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無垢の翼  作者: おうか
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EP.1-5

 鐘の音が聴こえる。玄関から誰かが入ってくる気配がして、リュシアンは気怠げに起き上がった。


「何しにきたんや、ヒューイ。エディ達は?」


 チャイムも鳴らさず入ってきたのは、先ほどまで噴水広場に居たヒューイだった。ヒューイは食材の入った袋をテーブルに置いて、呆れたように外を指差す。


「何時だと思ってんだ。あいつらなら晩飯の時間だからってとっくに帰って行ったよ」

「何時?」

「7時。今さっき鐘が鳴ってただろ」

「ふーん」

「それで、お前は家の鍵もかけずにふて寝か?」

「あー……」


 鍵。そういえば閉めた記憶がない。リュシアンは立ち上がり、窓に手を当て、外を見つめる。眠ったつもりはなかったのに、外はもう夕暮れを通り越して真っ暗だった。


「どうしたんだ? 今のお前、騎士学校に入ったばっかの頃と同じ顔してるぞ」


 窓越しに目があった。生まれつき左目が弱視だというヒューイだったが、こういう観察眼はやけに鋭い。


「何かに怯えてるみたいな目をしてる」

「怯えてる、ねぇ……」


 そう指摘されてリュシアンは自分の頬に触れた。


(怯えてる。その通りかもしれない。わたしは怖いんだ。わたしの家族を奪ったルーファスのことが)


 必死に強がってみても、ルーファスの影を見るたび恐怖に駆られ、平常心ではいられなくなる。

 リュシアンはソファに腰掛け、乱暴に頭を掻いた。そして少し躊躇った後、口を開く。


「ルーファスの息子に会ってきた」


 ヒューイはため息を一つついて、リュシアンの隣に座った。


「長男?」

「次男の方」

「それはまた……何でそんなことになったんだよ?」

「知らんわ!」


 吐き捨てるようにリュシアンは言う。そんなもの、むしろこちらが聞きたかった。どうして今さらメルと引き合わせるような真似をしたのか。ハロルドの意図が全く読めない。


「あんな子供……」


 メルのことを思い出すとまた苛ついてきた。手のひらに爪がくい込むくらい強く握り込む。

 ヒューイは荒んでいるリュシアンの頭を、ぽんぽんと叩いた。


「腹減ってるから余計苛立ってるんだろ。飯食え飯。今から作ってやるから落ち着け」

「ほんまに?」


 料理を作ってくれると聞いた途端、リュシアンの声が弾んだ。表情も先ほどまでの沈んだ様子から、目に見えて変わる。


「ったく、現金なやつだな」


 渋々といった感じで台所へ入るヒューイの背中を見ていると、無意識に顔が綻んだ。


「なん、今日はえらい優しいやん?」

「キャロルの居ない時に体調崩されたら、俺がキャロルに燃やされるんだよ」


 そうぼやいたヒューイの後ろを、リュシアンは嬉しそうについて行く。


「まったく、自炊くらい一人でできるようになれ。あと掃除も覚えろ。お前何年一人暮らししてんだ」


 ヒューイは文句を言いながらも、ここに来る途中に購入した玉ねぎを手際よく刻む。そんな様子を居間と台所の境にあるカウンターに肘をついて、リュシアンは眺めていた。


「いいやん、ヒューイおるし」

「俺はお前の召使いか」

「ヒューイ料理好きやろ?」

「好きじゃない。ただ実家で作る機会が多かったから慣れてるだけだ」

「またまたー」


 それから実のない話をいくつかしていると、次第にいい匂いが漂ってきた。


「おれヒューイのご飯好き」

「そうかよ」

「へへ~」


 居間にあるテーブルの上を片付けて、ヒューイお手製のハンバーグを二人で食べる。


「それでルーファスの次男と何話してきたんだ?」

「別に何も。だってあの子供ほとんど喋らんねんもん」


 メルのことを改めて思い出す。空腹がおさまったおかげか、先ほどよりかは落ち着いて考えることができた。


「人の顔色いちいち伺いよるし、おれが急に帰る言うても文句の一つも言わへん」

「エディ達は文句たらたらだったな」

「そんな子供らしない態度が余計気に食わん」

「気に食わないって……そんなの人それぞれだろ。騒がしい奴もいれば、おとなしい奴もいるさ。ルーファスの息子だからって八つ当たりか」

「はっ、そうかもな」


 向かいに座ったリュシアンが自嘲するように笑うので、ヒューイは眉間をおさえる。


「ガキなのはお前の方だな」

「うっせぇ」

「お前は本当にルーファスが絡むと人が変わるよな。頼むから、昔みたいにルーファスの姿を見るなり斬りかかるなんて真似しないでくれよ」

「それは保証できんなぁ」


 リュシアンは手に持ったフォークで皿をカツンと叩いた。


「ルーファスが心底憎いってのは昔から聞いてるから分かるけど、少しは冷静に考えて行動しろ」

「愚直で悪かったな。これでもかなりマシになった方なんや」


 正直、今日の自分の態度は大人げなかった。メルに悪いことをしたな、と思わなくもない。けれど他の子供達変わらないように接するのは、今のリュシアンにはとても難しいことだった。


「とにかく、今日のことは早く忘れるんだな。ルーファスの次男は夜会にもほとんど出て来ないし、自分から行かない限りもう会うこともないだろ」

「……せやな」


 早く忘れてしまおう。ヒューイの言う通り、もう会うことはない。この時リュシアンは、確かにそう思っていた。

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