第3話
俺のオヤジが南大陸に行ったのは、オフクロが還ったからだった。
オフクロのほうが一角ほど年上だったが、息子の俺から見ても仲が良かったから、オフクロのいない里に耐えられなかったんだろう。
しばらく帰ってこないと思ってたら、セリオから南大陸にいるという話を聞いて、呆れた。
さらに呆れたことに、オヤジの誘いにのって南大陸に行く若い奴らが何体もいた。
物好きな奴らだと思ってたが、そのうち理由がわかった。
伴侶に出会えなかったからだ。
砂の一族では、数角前から、女が生まれることが減っていった。
男の半分ぐらいしか生まれないのに、伴侶は一体きりだから、当然男があぶれた。
あぶれた男どもは、時間をもてあまして、住み処を離れていくことが多くなった。
そのうちの何体かが、こっちに来た。
だから、男ばかりだったんだ。
俺も、里には伴侶がいないと感じて、こっちに来た。
人間どもを手伝ってやるのは、暇つぶしにちょうどよかった。
だが、他の奴らみたいに半角ほどで里に戻らなかったのは、予感がしたからだ。
ここにいたら、いつか伴侶に出会える、ってな。
こっちに来るのは伴侶に出会えなかった男ばかりだから、伴侶が見つかるはずなんてねえ。
そう思いながらも、確信めいた予感は変わらないままで、ずっと王都にいた。
フィアがキィロと来た時は、一瞬こいつかとも思ったが、すぐ違うとわかった。
フィアはキィロのつきそいみたいなもんだったが、ルィトが伴侶だったってことは、もしかしたらフィアも俺と同じような予感があって、こっちに来たのかもな。
予感だけを信じて、ひたすら待ち続けて、おまえに会った。
初めてここで会った時から、おまえを気にいった。
話ができる人間は初めてだったし、ドラゴンの記憶と力があるってのも面白かった。
だが身体はひ弱な人間だから、幼生と同じように、守ってやらなけりゃと思ってた。
それが、庇護欲だけじゃねえとわかったのは、おまえが王都に来てすぐの、俺が出てる隙に王太子がおまえを呼びだしやがった時だ。
ネィオからの風の伝言を聞いた瞬間、おまえが心配でたまらなくなって、あわててひき返した。
もしもおまえに何かあったらと思っただけで、苦しくてあせって、今すぐ戻りてえのに風の制御がうまくできなくてスピード出せなくて、よけいあせった。
バカ大臣がおまえに短剣を向けてるのを見た時は、ぶちきれそうだった。
あの後、『もしおまえがかすり傷一つでもつけられてたなら、俺はあいつらを王都ごとつぶしてたぞ』と言った時、おまえは俺がおおげさに言ってると思ったようだが、あれは本当に本気で言ったし、やるつもりだった。
息子を傷つけられたおまえが、ティアスに穴を作ったようにな。
抑えられたのは、おまえが無事だったからだ。
あの時、はっきりとわかった。
俺が待ってたのは、俺の伴侶は、おまえなんだ。
それでも、言うつもりはなかった。
おまえは人間だから、人間として生きなきゃならねえし、そうさせるべきだからだ。
おまえが人間の男を好きになって俺から離れてったとしても、俺がおまえを愛してるのは変わらねえし、一生守るつもりだった。
だが、おまえも俺を愛していて、俺と一緒にいたいのなら、伴侶として、一緒に生きていこう。
ディドさんの話を聞き終わっても、何も言えなかった。
内容は理解できたけど、感情が追いつかない。
いや、本当は理解できていないのかもしれない。
ディドさんが嘘を言うはずがないけど、信じられない。
頭の中をいろいろな出来事がぐるぐると回って、思考がまとまらない。
その中で、ふと何かがひっかかった。
「『そういう時期』って、どういう意味……?」
なんとか言葉にすると、ディドさんは優しい声で答えてくれる。
【転換期、といやあいいのかな。
この世界や生き物を創った神とやらが、俺たちドラゴンにどんな役割を期待してたのかはしれねえが、ドラゴンの在り方そのものが変わる時期が来てるんだと思う。
