もしも女子中学生がぶっ飛んだ架空戦国時代にトリップしたら。2
ぶっ飛んだ戦国時代によくあるトリップなんてものをして早四か月、ただ今私は最大のピンチに直面しております。
「さつき……お前、肥えたな」
真澄ちゃんのその言葉に、私はただ涙目になりながら俯くしかありませんでした。
確かに、真澄ちゃんのところに人質として来てからというもの、政之さまのところにいた頃に比べるまでもなく運動しなくなってしまった上に、真澄ちゃんとこのご飯が異常に美味しすぎて食べ過ぎた感はあります。実際、このご時世には貴重らしい鏡をのぞいてみると、ちょっとふっくらした私がいました。これは、完全に太った。
ああああっ、と畳に崩れ落ち地から這い出てくるような声を上げながら、怠けてしまった自分を嘆いていると、真澄ちゃんは小娘とはいえ女性に肥えたなどと言ってしまったのはいけないことだったとわかったのか、おろおろしながら「運動すりゃいいんだ! なっ!?」なんて言ってくれました。こんなにおろおろしている真澄ちゃんは、人質という名の同棲生活を始めて一か月、一度も見たことがなかったので、とても、とっても眼福ものでしたが、正直そんな大切な表情を見つめる気力は残っていませんでした。
好きな人に、肥えたと言われてしまった。
恋する乙女にとって、それは無視できない大事件です。
私は恋する乙女なんて言葉が似合わないキャラなのですが、やはりこれは落ち込みます。真澄ちゃんが好きなのに、真澄ちゃんに肥えたなんて言われたのです。
真澄ちゃんは結構素直な人で、親しい相手には思ったことを深く考えず口に出してしまう傾向があります。私に対しては、親しいというより、いてもいなくても問題ない相手だからと結構はっきり文句を言ってきます。自他共に認めるドMである私としては、それはとっても嬉しいことであり、そもそも真澄ちゃんは意外にもそんなに毒舌な方ではなかったので、あんまり傷付いてはいませんでした。しかし、これはちょっと難易度高すぎです。この言葉をポジティブに考えるなんて、私には、無理です。
「神凪さま……私……故郷に帰ります……うっえぇっ……」
「いや! すまなかった! 俺が悪かったからとりあえず落ち着け! つかお前の故郷はねえし泣き方汚ねえな!」
「汚いとか言われたああっ! しぬ! しんでやるぅっ!」
「落ち着けぇっ!」
泣きながら部屋から出ていこうとすると、真澄ちゃんに連れ戻されてしまいました。けれどそんなことで逃げることを諦めるなんてできません。クラウチングスタートで襖を突き破ろうと畳を蹴ります。
「おぶぇっ!」
はい、予想通り転びましたね。痛いです。
まずこの世界に来てから少しは着慣れてきたからといえ、平成生まれの私に着物のまま走るなんてできません。思った以上に足がもつれました。顔面から畳にキスしてしまいましたよね。鼻血出そうです。
「落ち着け、さつき。俺が悪かった」
ぽん、と座りなおした私の肩に手を置いてなだめてくれたのですが、真澄ちゃん、私と目を合わせてくれませんでした。
これは本気で醜くなってしまったようです。ただでさえ平均的だと思いたい顔なのです、太るのは絶対に駄目だと自分に言い聞かせてきたというのに、真澄ちゃんの城にいる、真澄ちゃんと同じ空気を吸っていると思うと緊張して、ご飯はいつもと同じくらいだったのに、部屋で何もせず丸一日座っていたのがいけませんでした。体も、頭すらも使わなかったら、そりゃ太ります。
「神凪さま、頼みがあります」
落ち着いて改まって真澄ちゃんに向き合います。今更ながら、言葉にするときは真澄ちゃんとは呼ばずちゃんと神凪さまと呼んでいます。そんな、真澄ちゃんなんてリアルで呼べるわけありません。恐れ多すぎます。
「私をこの部屋から出してください」
「駄目だ」
即答でした。
JC(女子中学生)がものすごい勢いで土下座をしてまで頼んだというのに、真澄ちゃんは即答でした。
「人質を簡単に出せるわけないだろうが。ましてお前、ここ来るときのあの奇妙な格好を思い出してみろ。俺が許可しても元春が許さねえ」
