雇われサンタ
今日の俺は雇われサンタである。(時給800円)
ざっくりいえば、ケーキ屋のチラシ配りのバイト。サンタの衣装を着て、ケーキ屋のチラシを配っていく。
衣装は案外暖かい。ふと周りを見渡してみれば他にもちらほらチラシを配っている人が目に映る。
「クリスマスはおいしいケーキで過ごしませんかー?」
喧騒に負けないように大き目の声でお決まりのセリフを言いながら、チラシを配っていく。意外と受け取ってくれる人が多い。これならすぐに終わるかもしれない。
もし早めにチラシが無くなるようなら、もう一度店に戻ってチラシをもらわないと……。
そんなことを考えていたときである。
「ねえねえ、さんたさん」
目の前に小さな女の子がいた。多分まだ幼稚園児ぐらいだろう。
いや……もしかしたらもう少し小さいかもしれない。手には俺の配ったチラシが握りしめられている。
「これ、なんてよむの?」
女の子は首を傾げてチラシの文字を見つめていた。
俺はロリコンじゃないが、この子の質問に答えるぐらいはする。
「これはね、『さんたのいえ』って読むんだよ」
聞き取りやすいようにゆっくりと強調して答える。どうやら女の子はチラシに書かれた『サンタの家』という文字に興味があったらしい。
サンタの家は、俺のバイト先のケーキ屋の名前である。
「さんたさんのおうち?」
「うんそう。サンタさんの家だよ」
俺が頷くと女の子は食い入るようにチラシを見つめ出した。
「さんたさんは、けーきをつくってるの?」
「そうだよ……サンタさんは良い子の皆に夢と希望と幸せを与えるために恋人を犠牲にしてケーキを作ってるんだ」
実際店長は彼女さんとのデートを諦めてケーキ作りにいそしんでいる。
「じゃあ、ほんぎょうは、けーきやさん?」
なんでこんな幼い子が本業とか言う言葉を知ってるんだよ……。
「夢や希望を配るのが本業だから、プレゼントを配るのも本業だし、ケーキを作るのも本業なんだ」
「さんたさんは、みんなのおうちにぷれぜんとをくばるんだよね?」
女の子はきらきらと目を輝かせて俺を見つめる。
「うん。そうだよ。サンタさんは皆にプレゼントを配るんだ」
夢を壊さないように答えた俺を見て、女の子は得意げに――
「それね、ふほーしんにゅーっていうんだよ。しってた?」
誰だこの子にそんな言葉教えたやつ……!
でも、多分この子は不法侵入の意味を分かってないんだろう。笑顔だし。
「うん。そうだね、不法侵入だね。知ってるよ」
できるだけ、笑顔で答えてみる。
「じしゅしないの?」
「えっと……自首の意味を分かって言ってるのかな?」
俺が戸惑いながら尋ねると、女の子はふるふると首を振った。きっと、誰かが面白がって言っていたことを覚えてたんだろうなぁ、なんて考えていた俺に、女の子は問いかけた。
「さんたさんは、ろりこんさんなんでしょ?」
この子は本当に子供だろうか……!?
「だって、ただでぷれぜんとくばって、もうけがでないよ? ろりこんさんは、そーゆーこともするんでしょ?」
「とりあえずサンタさんが極度のロリコンかはおいといて、ケーキ屋をやってるから儲けはでてるよ」
やばい……! というかこの子の母親はどこだ!? いないことに早く気付くべきだった。
「お譲ちゃんのママはどこかなー?」
できるだけ、優しい声で言ってみた。猫なで声レベルだ。
「でね、ぷれぜんとくばって、きにいったおんなのこを、おもちかえりするんでしょ?」
「えっとね、話を聞いてくれるかな?」
「それからね、かんきんするんでしょ?」
「監禁とかいう言葉はどこで覚えたのかな!? というか、話を聞いてくれるかな!?」
肩を軽く叩いてみるが、女の子は、全く話を聞いてくれない。
「お願いだから一旦黙ろうか、ね? これ以上はこっちの立場が危ないからね?」
多分、この子の言うとおりのことをしたら、間違いなく通報→裁判→賠償金の3コンボが待っているだろうな……。
「そうだ、この飴をあげるからちょっと静かにしてくれる?」
なんとか女の子を黙らせようと ポケットに入れていた飴を差し出した時である。
「何を……しているんですか……?」
後ろから、女の人の声。
振り向くと、そこには若い女の人がいた。
「あ、おかーさん」
女の子は、その女性に嬉しそうにしがみついた。
「よかった、この子の母親ですか?」
「……えぇ、そうよ。」
なぜか、女性の顔は真っ赤。照れとかそっち系じゃなくて、怒りとかの方の。よく見ると、少し笑顔もひきつっている。
「お宅の教育方針が気になりますけどまあいいです。親御さんが見つかってよかったです」
それじゃあ、俺はこれで。そう言って立ち去ろうとしたら、肩を掴まれた。
「うちの子に……なにしてたんですか……飴なんか差し出して」
「いや! 違うんです!!」
ケータイを握りしめながら尋ねる母親さんの誤解を解こうと慌てて口を開いた瞬間。
「ねー、おかーさん。さんたさんが、けーきをつくってるんだって。さんたさんのおうちにいこーよー」
「うわあああ!! やめろ! その言い方は誤解を……!」
「まさか……誘拐するつもりだったんですね!? けっ、警察呼ばないと……!」
「違うんです! その子はサンタの家っていうケーキ屋でケーキを売ってるから、買いに行きたいという意味で!」
俺の必死の訴えは女性には届かない。
「えっと……失礼します!」
ダッシュで逃げる俺に、ロリコン! と叫ばれた気がした。
こうして俺のクリスマスは幕を閉じたのだった――。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
自宅に戻ってから、妹が満面の笑みでやってきた。
「今日ね、お兄ちゃんがチラシ配ってるのを見たんだけどね……」
「お、おう……」
「なんで小さい女の子に飴をあげてたの? なんでロリコンって叫ばれてたの?」
訂正。俺のクリスマスはまだまだ終わりそうにない。
昔かいたやつをリメイクしたものです!
クリスマスに何やってるんでしょうねー