じゃあ何で、竜族なんかと契約してるんだ?」
「竜族なんかって……メル坊は竜族嫌いか?」
「……わからない。勉強を教えてくれる人は、竜のこと悪いって言う。でもハロルドせんせいはそんなことないって言ってた」
「人間と同じように、竜にもいい奴と悪い奴がおるからなー いいも悪いも一概には言えんわな」
「リュシアンが契約してる竜はいい竜なの?」
「さあ、どうやろね」
「そんなことじゃ、いつかその竜に食べられるぞ」
「はは、それは困るなあ」
はぐらかすような態度が気に食わないのか、メルはムッと眉を寄せる。
すると、部屋の外からノックの音と共にメイドの声が聞こえてきた。
「失礼致します。リュシアン様にお客様です」




