EP.2-5
翌日。ハロルドのいる執務室に、リュシアンの姿は見当たらなかった。
「リュシアンはどうした?」
「城内にはいないみたいですよ」
ヒューイは一通り城内を見回った際、他の騎士に話を訊いたが、誰もリュシアンを見ていないとのことだった。
「おそらくカディックの別邸に行っているのでしょう。あいつ昨日、メルという子供の怪我を随分気にかけていましたから」
リュシアンは相手が女子供だと情に厚いというか、絆されやすい。今回は相手が相手だけに深入りはしないのかとヒューイは考えていたが、結局リュシアンはメルの現状を見過ごせなかったようだ。
「そうか」
「思い通りに進んで、嬉しそうですね」
弟子の性格を把握しきっているハロルドにとっては、きっとリュシアンの行動は想定内なのだろう。
「そうだな。今のところ順調だ」
***
リュシアンはヒューイの予想通り、カディック別邸にいた。庭の陰に潜んだリュシアンは気付かれないように、屋敷の中の様子を探る。
「はぁ……おれ、何してんねやろ」
これでは何のために「また来る」という明言を避けたのか分からない。
(でもこのまま放っとくのも寝覚め悪いしなぁ……)
そんなことを考えていると、女性の怒鳴り声が聞こえ、リュシアンは顔を上げた。音を立てないように、だが急いで声のした元へと向かう。どうやら声は、メルの部屋とは対極の位置にある部屋から聞こえたようだ。草陰から覗くと、開いた窓からメルの姿が見えた。メルの向かいにいる女性が怒鳴り声を上げた張本人らしい。
(あれがメル坊の母親なんやろな……顔、めっちゃ似てるし)
二児の母とは思えないくらい、可愛らしい顔立ちの女性だった。だがその表情は険しく、今にもメルに手を上げそうな雰囲気だ。
「どうしてそんなこともできないの! 貴方のお兄様はもっと優秀だったわ!! 貴方がそんなだから、ルーファス様はこちらの屋敷には来てくださらないのよ!」
「ご、ごめんなさ……」
「本当に役に立たない子ね!!」
苛立ちを抑えきれずメルの母親は、我が子を思いきり後ろへ突き飛ばした。メルの身体は、背後にあった棚に勢いよくぶつかる。
「不味い……!」
ガシャンとメルの頭上で何かの割れる音がした。しかし真上で音がしたにも関わらず、一向に物が落ちてくる気配はない。メルは恐る恐る閉じたままだった目を開ける。メルの目の前にあったのは、庇うように自分に覆いかぶさるリュシアンの姿だった。
「あっぶねー……ギリギリセーフか」
「リュシアン……?」
メルと視線がかち合い、リュシアンはメルの頭を撫でた。後先考えず咄嗟に飛び出したおかげで、どうにか間に合ったらしい。二人の周りには、棚から落下した陶器製の置物の破片が散らばっていた。
「何なんですか、貴方は!?」
「いやぁ、何と言いますか……この可愛らしいお坊ちゃんのお友達、みたいな?」
「リュシアン、血が……」
リュシアンは頬に伝ってきた血を拭うと立ち上がり、メルを庇うようにメルの母親と対峙した。こうなってしまったら、今さら引き下がるわけにはいかない。
「よそ様ん家の事情に口出すんもあれなんで黙っとこうかなーと思ってたけど、さすがにこれはやり過ぎとちゃいますか?」
「あ、貴方には関係のないことでしょう! 子供の躾に口を出さないで!」
「そーんな怒ってばっかやと、せっかくの美人が台無しですよ?」
あくまで軽い口調のまま、リュシアンはくすりと笑みを浮かべる。
「少し私とお話しませんか、カディック夫人」
***
「今頃、絶対何か問題起こしてますよ」
リュシアンが三日も続けてカディック邸に通って、何もないわけがない。ハロルド程リュシアンの言動を熟知しているわけではないが、これまでの経験からヒューイは断言できた。
「それは楽しみだ」
「勘弁して下さいよ。リュシアンに万が一の事があったら俺、キャロルに何されるか分からないんですから……」
仇の息子と親密になるだけでもまずいのに、もし虐待関連に首を突っ込んで怪我でもしようものならと、考えただけで背筋が凍る。
「そんなに心配なら、様子を見てくるといい」
「……そうします」
(もしかして俺が向かうのも、この人の計算内なだろうのか)
自分の行動すらハロルドの思惑通りだというのなら癪だが、キャロルのことがあり拒否するわけにもいかないので、ヒューイは提案通り、カディック別邸へと向かった。