「元春ちゃんの名前出さないでよー逆らえないじゃんー!」
元春ちゃんとは、真澄ちゃんの腹心の部下的な男性です。元春ちゃんもすっごく格好良い方なのですが、真澄ちゃんとは正反対な格好良さです。なんというかもう、とっても美青年な方です。女装とか似合うんじゃないでしょうか。さらっさらの長髪を普段はゆるーく結んでいるのですが、鍛練のときとか合戦のときとかはきりっと結んでいるらしいです。私は見たことがないのですが、想像するだけで格好良いです。そして何より、そこらの女性より女子力があるような気がします。爽やかながらどこか甘い、いい匂いがしますし、手ぬぐい持ち歩いてますし、料理もします。庭のお花の手入れをしているところも見たことがあります。本当に可愛らしい、三十歳です。真澄ちゃんより年上です。
そんな元春ちゃんは、私が人質とはいえこの城にいるのが気に入らないようで、たまーに、ごくたまーに睨らまれているような気がします。いえ、セーラー服で来ちゃった私が悪いとは思うのですが、私が城に来た瞬間「なんですかこの奇妙な娘は! 元の場所に戻しなさい!」と真澄ちゃんに言い放ったのは衝撃的でした。
緑国からの人質だと真澄ちゃんが説得してくれたのですが、生真面目な元春ちゃんは納得してくれず、一週間私は座敷牢に入れられてしまいました。私は無力だと信じてくれた真澄ちゃんは普通に暮らさせるつもりだったらしいのですが、元春ちゃんいわくそんなのあり得ないことらしいです。
ただ、元春ちゃんは本当に優しい方なので、来てすぐにちょっと熱を出してしまった私にお粥を作ってくれました。とてつもなく美味しかったです。今まで食べた中で一番美味しかったのです。素直にそう伝えると、顔を真っ赤にして「喋っている元気があるならさっさと食べて治しなさい!」とさじを口に突っ込まれました。本当に可愛らしい人です。
「いやしかし、なんで元春ちゃんは私のことをそんなに嫌うんだろ」
「あんな格好したやつ、そうそう信用出来ねえだろ」
「まあそうだけど、この世界ではもっと奇妙な格好してる人いるじゃないですか。政之さまとか神凪さまとか」
「俺もか。お前のあの恰好よりはましだろ、あれくらい普通だ」
「いやいやいや、私がいた世界じゃただのコスプレっす」
「こす……?」
真澄ちゃんは案外簡単に信じてくれたのですが、元春ちゃんは一か月経った今でも全然認めてくれません。
私としては、せっかくなら幼少期から真澄ちゃんの傍にいたという人物である元春ちゃんと仲良くして、あわよくば真澄ちゃんの小さい頃の話をたくさん聞きたいのですが、なかなか近づくことも許してくれないのです。
「あ、もしかして」
「なんだ?」
「神凪さまが執務をほっぽり出して私のところに逃げてくるからでは」
「……」
「図星か!」
元春ちゃんに嫌われている理由、発覚です。
考えてみれば、真澄ちゃんはよく私のところに来ていました。
サボり癖があるっぽい真澄ちゃんは、監視と称して私の部屋に来て、だらだらだらだらとひたすらどうでもいい話をしたり、だらだらだらだら書を読んでいたり、酷いときには私の布団で眠ってしまったりします。私としては、真澄ちゃんと駄弁るというのは贅沢な時間ですし、書を読んでいる真澄ちゃんはちょっと眉間に皺を寄せていて格好良いですし、眠ってしまったら眠ってしまったで寝顔が見れますし、私が眠るときに真澄ちゃんの匂いがして死にそうなくらい幸せなので大歓迎です。
しかし、真澄ちゃんが私の部屋でくつろいでいると、大抵元春ちゃんが真澄ちゃんを探している声が聞こえてきます。こりゃーサボって来たなと思いはするのですが、真澄ちゃんに匿えと言われたら逆らえません。心を痛めつつ聞こえないふりをしていたのですが、きっとそれが悪かったのでしょう。真澄ちゃんが言うに、かなり頭がいいらしい元春ちゃんは、私のところに逃げてきているのを知っているのでしょうね。
「元春ちゃんが私を見て胃のあたりを押さえるのは、それも関係しているのか……」
