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無垢の翼  作者: おうか
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EP.2-8

 城の隅にしゃがみ込み、隠れて煙草を吸っていたリュシアンは、人の気配を感じて背後にあった窓を振り返った。


「久しぶり」

「アイリ! そっか、今日王都に来る日やったか」


 昨日のことを考えていて、今日の予定を完全に失念していた。リュシアンは慌てて煙草の火を消す。


「迎えに行かんでごめんなぁ」

「別に毎回王都の入り口まで来てくれなくても大丈夫よ? そんなことより、随分面白いことに悩んでるね」

「……分かるか?」

「わたしには全部お見通し」

「はは、アイリには敵わんなー」


 リュシアンは降参だという風に両手を上げる。

 出会った頃からいつも、アイリーンには自分が何を考えているのか言い当てられてきた。アイリーン曰く、生まれつき他人の心が読めるらしい。それが本当かどうかアイリーンを知る人物はみな計りかねていたが、少なくともリュシアンは真実だと思っていた。だから、アイリーンの前で隠し事をするなど無駄だと言わんばかりに、自分が今悩んでいること全てを曝け出す。


「そう。しばらく会わない間に随分捻くれたのね」

「捻くれたって……」


 思いがけない返答に、リュシアンは意味がわからず眉をひそめた。


「大人になったのねってこと。今までのあなたなら、こんなこと悩むまでもなく即決してたもの。それができないのは、周囲の人間や不確定な未来に惑わされてるから」

「惑わされるのが大人になったってことなんか?」


 どちらかというと、惑わされなくて自分の信念を貫き通している方が大人だと思うのだが。

 そんなリュシアンの考えを察したように、アイリーンは間を置かずに話し出す。


「あなたが思っているより、大人って完璧じゃないのよ。自分が本当にしたいことを分かってる大人なんて極一部。大人は建前に捉われすぎてるのよ。子供の方がよっぽど物事の本質を分かっていたりするわ」

「……アイリっておれより年下よな?」

「人間の内面を嫌という程見てきたもの」


 十代半ばの女子とは思えない発言も、物心ついた頃から他人の心を見てきた経験から来るらしい。駆け引きと言う名の大人の醜い部分もさぞ見てきたのだろう。アイリーンの言葉の端には呆れているような色が混じっていた。


「話が逸れたわ、戻しましょ。確かに、あなたは今二つのことを考えてる。でも片方は建前だけのもの。あなたが本当にしたいことじゃない。だってその二つの気持ちの強さは全然違うもの。気持ちがせめぎ合って悩む以前の問題。その子に関わらない方がいいっていう考えはふわふわしてて、今にも消えちゃいそうなのに、心配だっていう考えははっきり聞こえてきて、煩いくらいなんだから」


 アイリーンにはそんな風に聞こえているのかとリュシアンは驚いた。そして同時に言葉にされることで、自分の心がすとんと落ち着いたのを自覚した。


「悩むまでもなく答えは出てると思うけど」

「……アイリ、ちょっとおれ」

「いってらっしゃい」


 リュシアンが全て言い切る前に、アイリーンは言葉を被せる。


「その子のところへ行くんでしょ?」

「言うまでもなくバレバレかー さっすがアイリ」

「『やっぱりアイリはすごい』?」

「正解!」


 考えたことをそのまま口にされて、リュシアンはからからと笑った。


「わたし、心を読まれてるのに嫌みもなく、そうやって素直に感心してくれるあなたが好きよ」

「そうか? おれもアイリのこと好きやで」

「後それ、他の女の子にも言ってるみたいだけど、程々にね。でないと、そのうち本気にしてしまう子が出てきてしまうわ」

「う……き、気をつけます」


 自分の中で思い当たることがあるのか、リュシアンは後ろめたそうに頭を下げる。


「でも、アイリのことはほんまに好きやで? 他の子にも、全く思ってないことを言ってるわけとちゃうし……」

「それでも、本気で愛してるわけじゃないでしょ? わたしは友人としての好きだって分かってるからいいけど、他の子がみんなあなたの意図した意味として、その言葉を聞いているとは限らないわ。だから、あまり勘違いさせるような言動をとるのは可哀想よ」

「はい、勉強になります」


 神妙な顔つきで頷くリュシアンが何だかおかしくて、アイリーンは微笑んだ。


「これ、いつものよ。今回は少し多めに」


 アイリーンは鞄の中から掌に乗るほどの小さめの袋を取り出し、リュシアンに渡した。紐を解いて中を見ると、色とりどりの石が詰まっていた。


「いつも悪いな。この魔石のおかげで、おれでも魔術使えるからほんま助かるわ」

「そう言う割には、家事とかの私生活にしか使ってないみたいだけど。せっかく非売品のいい魔石なのに」

「日常生活が便利になるんは、ええことやろ? 魔物の相手とかは剣で十分やしな」

「あなたの実力なら、確かにそうかもね。魔石あげるんだから、また実験にも付き合ってね」


 先ほど貰った魔石は、アイリーンが作ったものだ。魔石以外にも様々なものを研究も兼ねて作っている。作るものは魔術系から何だか分からない鉄の塊まで多岐に渡った。それらの研究はこの国の立派な財産となっていて、今日のように王都へ研究成果を報告に来ているのだ。


「せやな、考えとくわ」

「それじゃ、わたしもう帰るから。トラヴィス君との話も終わったし、王都には長居したくないから」


 心が読めるアイリーンにとって、人口の多い王都はあまり好ましくない場所らしい。


「遠い所からわざわざご苦労さん。家まで送ってこか?」

「そんなことしてたら、今日中に会いに行けないわ」

「それもそうでした……」

「わたしは平気。出かける前にアリスちゃんから魔除けの水を貰ったから」


 アイリーンは透明な水の入った小瓶を振ってみせる。


「相変わらず、姉妹仲は良さそうやな」

「ええ」

「でも念のためキャロルに送ってかすわ」

「心配性ね」

「女性には優しくするのが、おれの主義やの! かける言葉はこれから気いつけるようにするけど、これだけは譲れん」

「ふふ、あなたらしいわね。ありがと、あなたも頑張ってね」

「おう、気いつけて帰りや」

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