EP.1-3
ハロルドに連れてこられたのは、貴族街の一角にある屋敷。周りの屋敷に比べると少し小さいが、それでも市民街にあるものよりはずっと大きかった。
その門前に立ったリュシアンは、先ほどまでとは打って変わって静かだ。
「……あー、そういやおれ用事あったん忘れてたわー」
「待ちなさい」
「んぎゃっ」
身をひるがえし逃走を図ろうとしたのだが、ハロルドに首根っこを捕まれてあえなく失敗に終わった。
「いーやーやー! 帰るー!」
「駄々をこねるな。子供は好きだと今さっき言ったばかりじゃないか」
「それとこれとは違ーう! だいたい、師匠はおれがカディック好かんの知ってるやろ!」
「お前が嫌っているのは陛下の側近、ルーファス・カディックだろう。今日会いに来たのはその息子だ」
「どっちも同じじゃボケーッ!」
「リュシアン」
諌めるような強い口調で名前を呼ばれて、リュシアンは固まる。
「立場だけでその人間を判断するのは、お前が一番嫌っていることだろう」
「……分かってるよ。ルーファスとその息子は違うってことくらい」
あの件にルーファスの息子が無関係なことくらい理解している。しかし、だからといって簡単に別物と割り切ってしまえるほど、リュシアンの心は大人ではなかった。
そんな心中を察してか、ハロルドは子供を慰めるかのように、リュシアンの頭を優しく撫でた。
「私はお前のことを、実の孫のように思っている。だからこそ過去には縛られてほしくないんだよ」
「……それでも」
それでもリュシアンはあの出来事を忘れられなかった。今も目を閉じれば鮮明に蘇る光景。両親に触れた指の感覚。兄の声。
どれだけ時が経とうとも、結局は過去に捕らわれたまま、抜け出すことができなかった。
「せんせい!」
門前で話し込んでいると、屋敷の中から子供が顔を出した。
「メル、久しぶりだな。最近はなかなか時間が作れなくてすまなかったな」
「そ、そんな……来てくれるだけでも……うれしい、です」
見た目に釣り合わない殊勝な言葉を述べるこの子供がルーファスの息子、メル・カディックだ。
「せんせい、この人は?」
「これはリュシアン・バレッジ。私のもう一人の弟子だよ」
「メル・カディックです、はじめまして」
少し首を傾げてリュシアンを見上げてくる大きな瞳は、ルーファスと同じ夕焼け色だった。こんな小さな子供に、リュシアンは今まさに心をかき乱されていた。
その姿を捉えたとたんに何がなんだか、自分がどうしたらいいのか分からなくなった。ただ分かるのは、目の前に居るのがルーファスの息子だということ。
(ルーファスの……)
メルの後ろにルーファスの姿が過って、咄嗟に懐のナイフに手が伸びた。
「リュシアン」
ナイフを取ろうとした手を止めたのはハロルドだった。
「兄弟子なんだから、挨拶くらいしなさい」
何事もなかったかのような落ち着いた声。しかしハロルドの手はリュシアンの左手をしっかり抑え込んでいた。
「リュシアン」
もう一度、ゆっくり名前を呼ばれる。リュシアンは大きく息を吐いて、気持ちを整えた。そしてどうにか平静を装って、喉から声を絞り出す。
「初めまして、坊ちゃん。王国騎士団所属のリュシアンと申します」
いつも通りの笑顔を意識して自己紹介をしたのだが、声が強張り口端が引くついているのが自分でも分かった。
「ふっ、顔が引きつっているぞ」
「黙れジジイ」
(誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ)
まるで自分の反応を楽しんでいるようなハロルドを、リュシアンは精一杯の反抗を込めて横目で睨みつけた。




