EP.1-2
春先の貴族街は冬に次いで人が多い。普段閑散としがちな通りも、今日は盛んに馬車が行き交っていた。
「きゃあ、リュシアン様よ」
「昨年末お見かけして以来だわ」
リュシアンは普段の気さくな言動と、人懐こい笑顔からか、女子供から人気があった。いつもなら周りに女性達が集まって来るのだが、ハロルドと一緒にいると気を遣って遠巻きから眺めているだけになる。
ハロルドはオフェリアでも名声高い騎士だった。かつてこの国を危機に陥れたノアールとの戦争での活躍をはじめ、その数々の功績は騎士団の中でも一際輝いていた。今はトラヴィス王子の身辺を守る親衛隊の隊長として、戦場の第一線からは退いているものの、まだまだその威光は衰えることを知らない。
(うちの隊長のことは世間に疎いお嬢様方も、さすがに知ってるみたいやな)
木陰からこちらを見ていた女性二人にリュシアンは笑って手を振ると、嬉しそうな声が返って来た。
「いやあ、モテる男は辛いねぇ」
女性達の反応に、ちょっとした優越感に浸る。
「おーい、リュシアーン!」
しかし、そんな気分をブチ破る大きな声がした。
「エディ……お前はほんま空気の読めん奴やな……」
駆け寄って来たのは、リュシアンと同じ市民街に住んでいる少年、エディだった。
「しかもまたそんな泥だらけになって」
頬についた泥を拭ってやる。
市民街ならまだしも、煌びやかな衣装を身に纏った人物の多いこの貴族街では、全身泥にまみれたエディの服装はかなり浮いていた。
そんなエディはリュシアンの小言を無視してハロルドに向き直る。
「こんにちは、ハロルド様!」
「おれには挨拶なしか」
「ああ、こんにちは。お父上は元気にしているか?」
「うん、元気! ハロルド様のおかげだよ!」
「おい、おれも助けたやろうが」
エディの父親は一週間前、荷車を狙った野党に襲われた。それをたまたま通りかかったハロルドとリュシアンが救ったのだ。
「それはよかったな」
「うん!」
「ええい、人の話を聞けぇい!!」
「リュシアンうるさい」
エディに冷めた声で一蹴されてしまった。そこまではっきり言われるとヘコむ。
「くっ……ま、まあええわ。それよりこんなとこで何しとんねん」
「何っていつもの探検。あっちに弟達も居るよ!」
今年で7つになるエディは好奇心旺盛で、探検と称してしょっちゅう貴族街にやってきていた。それはリュシアンも承知していて、いつもなら「ほどほどにしておけ」と笑って注意するだけで終わるのだが、今日はそうはいかない。
「今は貴族街に入ったらあかんってお母さんに言われへんかったんか?」
「んー、母さんは一年中言ってるから」
そんな話をしていると、ひそひそと囁く声が聞こえてきた。
「あんな汚らしい服を着てリュシアン様に近づくなんて……」
「嫌だわ。どうして市民街の子供がこんな所に」
「リュシアン様も、どうしていつまでも市民街にいらっしゃるのかしら」
こういった空気が嫌だから市民街に居付いているのだが。どうやら木陰にいるお嬢様方にはそれが理解できないらしい。リュシアンは内心呆れた。
しかしそれを気にしていても仕方がないので、リュシアンはエディの背まで屈んで視線を合わせる。
「今は貴族院が議会開く時期なんよ」
「それが何なのさ?」
「普段地方におる貴族達が王都に集まるってことや」
「うわあ……」
状況を把握したのか、エディの顔が苦々しく歪んだ。
日頃から一般市民と貴族達の関係は良好とは言い難いのだが、毎年この時期は貴族の人口が増えることで特に険悪になるのだ。
「だから今日は人が多かったのかぁ」
「せやでー 揉め事になる前にみんな連れてはよ帰り。お母さんも心配するで」
「えー、でも……」
つまらない、とエディの顔には書いてあった。
「遊ぶ場所なら市民街にもあるやろ?」
「じゃあリュシアンが遊んでよ! リュシアンが遊んでくれるなら市民街に帰る」
「ああ?」
「だってリュシアンいないと遊んでてもつまんないんだもん!」
エディはリュシアンがイエスと言うまでここを動く気がないようだ。
「あーもう、分かった分かった。用事終わったら行くから待っとれ」
「ほんと? 約束だからね!」
「はいはい」
ひらひらと手を振ってエディを見送る。
「相変わらず、子供達には慕われているようだな」
「しょっちゅう遊んどるからなー おれ子供好きやし」
「ほう、それは楽しみだ」
何やら意味深なことを言われてしまった。リュシアンは頭を捻る。ハロルドはいったいどこへ行くつもりなのだろうか。




