第8話
【ウィルの話は終わりか?】
「うん、とりあえずはね」
【んじゃ、俺からウィルに聞きてえことがあるんだがよ】
「なんだい?」
【最近悩んでるのはなんなんだ?
今日鞍の紐がゆるんでたのも、その悩みごとのせいだろ】
ウィルさんは、ちょっと困ったような表情になる。
【おら、とっとと話せや】
ディドさんが言うとおり伝えてると、ウィルさんは私を見て、ため息をついた。
「……ディド。
君がドラゴンとしてそれなりの年なのは知っているが、アリアは女の子なんだ。
通訳してもらうなら、もう少し喋り方を改めてくれないか。
アリアがかわいそうだ」
【ああ、そりゃそうだな。
アリア、俺の言葉をそのまんま言わなくてもいいんだぞ】
ディドさんに気遣われて、かえって困ってしまった。
「でも、ディドさんの言葉を、私の話し方で伝えたら、それはそれで変でしょ?」
「……まあ、そうなんだが」
「別に私はかまいませんけど」
「いや、君は女の子なんだから、そんな話し方をしてはダメだ」
騎士だからか、それとも貴族だからか、妙なことにこだわるウィルさんを内心呆れて見ていると、ディドさんがため息をつく。
【わーったよ、俺が気をつけりゃ……気をつければいいんだろ】
「うん、そうしてくれ、ディド」
「ありがと、ディドさん」
【で、ウィルの悩みはなんだ? 早く言え】
「それは……」
ウィルさんは困ったような表情で私を見たけど、何かを決心したようにうなずいた。
「今日ここでドラゴンの言葉がわかるアリアに会えたのは、神のお導きかもしれないな」
ひとりごとのように言ってから、ゆっくりと話しだす。
「実は、王都にいるドラゴンの中で一番年若いフィアが、最近調子が悪いようなんだ。
毎日の食事は今まで通り食べてるんだが、竜舎から出たがらないし、空を飛ぶのもいやがる。
調子が悪いのかと思ったが、外見からわかる傷はない。
歴代の団長がつけていた記録を調べてみたが、同じような症状が出たことはないようだった。
もしディドがその理由を知っているのなら、教えてもらえないだろうか」
【なんだ、フィアのことで悩んでたのか。
俺はあいつとはあまり話さないし、よくわからないな】
「そうか……」
【あいつ、まだ二角前だから、何を話したらいいかよくわからないんだよな】
「……にかく?」
「角が二本生えそろう前ってことです。
二百歳前ってことですけど、人間なら二十歳前、私と同じぐらいでしょうか」
ウィルさんに説明してあげてから、くすっと笑ってディドさんを見る。
「男のひとが女の子と話をするのは苦手って、ドラゴンでも人間でも同じなんだね」
「えっ!?」
ふいにウィルさんが声をあげて、私を見た。
「なんですか?」
きょとんとして見返すと、ウィルさんは何かをごまかすように、軽く手をふる。
「あ……その、…………フィアって、メス、いや、女の子なのかい?」
不思議な問いかけに、さらにきょとんとする。
「女の子、だよね? ディドさん」
ディドさんをふりむいて聞くと、ディドさんはうなずく。
【ああ。ウィル、知らなかったのか?】
「……あ、いや、すまない、……うん、わからなくて……」
しどろもどろに言って、ウィルさんは困ったような表情で私とディドさんを交互に見る。
「……よかったら、見分け方を教えてくれないかな」
どうやら本当に知らなかったようだ。
それでよく竜騎士団団長だなんて名乗れるものだ。
さらに呆れながらも、ディドさんのかわりに説明してあげた。
「翼の形とか身体つきとかも違いますけど、一番わかりやすいのは、名前です。
名前の最後の音が、女の子はアで、男の子はオなんです」
「……じゃあ、フィア以外は全員男、で合ってるのかな」
【そうだ。
ただし、おまえらが『キィオ』って呼んでる奴は、正しくは『キィロ』だ。
それと、キィロとフィアは来たのは同時だったが、フィアのほうが一回り小さいから一番年下だとおまえらは判断してたが、実際はキィロのほうが若くて、まだ一角半ばの子供だ。
子供だから、念じて言葉伝えるのもヘタで、おまえらにちゃんと名前伝えられなかったんだよ】
「そうだったのか……だからキィオ、いやキィロは、時々名前を呼んでも反応しないんだな」
【そうだ。
ちゃんと伝えられなかったおまえが悪いって説教してからは、キィオって呼ばれても応じるようになったけどな。
これからは正しく呼んでやれ】
「わかった、ありがとう。
ところで、フィアの不調は、ディド以外のドラゴンも、理由はわからないのかな」
【たぶん知らないだろうな】
「そうか……」
ウィルさんはまた困ったような表情で黙りこんだ。