「俺も何度か説得したんだがな、お前が俺をたぶらかしているだなんだ言い出すもんで、めんどくせえから悪いが諦めた」
「はっはっは、私が神凪さまをたぶらかしてるですって? 元春ちゃんちょっと働きすぎで頭おかしくなってるんじゃないですか、お休み取らせてあげたらどうでしょう。というか神凪さまがちゃんとお仕事をすれば良いのでは」
「そうだな、あいつそろそろ休ませるか」
「仕事の話は無視か」
私が突っ込むと、真澄ちゃんはそっと目をそらしました。それはどうしてもやりたくないということですね、そんな可愛らしいことをしないでくれ、どこまで私を惚れさせる気なんだ。
嫌われている原因がわかったのですから、私はその原因を取り除くために努力をしなければなりません。なんとしても真澄ちゃんの幼少期を聞き出したい。
「ということで神凪さま、私に部屋から出る許可を下さい」
「駄目だ」
「なんで! なんで! 私が元春ちゃんに嫌われてる原因真澄ちゃんじゃん! しかも太ったって言ったの真澄ちゃんじゃん!」
「真澄ちゃんってなんだ! お前俺のこと心の中ではそう呼んでたのか!」
「やだー! 許可くれねえとおれずっと真澄ちゃんって呼ぶしー!」
「お前ちょっと落ち着け! 一人称変わってるぞ!」
真澄ちゃんがドン引きしています。けれど私は諦めません。伝家の宝刀『駄々っ子の真似』をひたすら続けます。寝転がって再現するのは流石に恥ずかしいので、立ち上がって真澄ちゃんにむかって叫ぶだけですが。
なぜ私がここまで元春ちゃんにこだわるかというと、それは単純なことです。まだあのときのお粥のお礼をちゃんとした形で言えていないからです。元々体だけは丈夫なので一日で熱は下がり、元春ちゃんも真澄ちゃんに命じられたものだから仕事の合間を縫って来てくれていたので、治ってからお礼を言えていないのです。元春ちゃんとしっかりとした会話はまだ出来ていませんでしたし、明らかに嫌われていますし、機会がないのです。
ならばもっと話してもらえるように、私を信じてもらい、好きとまではいかずともそれなりに会話は出来る仲になりたいのです。『飯と金の礼は死んでもしっかり』が我が家の家訓の一つなので、これはしっかりしなくてはご先祖さまに祟られてしまいます。実際、お金のお礼をしっかり言わなかった私のおじさんは、ご先祖さまが鬼のような形相で夢に出てきて、それでも言わなかったものだから毎晩毎晩夢に出てきて、精神を病んでしまいました。今は病院でうわごとのようにありがとうとごめんなさいを繰り返しているそうです。私はそんな風になりたくありません。
「お願いします! 私は痩せたい! そして元春ちゃんと仲良くなりたい!」
「お前がうろうろしてると城内がざわつくんだよ! これ以上俺に世話かけんな!」
「自分のことは自分で出来るわ! 出してくれさえすれば誰にも見つからないようにさっと散歩してさっと帰ってくるから!」
「それをどう説明すりゃいいんだ! 座敷牢から出したのもどんだけ苦労したかわかってんのか!」
「そーれーは! 別にあのままでもいいって言ったじゃん! 別に不自由してなかったし! 普通に綺麗な部屋だったし! 牢だったけど!」
なかなか許可をくれない真澄ちゃんは、段々と腹が立ってきたらしく、眉間に皺を寄せて元々ちょっとヤンキーっぽかった顔がもっとヤンキーっぽくなってきました。そんな真澄ちゃんも格好良いです。大好きです。
「あああっもうっ! もういい! 元春ちゃんの許可があればいいんでしょ! 許可貰ってきたるわぁっ!」
「させるか!」
「いっづぁっ!」
いくら真澄ちゃんが格好良くて大好きだからといって、気の長い方ではない私は、再度クラウチングスタートで襖を突き破ろうとしました。しかしものすごいスピードかつ力で私の左足首を掴み引っ張った真澄ちゃんのせいで、本日二度目の地面へのキスをしてしまいました。そろそろ真澄ちゃんのことを嫌いになりそうです。嫌うなんて無理ですけどね!
