EP.3-8
鍛錬場の真ん中に作られた舞台で剣を握るリュシアンの姿は、いつになく眩しく見えた。
「勝者リュシアン!」
審判員のその声に会場中が湧く。
華やかな嬌声の間から聞こえる憎々しげに吐かれた言葉。憧れ、尊敬、羨望、侮蔑、畏怖の入り混ざった眼差し。いくら国を救った英雄だと讃えられようが、現実はこの程度だ。竜族という自分たちの理解が及ばない力を持ったリュシアンの存在は、一部の者たちには許し難いものなのだろう。そんな観衆たちの情動の前に晒されたリュシアンだったが特別周章することもなく、口元に笑みを浮かべて舞台上で手を振った。
良くも悪くも人を惹きつけるリュシアンは、やはり人の上に立つ器なのだとヒューイは思った。先日リュシアンに喧嘩を売り、たった今一蹴された従騎士の妬みの気持ちも、この光景を見ると致し方ないものなのかもしれない。
遠くから眺めているとリュシアンが至極まともな人間に見えて、本来の人物像を知るヒューイにはそれが何だか面白かった。
いまだ興奮冷めやらぬ観衆をよそに、舞台を降りたリュシアンは脇目も振らず、鍛錬場の隅にいたヒューイの元へやってきた。
「おめでとう」
「大口叩いてたくせに、肩透かしもいいとこやったわ」
舞台上での態度とは打って変わって憮然と言い放つ。
「そう言ってやるなよ」
「む、ヒューイは向こうの肩持つんか?」
「そうじゃないけど、あいつらの気持ちも分からなくはない」
「ふーん。おれはあいつら嫌い」
口を尖らせる仕草が妙に子どもっぽくて、ヒューイは苦笑する。
「俺もあいつらのことは気に食わないと思ってるよ」
「気持ちは分かるのに?」
「理解できても共感できるとは限らないだろ。それに誰だって親友を馬鹿にされたら腹が立つもんだ」
腹が立ってなかったら、もう少し上手く立ち回ったとヒューイはリュシアンより前に行われた自分の手合わせを振り返る。相手は図ったかのように、先ほどリュシアンにやられた従騎士と連んでいた男だった。試合は巧みな駆け引きと剣技の応酬の結果ギリギリのところで勝利を収めるという、なんとも見応えのあるもので観衆の注目を集めた。現状リュシアンの試合の次に盛り上がった試合だろう。普段目立つことを好まないヒューイにとってその状況は非常に肩身が狭かった。
「ヒューイって自分のことでは怒らんよな。どっちかっていうとおれよりヒューイの方が酷いこと言われてたと思うんやけど?」
「別に怒らないわけじゃない。ただ今回に限っては事実だしな。俺はお前のオマケで今の場所にいるだけだ。実力が伴ってるわけじゃない」
「うわ、卑屈!」
「客観的に見てるだけだ。立ち場のわりに実力不足は否めない。でもこうやってリュシアンの隣にいれるのは俺くらいだろ? そういう意味で今の場所は俺に相応しいと思ってるし、他の奴にここを譲る気はない」
ヒューイはリュシアンの腕を引き、その頬に手を寄せた。こんな風に触れられるのは、剣術大会に出ている中では自分だけ。そしてそれはこれから先も変わらないという自信があった。
「これは俺の慢心だと思うか?」
「思い上がりもいいとこ……と言いたいところやけど、その通りかもな。おれにとってヒューイの代わりはおらんし」
「そりゃよかった。お前は俺の目なんだから、勝手にいなくなられると困る」
「はは、騎士の誓いか。そんな昔のことまだ覚えてたん。今のヒューイなら、おれなしでも十分やれるやろうに」
「リュシアンが俺の目になる代わりに、リュシアンに足りないものは俺が補う。あの日、そう誓っただろ?」
「せやったな。でもおれに足りんもんなんか、あると思うん?」
リュシアンが悪戯っぽく目を細める。
「沢山あるだろ。お前は危なっかしすぎて目が離せない」
学生時代からの付き合いでリュシアンの危うさは嫌という程見てきた。破天荒なくせに誰よりも臆病で、強いくせにどこか脆い。それは英雄と謳われるようになった今でも変わらなかった。
「騎士の誓い言うても、あれはまだ学生の時やったし無理して守るもんでもないんやで?」
従騎士ですらなかった頃の誓いなんてままごとのようなもの。ただの真似事、偽物の誓いにはなんの拘束力もない。リュシアンの言う通り、他を犠牲にしてまで固執するようなものでもないのだ。
「本当の騎士の誓いじゃなくても、俺は本気だったんだよ。まあ、お前が反故にしたいって言うなら仕方ないが」
「なかったことにしたいわけじゃない。けど……」
リュシアンは珍しく口籠り、ばつが悪そうに視線をそらす。
「その、ヒューイがおれのせいで悪く言われるのは……いやや」
「言いたい奴には言わせとけ。俺は気にしない」
ヒューイに頭を撫でられて、リュシアンは納得いかないといった表情ながらも小さく頷いた。
「なあ、ヒューイ」
数試合眺めた後、リュシアンは舞台を見つめたままぽつりと呟く。
「騎士の誓い、おれだって本気やったよ」
「ああ、わかってるよ」
試合が終わり次の準備が整うと、審判からヒューイの名が呼ばれた。
「行ってら〜」
ひらひらと手を振りヒューイを見送るつもりだったのだが続けて自分の名も会場に響き、リュシアンは目をぱちくりさせる。
「なん、次お前とか」
「早くないか、当たるの……」
できることならリュシアンと当たる前に負けたかったのに。
「ふふっ」
絶望するヒューイとは対照的に、リュシアンは愉快だと言わんばかりの声で笑う。
「つ・ぶ・す」
恋人に向けるかのような甘い声音で、この上なく物騒な言葉を紡ぐ。
「せいぜい左側からの攻撃に注意することやな」
「おい、騎士の誓いはどこ行った?」
「それはそれ、これはこれ。それに手ェ抜くんは親友に失礼やろ?」
物は言いようだと思った。全く勝てる気がしない。そんなことを考えるヒューイをよそに、リュシアンは上機嫌で舞台に上がる。
「ほら、ヒューイ。はよ来い」
くるりと振り返ると、ヒューイに手を差し伸べた。ヒューイは諦めたようにため息をつきその手をとる。
「……お手柔らかに」




