EP.3-3
城内の一角に、騎士たちの鍛錬場があった。この場所は日々の鍛錬はもちろん、御前試合や剣術大会にも使われているので、周囲を高い塀や客席で円状に囲まれ、闘技場のような作りになっている。
「化けもんがいるな……」
シンクは客席に足を踏み入れるなり、そう呟いた。
「それってボクのこと?」
客席の最前列に座って、鍛錬場を眺めていたキャロルはくるりと振り返ると、竜族特有の金色の瞳でシンクを見遣る。
「それとも、あれのこと?」
「今回に限って言えば、あっちの方かな」
シンクは鼻で笑うと、金属音が絶え間なく鳴り響く鍛錬場の中心に目を落とした。ちょうど昼時なのもあって、鍛錬しているのはシンクもよく知る二人、リュシアンとヒューイだけだった。
「あれって新手のイジメか何か?」
「あの二人がやると、いつもあんな感じだよ」
マジかよ、とシンクが乾いた笑いを見せる。
鍛錬場ではリュシアンが打ち込む剣を、ヒューイが間一髪の所で槍を使い守るというのを繰り返していた。これでは攻防戦も何もあったもんじゃない。あまりに一方的で、ヒューイが哀れに見えてくる。
「……意外と持つもんだな」
「慣れてるからね。おかげで大して強くないのに、防御だけは上手いよ、ヒューイは」
「それって、褒めてるの?」
すぐに決着がつくのだろうと思っていたが、意外とヒューイが持ち堪えている。
戦闘に特化していないシンクはもちろん、腕に覚えのある騎士でも、リュシアンのあの攻撃はそう長く防ぎきれないだろう。しかしヒューイはあろうことか、リュシアンの剣撃をいなしながら会話まで交わす余裕があるようだ。
「それにしてもお前、いくらその場に居合わせたからって! 少しは衛兵隊のことも立ててやれよッ!」
「だってあいつら、上の指示がないと行動できんとか言うねんもん! 犯人錯乱してるわ人質取られてるわで一刻を争う状態やのにッ!」
左目が弱視なヒューイの死角から思い切り大剣を叩きつけると、僅かにヒューイがバランスを崩す。
「呑気にあそこの隊長来るまで待ってられへんやろ!」
その隙をリュシアンが見逃すわけもなく、すばやくヒューイの足を払った。後に倒れかけたヒューイは咄嗟に槍を手放し、後方回転で受身を取ると同時にリュシアンから距離をあける。
「あっぶね……」
先ほどまで自分がいた場所には、リュシアンの大剣が突き刺さっていた。ヒューイは大きく息をつき、降参だと言葉を漏らす。
「なん、降参早ない?」
「これ以上は勘弁してくれ」
ヒューイは立ち上がると、地面に転がった槍を拾う。
「とにかく、不満はあるかもしれないけどな。お前といいシンクさんといい、最近衛兵隊の不興を買いすぎだ」
「それと一緒にされるのは心外だな」
シンクが客席から飛び降りて、リュシアンとヒューイの元へ歩いてきた。それ扱いされたリュシアンは不機嫌そうに眉をひそめる。
「なんやねんシンク。お前が鍛錬場に来るなんて、どういう風の吹き回しや?」
「アンタに比べたら、俺はここに来てる方だと思うけどな」
「そうですね、リュシアンよりよっぽどお見かけします」
「むー、そんなことより! お前、何の用やねん!」
二対一で分が悪いと感じたのか、リュシアンは無理やり話題を逸らした。
「昨日アンタが助けた女性、アンタ以外の騎士とは話したくないんだってさ。だから至急、その女性の家へ向かうように」
「その女性から昨日捕らえた男の詳しい話を聴くために、こいつがいるってことですか」
「ふーん。どうせ、厳つい野郎が高圧的な話し方でもしたんちゃうの? 女の子には優しくせな。ただでさえあの子は昨日暴漢に人質に取られたんやから、その辺特に気い使ったらなあかんのに」
「それには同感だ」
リュシアンの言葉にシンクが同意する。その言い分はフェミニストの二人らしいなと、ヒューイは思った。
「俺は確かに伝えたからな。後になって聞いてないだなんて馬鹿なこと言うなよ、先輩?」
「うっざ! はいはい、今すぐ行けばいいんやろ!」
意見が合致したからと言って仲がいいとは限らない。
リュシアンはそう吐き捨てると、腹立たしそうに鍛錬場を出て行ってしまった。
「……わざわざ挑発するような言い方しなくても」
「ああいう奴、嫌いなんだよ。同属嫌悪ってやつかな」
「自覚あったんですか」
「アイツも気に食わないけどな、ヒューイ」
一旦言葉を切り、シンクは視線をリュシアンの去った方向からヒューイへと移す。
「俺はテメェの方が嫌いだよ。それこそ、リュシアンが霞むくらいには」
「……俺、シンクさんの気に障るようなこと、何かしましたっけ?」
「強いてあげるなら、その顔かな」
「そんな理不尽な……」
「その底の知れない目を見ているだけで頭にくる」
軽い口調で言っているが、冗談でないのはシンクの表情から察することができた。密偵のような任務が多く割り振られるシンクは、同隊の誰よりも用心深い。調和を重視し、自らの意見を隠しがちなヒューイとは、根本的に相性が悪いのだろう。
明確な敵意を向けられたヒューイは、対応に困窮する。
「まぁいい。俺だって任務はスムーズにこなしたいからな。これ以上、仲が拗れるようなことは言わないさ」
「もう十分拗れてる気がしますけどね」
「そう言うなよ。今回はアンタと組めっていうトラヴィス殿下直々のお達しなんだ」
「俺とシンクさんが?」
トラヴィスの思いがけない命令に、ヒューイは目を見張る。シンク一人で手が足りない任務の場合、いつもならリュシアンがその加勢を任されていたはずだ。
「そう。今回の任務は、昨今この王都にも出没しているという奴隷商の情報収集」
「あー……」
内容を聞いて、ヒューイは納得したような声を上げる。
「ったく、殿下もリュシアンに対して過保護もいいとこだ。アイツの前でこの話はするなって念押しに言うんだからな」
「いろいろ事情があるんですよ」
「らしいな。そんなこと、俺の知ったことじゃないけどね」
「それで、俺は何をすれば?」
「現状は何も。リュシアンの件もあるし、アイツに気取られない様にしてれば、それでいい。手を借りる必要があれば、追って指示する」
「それじゃ組む意味なくないですか?」
「俺は単独行動が好きなんだよ。アンタの情報収集能力なんて、はなから期待してないしな。……ただその奴隷商共、隠れるのが随分上手いらしくてな。長期戦になる可能性もなくはない。頼むから、足を引っ張らないでくれよ」
「……善処します」