襖の前で痛みに悶えて倒れた体勢のままでいると、ふと黒い影が私に落ちてきました。
「……なっ」
すすすっと開いた襖から、誰かが私の前に立ったのだとは思いますが、そんなこと気にする余裕なんて私にはありません。鼻が、鼻が痛い、痛すぎです。折れたかと思うくらい痛いです。
ですので、私は気が付かなかったのです。
「何をしているんですか二人とも!」
目の前に立っているのが、たった今話していた元春ちゃんだということに。
「元春落ち着け、とりあえず落ち着け、何を勘違いしてんのか知らねえがとりあえず落ち着け」
「落ち着いていられますか! 殿、執務もなさらずなぜここにいるのです! あなたもあなたですよ、さつきさん! いつもいつも殿の執務の邪魔をして!」
「そんなことより私鼻血出たんですけど! 鼻血が! 花のJCが鼻血出してんのにスルー!? おかしくない!? ねえっ!」
若干だじゃれっぽくなりましたが、そこは気にしないで頂きたいです。真澄ちゃんと元春ちゃんが口論をしている横で、まだぴっちぴちの女子中学生が鼻血を出しているのに、二人は私の鼻血など気にせず口論を続けます。元春ちゃんに至っては何を考えているのかはわかりませんが私を畳に正座させ肩をがっと掴み、ガクガクガクガク揺らしてきやがります。超気持ち悪いんでやめてください。あと真澄ちゃんがここにいるのは私のせいじゃなくて、真澄ちゃんが勝手にいつも来ているだけです。弁解したいんで揺らすのやめてください。ちょ、まじで気持ち悪い。
元春ちゃんは怒るときに泣いちゃうタイプのようです。今も、目をうるうるさせ、顔は真っ赤です。めっちゃ可愛いのですが、揺らすのほんとそろそろやめてください。うっえぇっ吐きそう。
「落ち着けって元春! さつきが死にかけてる! こいつぜってえ吐く!」
「吐くとかやめてくださいよね!? さつきさん絶対吐かないでくださいよ!」
「吐いてほしくなきゃ揺らすんじゃねえ元春ちゃんよぉっ!」
「いたっ!」
必殺『キレる十代』を食らわせると、元春ちゃんは滅茶苦茶可愛らしい声を上げて額を両手で押さえました。どこまで可愛いんだこの人!
ちなみに『キレる十代』とは反抗期だったときの兄から教わった頭突きのことです。あの頃の兄はよく、この『キレる十代』を父に食らわせていました。兄はチビなので、いつも父の顎にあたっていましたが。父の顎が割れてしまって以来、兄は父に頭が上がりません。猫背でうつむきがちなので頭が上がっていることなんて普段からありませんでしたが。
私ですか? 私は至って平均身長の166センチメートルです。チビではないですがでかくもありませんよ! 私の所属するバスケ部にはもっと大きな先輩(177センチメートル)がいますから。元春ちゃんは175くらいですので、まあなんとか必殺技を食らわせることが出来ました。
真澄ちゃんがそっとくれた手ぬぐいで鼻血を拭きます。真澄ちゃんも真澄ちゃんで女子力高いんですよね。いつもは気が利かないくせに。
「――! 痛いじゃないですか! もうっ、なんなんですかあなたは! 私が嫌いなんですか! 大体いっつも睨まないでくださいよ! 怖いんですよ!」
「元春落ち着け、相手は女だ、泣くな落ち着け」
「落ち着けるわけないじゃないですか! 私がいつもどんな思いでさつきさんの食事を作っているかわかりますか!? 他の仕事もたくさんあるのに、どうして無理に時間を作ってまで準備しているかわかりますか!? 私はさつきさんと仲良くしたいのに! いつも睨んでくるから怖いんですよぉっ!」
「元春落ち着け、さつきが混乱してるだろ、とりあえず泣き止め」
大丈夫か、さつき、と真澄ちゃんが声をかけてくれましたが、今の私が大丈夫な私に見えているなら真澄ちゃんは至急眼科に行った方がいいでしょう。全然、一ミリも大丈夫じゃないです。元春ちゃんが何を言っているのか、一グラムも理解出来ません。
一体何が起きているのでしょう。私は先程から正座を続けており、元春ちゃんはまるで説教をするかのように私の前に立っています。そして私の隣に正座させられつつそれをなだめる真澄ちゃん。一体どういうことなのでしょう。状況を理解することが出来ません。
「え、えーっと、あれですか、つまり元春ちゃんは、本当は私と仲良くしたかったってことですか」
「――っ! ええそうですよ! 悪いですか! 殿が信用した方なのです、臣下の私が信じなくてどうするのですか!」
「お、おう、そうなの、え、まじか」
ツンデレか! 元春ちゃんまさかのツンデレか!
