特別編 旋風
3話の後のウィル視点です。
アリアとディドたちが竜舎にひきこもってから、十日がすぎた。
もう竜舎には誰もいないのではないか。
いや、風の膜で竜舎を隠しているのだから、中にいるはずだ。
相反する思いに揺れ動きながら、日々を重ねてきた。
何か変化があった時にすぐ駆けつけられるようにと、団長室で待機している私はまだましだが、城にいるレシスには毎日さまざまな派閥の貴族から嘆願や陳情や要請があるという。
ドラゴン必要派、ドラゴン不要派、竜騎士団不要派、他にもそれぞれの思惑のもとに権謀術数がからみあい、城内に不穏な空気が流れている。
その発端となった、ティアス一行の接触を防げなかった自分が情けない。
門を守る騎士に、どんな相手でも、力づくでくるならこちらも力づくで排除してもかまわないと、言っておかなかったことが悔やまれる。
レシスも、優先順位を間違えたと悔やんでいた。
たとえ外交問題になったとしても、国交断絶になったとしても、国の維持に不可欠なドラゴンを優先すべきだったと、嘆いていた。
今後の行動を予測するために、アリアと話したことやアリアの考え方などを何度も質問された。
出来る限り思い出して答えたが、それでも、アリアの前世がドラゴンだということと、フィアが幼生を産んだことは、言わなかった。
その二つの秘密すら守れないようでは、今後どんな交渉をしても相手にされないだろうと思ったからだ。
なんとか出てきてもらおうと、日に何度も謝罪や嘆願をしにいくが、変化はないまま十日がすぎてしまった。
ひきこもり始めた日の朝に一週間分の食料が運びこまれていたとはいえ、もうなくなっているだろう。
ディドがこっそり風でどこかから取ってきている可能性もあるが、レシスが念入りに調べさせても、王城内ではそういう出来事はなかった。
出てきてくれなくてもいいから、せめて食料だけは受け取ってほしいと、竜舎の入口前に設置した台に置いたりもしたが、何一つ減りはせず、竜舎は風の膜に包まれて見えないままだった。
癖になってしまったため息をつきながら、立ちあがる。
そろそろ約束の時間だ。
外に出て空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな重く暗い雲が空を覆っていた。
自分の心境を重ねて、また出そうになったため息をこらえて、門に向かう。
門の内と外を三名ずつの体制で見張っていた騎士たちが、一斉に敬礼する。
「ご苦労。異常は?」
「はっ! 今のところ問題ありません!」
「わかった」
門の外に出て、周囲を見回す。
竜舎近辺は、もともと関係者以外立入禁止区域だが、ティアス一行の騒ぎの翌日から、竜騎士団の敷地を囲む塀の外側にさらに柵を作り、多数の近衛騎士で警護するようになった。
竜舎に近づこうとした貴族の使者や他国の間諜らしき者が、複数捕らえられている。
今はさらに数を増した近衛騎士が警護する中を、直属の近衛騎士に囲まれたレシスがゆっくりと近づいてきた。
いとこどうしではあるが、外では公の立場を優先し、臣下の礼をとる。
「出迎えご苦労。……変化は」
「ございません」
レシスの短い問いかけに、やはり短く答える。
呼びかけに反応がないのは残念だが、変化がないならまだ可能性が残されているかもしれないと思える。
「そうか。では案内を頼む」
「かしこまりました」
礼をとき、レシスたちを先導して門をくぐり、竜舎に近づく。
入口前に設置した台の前に私が立った時、ひゅうと風が吹いた。
直後、竜舎を包んでいた風の膜が消え、その姿が見えた。
驚きながら見上げると、竜舎の屋根の端に立つドラゴンと、その背に乗る誰かが見えた。
いや、あれは。
「ディド、アリア……!」
「リーツァ王国の者に告ぐ」
空から、鐘の音のように深く遠く響く声が降ってくる。
それはアリアの声だったが、不思議と威厳のようなものがあった。
「ドラゴンとリーツァ王国初代国王との間でかわされた盟約は、リーツァ王国の者によって破られた。
ドラゴンはこの地を去る。
もう二度と、ドラゴンがリーツァ王国に力を貸すことはない。
これからは、自分たちの力だけで生きていくがいい」
ヴィルヴゥルルルルォオオオオオオ
雷鳴のように轟いた声に、身体がすくむ。
今までに聞いたドラゴンたちの声とは、全く違う。
畏怖と恐怖を魂に刻みこむような、重く激しい力が込められていた。
以前レシスの執務室で、前軍務大臣に怒ったディドから向けられた力よりも、さらに強い。
周囲にいた騎士の何人かが、耐えきれなかったのか、地面に倒れこむ。
私も膝をつきそうになったが、なんとかこらえて見上げようとした時、ごおっと地面から風が吹きあがった。
「ディ……!」
地面から空へと突きあげるように、旋風が巻きあがる。
とっさに背後をふりむき、地面に倒れこんでいたレシスをかばうように覆いかぶさった。
猛烈な風と巻きあげられる砂ぼこりに目を開けていられず、強く目を閉じる。
レシスが何か言ったような気がしたが、轟々とうなる風の音のせいで何もわからなかった。
永遠にも一瞬にも感じた風が、ふいに止まる。
突然の静寂に、しばらくの間動けなかった。
おそるおそる顔を上げると、何もなかった。
竜舎は、建材の残骸すらなく、更地になっている。
上空を見上げても、ディドとアリアの姿はない。
旋風に吹きとばされたのか、竜舎上空だけ雲がなく、ぽっかりと丸い青空が見えている。
何もかもが、旋風と共に消えさっていた。




