EP.2-4
「おれに?」
「入れ」
メルが慣れた口調で指示すると、ガチャリと扉が開いた。
「よお、邪魔して悪いな」
「お前なんでここにおんねん! 師匠との用事は?」
今朝方自分を見捨てたヒューイが今さら何しにきたのかと、リュシアンは忌々しげに睨みつける。
「あんなもの、ハロルド隊長の嘘に決まってるだろ」
「あんのくそジジイ……」
「だれ?」
メルがヒューイを見上げて首を傾げる。
「ああ、これおれの同僚のヒューイ。それで、おれに何か用?」
「トラヴィス王子から呼び出しだ」
「えー、トラヴィスぅ?」
あからさまに嫌そうな声を上げると、ヒューイはリュシアンの頭を軽く叩いた。
「文句を言うな」
「あいつ口うるさいんよなあ」
「お前の喧しさに比べれば、なんてことないだろ」
「お前はトラヴィスに怒られたことないから知らんのや! いつもくどくど説教ばっかり……」
「遅くなれば余計に説教されるぞ?」
それはマズい。夕刻に差し掛かった今から説教でも始められたら、帰宅できるのは日付を跨ぐ可能性もある。
「はあ……しゃーない、行くか」
立ち上がったリュシアンの右手をメルは遠慮がちに引いた。
「帰るの?」
「気は進まんけど、呼び出されたら行かざるをえんわな」
「ま、また来てくれる?」
さっきまでの小生意気な態度はどこに行ったのか。寂しげな瞳でメルはそう訪ねる。
「…………」
「おい、リュシアン」
「あ、ああ……じゃあな」
メルの言葉に答えないまま、リュシアンはヒューイと共に部屋を出て行った。
***
「頷いてやるくらいすればよかったのに。あの子供、今にも泣きそうだったぞ」
それに対する応えはない。
リュシアンは屋敷を出てからずっと腕を組んだまま人の話も聞かずに唸っていた。少し後ろを歩いているヒューイには、リュシアンがどんな表情をしているのか見えないが、どうせ眉間に皺を寄せて小難しそうな顔をしているんだろうなと思った。
「……なぁ、ヒューイ」
「どうした?」
急に立ち止まったリュシアンの顔はヒューイの想像通りのものだった。
「ろくに外に遊びにも行かん子供が身体のあちこち怪我してるんって何でやと思う?」
リュシアンが直接目にしたのは右手だけだったが、メルの動きには他の箇所を庇うような動作もあった。具体的には左の腕と脇腹、後は右足といったあたりが特に怪しい。
「……決めつけるのはよくないが、同じ家に住む誰かに折檻されてる、とか」
「やっぱそういう発想になるよなぁ……」
ため息まじりにそう言うと、リュシアンは再びうーん、と唸りだした。納得いかないのか、それとも心配でもしているんだろうか。
「ま、お前みたいに家族全員仲良しこよしの中で育つ奴ばっかじゃないってことだよ」
***
一人残されたメルはリュシアンたちが出て行った扉を見つめ、立ち尽くしていた。
「あ」
右手に巻いていた包帯がするりと解け、床に落ちる。
「…………」
リュシアンがしてくれたおまじない。あんなことをされたのは初めてだった。あんなの効くわけないと思っていたのに、リュシアンと話していると不思議と痛くなくなった。
メルは包帯を拾い上げ、腫れた自分の手の甲に触れた。
「……いたい」
怪我のせいじゃない。ただリュシアンがもう来ないのかと、もうあんな風に話してもらえないのかと思ったら、怪我なんかよりも胸の方が痛くなった。