ちょっと違う気もしますが、真っ赤な顔して涙を流す美青年の元春ちゃんは破壊力が強すぎます。可愛すぎです。三十路のくせに、可愛すぎです。
いかんいかん、元春ちゃんに心を奪われそうでした。私が好きなのは真澄ちゃんです。真澄ちゃんは私にとってもはや神のような存在です。言い方は悪いですが元春ちゃんは真澄ちゃんに比べたら凡人です。めっちゃ可愛くて可愛いけど真澄ちゃんに比べたら凡人です。
ぽかんと間抜けな顔をしたまま混乱して動けない私と、涙は引っ込んだものの言ってしまった恥ずかしさからか更に顔を真っ赤にして私から目をそらした元春ちゃんを見て、真澄ちゃんは大きな溜め息を吐きました。
そして、元春ちゃんをすとんと座らせ、自分は少し離れたところに座りなおして、
「お前ら自分が思ってること全部言え! めんどくせえ!」
と言い放ちやがりました。本当、真澄ちゃんと元春ちゃん、どっちが年上かわかりません。何度も言いますが元春ちゃんは三十歳です。いつもはしっかりとしたちょっと生真面目なお兄さんです。あまり交流のなかった私ですらこんなの元春ちゃんじゃない、と思うくらい今日の元春ちゃんは元春ちゃんらしくありません。
あ、真澄ちゃんは二十代です。二十二だったか二十一だったか二十だったかは知りません。聞く度にふざけていろんなこといいやがるので、歳を覚えるのは諦めました。
「あー、うーん、とりあえず。元春ちゃん、私のこと睨んでたじゃないですか」
「そっそれは! さつきさんが睨むから……」
「睨まれたから睨み返すって反抗期の男子中学生か。私睨んでませんよ、目つき悪いのは生まれつきです」
「だって、だってさつきさん怖いんですもん」
「もんって、私でも言わねえよそんなの。女子力高すぎ。えーっと、じゃあ、元春ちゃん、色々すれ違いがあったってことで、仲直りしませんか。握手しましょう握手」
我が家の家訓に『喧嘩は拳、仲直りは握手』というのがあります。握手をすれば大抵仲直りが出来ます。兄と喧嘩したときも、兄には流石に勝てずふてくされていて嫌々握手をしたのですが、握手した途端自分の非を認めなかった兄が誤ってくれました。握手の力はすごいのです。
「……はい」
「はい、仲直りです。私も元春ちゃんと仲良くしたかったんですからね」
いい感じに細い元春ちゃんの指には、武士らしく剣を握って出来たであろうたこがたくさんありました。やはりこんな美青年でも、ああ武士なんだなあ、と思い知らされます。平和な時代にいれば、きっと好きな料理でもして生計を立てていけたんだろうに。
でも私は知っています。元春ちゃんは真澄ちゃんのために、ずっと努力をしていたのだと。真澄ちゃんからたくさん話を聞きました。頭もいいし強い元春ちゃんは、他の国に引き抜かれそうになることが多いらしいのですが、もうずっとそれに頷かず、真澄ちゃんに忠誠を誓ったままだそうです。戦場でも、つい前線で大暴れしちゃう真澄ちゃんの後についてくれて、真澄ちゃんが最も安心して背を預けられる相手が元春ちゃんなんだと。
「そこで仲直りしてすぐで何だけど、部屋から出る許可ください」
「駄目です」
「ちょっ、元春ちゃんも即答!?」
「駄目です、外は危ないんですよ。あなた身を守る術がないじゃないですか」
「いきなり過保護!? 私運動したいんだけど!? 真澄ちゃんに太ったって言われたんですけど!?」
「殿!? そんなことを言ったんですか!?」
にやにやしながらこちらを眺めていた真澄ちゃんは、油断していたのか急に話を振られてびくっとしていました。
運動するためなら私は何でもします。常識的な範囲で、何でもします。
「い、いや、肥えたとは言ったがな……」
「同じです! 殿、そんなことは言ってはいけませんでしょう!」
「そうだそうだ! だから私を外に出させろ!」
「駄目です!」
「駄目だ!」
「何も声を合わせて言わなくても!」
それから約一時間後、私の全力の土下座三十連発でなんとか外出の許可をもらいました。
ただし、真澄ちゃんか元春ちゃんが一緒じゃなければ駄目らしいです。そんなに私は怪しいのか。
「そういえば元春ちゃん、前のお粥ありがとうございました。すごく美味しかったです。あと、ずっとご飯作ってくれてたとか本当にありがとうございました」
「あ、いえ、気にしないでください。美味しいと言ってくれるのは久し振りで、私も嬉しかったのでつい。こちらこそありがとうございました」
ちゃんとお礼も言いました。これでご先祖さまに祟られなくてすみます。
この日の夕餉はいつもよりかなり豪華でした。元春ちゃんの機嫌がよかったらしく、真澄ちゃんも酒を片手に私の部屋まで来てました。眠りたかったので追い出しましたが。
翌日から、真澄ちゃんと元春ちゃんによる、部活より百倍くらいきつい剣の稽古が始まりました。元春ちゃんは普段の元春ちゃんに戻っており、真澄ちゃんによると、実はちょっと元春ちゃんに酒を飲ませていたらしいです。説得が面倒だったので私に直接話させるためだったとのこと。悩みごとを長い間抱えているときに酒を飲むと、元春ちゃんはいつもあんな感じになるらしいです。もちろん親しい相手の前だけでらしいですが。
稽古がきつすぎて吐いたのは、言うまでもありません。




