EP.3-6
城内の中庭に面した二階の開けた廊下。リュシアンはそこから、中庭にいる人物を見下ろしていた。
(全ッ然似てへんよなあ……兄弟やのに)
中庭にはメルの兄であるエドガーがいた。リュシアンはエドガーが苦手だった。
(メル坊が母親似なら、あいつは父親似やな)
物腰柔らかだが腹の中で何を考えているのか読めないその態度は、リュシアンの仇であるルーファスを嫌でも思い出させた。立場上幾度か会話を交わしたことはあるが、今後もできることなら関わりたくはないものだ。
「リュシアン、何してんだ?」
やってきたヒューイに、リュシアンは無言で中庭を指差す。その先を目で追ったヒューイは苦笑いを浮かべた。
「楽しいか?」
「いや、全く」
そう口で言うものの、リュシアンの視線はエドガーから離れない。
(気にしてるのはルーファスの息子だからなのか、メルの兄貴だからなのか……)
考えるまでもなく後者なのだろう。メルに会うまで、エドガーには見向きもしなかったのだから。キャロルには復讐の気持ちは変わらないと強く言ってはいたが、何か思うところでもできたのだろうか。
そんなことを考えながら辺りを見回していると、自分が歩いてきた方角からルーファスが護衛の騎士達を引き連れ、こちらにやって来るのが見えた。
(……最悪だ)
王の側に控え謁見室から滅多に出てこない男に、こんなところで鉢合わせるとはついてない。リュシアンはまだ気づいてはいないようだが、このままでは十数秒後には相対することになるだろう。さり気なくリュシアンを誘導してこの場を離れようにも、生憎ルーファスがいる方向と反対側に続く廊下は数歩進むだけで行き止まりだ。
「ヒューイ?」
「もっとこっち来い」
リュシアンの腰に手を回し抱き寄せ、柱の影に隠れた。
「エドガー」
ルーファスの声を聞いて、リュシアンの身体が強張る。
「落ち着け。足が付くのは困るだろ?」
ヒューイが耳元で囁く。5年前にリュシアンが復讐を実行しようとした時は、ハロルドが側にいたので上手くその場を収めてくれた。しかし今回はそれにも期待はできない。ヒューイ一人では到底止められないこの状況では、どうにか本人に思い止まってもらうしかなかった。
リュシアンは俯いたまま、返事の代わりにヒューイの腕を強く握り締めた。幸いこの場で復讐を実行に移す程、冷静さをなくしてはいないようだ。
(大丈夫……でもなさそうだな)
一瞬見えたリュシアンの瞳はいつになく鋭かった。メルとの交流で復讐への気持ちも少しは揺らいだかと思っていたのだが、そんなことはないらしい。ヒューイはこれ以上ルーファスがこちらに近づいて、リュシアンの気持ちを煽らないようにとただ祈った。
「これから城下に視察へ行くから、君も一緒に来なさい」
「はい、すぐに向かいます」
エドガーの返事を聞くと、ルーファスと護衛の騎士達は踵を返す。こちらに向かってこなかったことに、ヒューイは安堵のため息をついた。
「行ったか……」
ルーファスが立ち去ったのを確認して、ヒューイはリュシアンを解放する。
「突然悪かったな」
「何が?」
「触られるの、嫌いだろ?」
女性に触られるならまだしも厳つい男は論外だ、というのがリュシアンの日頃からの主張だった。
「はは、せやなあ。騎士ん中でおれに触ってもぶっ飛ばされんのは、師匠除けばヒューイだけかもな」
リュシアンは茶化すように笑うが、普段より目に見えて元気がない。
「そりゃ光栄だ」
ヒューイは慰めるように、リュシアンの頭を撫でた。
「そういやお前、最近煙草臭くなくなったな」
「そ? まぁ確かに、ここんとこ吸う回数は減ったかも」
「いいんじゃないか、健康的で。その方がハロルド隊長も喜ぶだろ……って、うお! 熱ッ!!」
突然左の袖に火がついてヒューイは慌てた。後ろから冷めた声が響く。
「距離が近い」
「キャロル、消しなさい」
「……仕方ないね」
リュシアンにたしなめられ、キャロルは残念そうに手を一振りする。すると、勢いを増す一方だった炎が、バケツいっぱいの水をかけられたかのように鎮火した。焼け焦げた袖が廊下に落ちる。リュシアンはヒューイの腕に触れた。
「派手に燃えた割には平気そうやな……キャロル、ヒューイには程々にしとけて言うてあったやろ」
「分かってる。だからはじめから、服しか燃やすつもはなかったよ」
「ならよし」
「よくねえよ」
「まぁリュシアンが止めなかったら、袖だけじゃ済まさなかったけどね」
「…………」
ヒューイの場合リュシアン触れると、本人に殴られることはなくてもキャロルに消し炭にされるらしい。




