彼女はそれを知らない。
遅ればせながら乙女ゲームものプラスヤンデレに挑戦してみました。でも王道にはなりませんでした。。お読み頂ければ幸いです。
「ほら、サナちゃんこっちおいでよ。お菓子あるよ」
「あっリョーちんずるい! サナっちは僕とお話してるのに!」
「…お前らウルサイ。早苗が困ってるだろうが」
目の前でバチバチと見えぬ火花が散る音が聞こえた気がした。
場所は私立高校の屋上庭園。
言い合うイケメン6人に囲まれた一人の少女が戸惑う姿…。つまりは逆ハーレムってやつです。
今流行りの、「乙女ゲームに転生したら」ってやつなのかもしれない。私に前世の記憶はないけど。
手の中のブリックパックを持て余しながら小さく溜め息を吐く。何度同じようなことを繰り返せば彼らは気が済むのだろうか?そう思うと同時に若干その光景に慣れつつある自分に悲しくなる。
いっそこのままUターンして教室に戻ろうかな?
「あっ! いっちゃん!」
けれど行動に移す前に名前を呼ばれてしまった。
輪の中心、紅一点の美少女の早苗に。
「よかったぁ。遅かったから心配してたんだよ?」
わざわざ立ち上がって私の側まで駆け寄る。腕を組むように引っ付いて眉を下げて笑うその顔はハーレムメンバーではない私が見ても可愛い。
あ、私は早苗の親友兼クラスメイトです。ゲームで言うなら友人役?
「ごめんごめん。自販機混んでて」
ヒラヒラと組まれた腕とは反対の手の中のパックを振ってみせる。
「またカフェオレ? いっちゃんソレ好きだねぇ」
そうして輪の中心に戻るのだけど、私の腕を組んだままなので、さっきまで早苗の隣を陣取っていた後輩くんが場所を譲ることになった。ちなみに彼は早苗の幼馴染でもある。
ごめんね、と視線で言えば後輩くんはにっこり笑って答えてくれた。寛大である。
物語の中なら邪険に扱われたりしそうなモノだけど、早苗の逆ハーレムメンバーはそんなことはしない。むしろ早苗と同等に扱ってくれるので居心地は悪くはない。
ま、取り合いしてないときはって注釈は付くけど。
「いっちゃん、早くお弁当食べないと、お昼休み終わっちゃうよ?」
早苗は言いながら自身のお弁当箱を開ける。中は手付かずだった。
「待っててくれなくてよかったのに。早苗、食べるの遅いんだから」
「だっていっちゃんと食べたいんだもん」
ぷくっと頬を膨らませて言うのは可愛いけど、周りにいるイケメンたちが哀れだよ。いったい何の為にここに集まってると思ってるんだ。早苗とお昼食べる為でしょう?
あ、皆様はもう食べ終わっているんですか。そうですか。
「ありがと、嬉しいよ」
よしよし、と頭を撫でてやれば早苗はとろけるような極上の笑みを見せる。あぁ可愛い。
周りのイケメンたちも微笑ましそうに、少し羨ましそうにしている。
傍目から見れば早苗はかなりの悪女に見えるかもしれないが、実際はそうではない。
ハーレムメンバーの全員が既に早苗に告白し、そして全員がフられているのだ。
「友達以上には今もこれからもなる気がない。もしもこれからもそういうことを言うつもりなら友達すらやめる。金輪際近寄らないで」とキッパリと早苗は口にしている。
なんで知っているのかと言えば、何度かその場を目撃してしまったのだ。偶然近くを通ったりだとか、そんなので。
そのセリフを聞いてそれを受け入れたイケメンたちは潔いのかなんなのか、友人というポジションで早苗の周りに今もいる。
告白厳禁。独占禁止法。どこぞのアイドルの親衛隊のような、いわゆる「みんなの早苗ちゃん」ってところか。
まあ、若干甘やかし気味なのは仕方ない。そう簡単に恋心は冷ませないだろう。
人間だもの。
「…あ、そうだ。私今日日直だったんだ。5限歴史だったよね? 資料持ってこなきゃ」
お弁当を食べ終えてふと気が付いた。朝先生に言われたんだった。
「えっ大変! 早く行かなきゃ!」
早苗が自分のことのように慌てている。
ちら、と腕時計を確認するとまだ昼休みは20分ほど残っていた。それでも職員室から鍵を借りて資料室から教室まで資料を運んでまた鍵を職員室に返して…と道順を考えると急がなければならないだろう。
「あー、急いで運んでくるよ。一人で平気だから、早苗はゆっくりお弁当食べな? ごめんね、待っててくれたのにさ」
「ううん! いいの、私が待ってただけだもん! お手伝い出来なくてごめんね?」
一瞬お弁当にフタをしようとした早苗を止める。今一緒に行こうとしたでしょ、まだ半分ほどしか食べれていないのに。
「ありがと、早苗。じゃ、行ってくる」
早苗はほんとうに優しい。
もちろん私だけじゃなく周りみんなに優しくて、それでいて八方美人でも優柔不断でもない。
早苗と親友になれて良かった。
もう一度その頭を撫でて、わたしは屋上庭園からダッシュで駆け出した。
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屋上庭園を走り去る後ろ姿を見送りながら、早苗は幸せそうに微笑むと、小さく呟く。
「誰にも邪魔させないわ」
そうして何事もなかったように振り返り、輪の中心へと戻った。その呟きは、彼女の周りにいる誰にも聞こえなかった。
彼女の親友は知らない。
ここが本当に乙女ゲームの世界であることも、早苗が転生者だということも。
早苗が狡猾かつ円滑に計画を進め、今の状態へと導いたのだということも。
彼女は今も眈々と狙っているのだ。自分が望む結末を。その為の努力は惜しまなかった。
だから絶対に手に入れる。
昼休みが終わりに近付き、彼らは屋上庭園から各々の教室へと戻っていく。
その途中、早苗は資料を運ぶ親友の姿を見つけて笑顔で駆け寄った。
手伝うと言って資料を半分持つと、親友は早苗に笑って礼を言った。お礼に帰りに寄り道をしよう、なにか奢るよ、と言葉が続く。
その笑顔を見て早苗の頬が赤く染まる。
ふるふると小さく震えるのは喜びのせいだ。
嬉しいお誘いだ。
早苗は自分より背の高い親友を見上げると、気付かれないよううっとりと溜め息を吐いた。
親友は───想い人は今日も優しく恰好良くそして可愛い。その清廉な佇まいはまるで春の女神のようだ。
あぁ、なんて完璧な存在!
早苗は思わず言った。
「いっちゃん、大好きっ!」
「おおげさだなぁ」
二人は並んで教室までの道を歩く。
天使のように無邪気な顔で微笑みながら早苗は思う。
絶対に逃がしはしない。甘い罠を仕掛けゆっくりゆっくりと捕らえる、その準備は整っている。
この愛しい親友を自分だけのものにするのだ。
親友は、その笑顔の裏に潜む狂気と恋情を知らない。
御完読有難うございました!