俺のひいじいさんの頃には、ドラゴンも人間のように兄弟がいるのが普通だった。
だが、俺の代じゃあもう子供は一体きりが普通だ。
そのうえ、男女の比率が合わず、生まれる子供の数自体が減っていってる。
ひいじいさんの頃に比べれば、既に半数ほどになってるようだ】
言葉を切ると、ディドさんはどこかせつない表情になった。
【原因はわかってる。人間だ。
人間が増加して土地を拓いていくぶん、南大陸の自然エネルギーが減っていって、世界全体のエネルギーも減っていった。
ドラゴンは自然エネルギーを吸収して生き、そのエネルギーを使って子供を産む。
エネルギーが減ったら、当然産める子供の数も減る。
このまま数が減っていったら、数世代先でドラゴンは滅びるだろう】
「そん、な……」
確かに、私の祖父母の世代では兄弟がいたと聞いたけど、私に兄弟はいないし、私が産んだのはマリノ一体だけだ。
このまま数が減っていったら、滅びるというのも、ありえるかもしれない。
【だが、神とやらには、いつかこうなることはわかりきってたはずだ。
わかってて両方作ったなら、ドラゴンが生き残る方法はあるんだろう。
それを示すような変化も起きてる】
「変化……?」
なんのことかわからず首をかしげると、ディドさんはからかうような表情になる。
【まずおまえがそうだろ。
ドラゴンが記憶と力を持ったまま人間に生まれ変わるってことは、ドラゴンの力と人間の繁殖力を兼ねそなえた存在になるってことだ。
そんな奴らが男女そろって、子供を作ったら、その子はドラゴンってことになるんじゃねえか?】
「あ……」
今まで考えたこともなかったけど、確かに、私と同じ存在の異性がいたなら、そうなる可能性もある。
【おまえの息子もそうだ。
砂の一族では女が減ってるが、木の一族では逆に男が減って女が余ってるようだと、前にセリオが言ってた。
同じ一族からしか伴侶を選べず、男女の比率が狂うと、余ってくる奴が出て、子供の数も減るが、他の一族の者を伴侶に選べるなら、子供は増える。
おまえの息子が最初の例になるようだが、おそらくこれからはそういう奴らが増えるだろう】
「そっか……そうだね……」
【そんで、フィアだ。
あいつは自分だけで子供を産んだ。
負担が大きいとはいえ、一体だけで子供を産めるなら、最低でもそれぞれ一体ずつ産めるだろうから、数を増やせるだろう。
もしかしたら、いずれは伴侶がいなくても、自分だけで産めるようになるかもしれねえ】
「それは……」
ドラゴンは伴侶と力を合わせて子供を産むけど、フィアは自分の力だけで産んだ。
伴侶がいないのに子供を産もうとした例を聞いたことがないから、可能かどうかはわからないけど、人間が結婚してなくても子供を産めるように、ドラゴンも伴侶なしでも産める、かもしれない。
【まあ、人間がこれほど増えたのは、おそらく俺たちのせいなんだがな】
「え?」
ディドさんは苦い表情で言う。
【俺たちが手を貸したことでリーツァが大国になって世情が安定して、戦争で死ぬ人間も飢えて死ぬ人間も減って、順調に数を増やしたんだ。
そのせいで自然エネルギーが減って、子供が生まれにくくなっちまった。
俺たちの暇つぶしのせいで、砂の一族どころかドラゴン全体に迷惑かけちまったことは、悪いと思ってる】
苦いものを含んだ声に、思わず首を横にふる。
「ディドさんたちだけのせいじゃない。
たった二百年ほど手伝っただけで、そこまで人間の数が変わるなんて、誰も想像できないよ。
それに、子供の減少は、私たちの祖父母世代にはもう始まってたんだから、ディドさんたちだけが原因じゃないよ。
そんなに気にしないで」
【……ありがとよ】
優しい声で言ったディドさんは、ゆっくり頭をおろして私の顔をのぞきこむようにして、かすかに笑う。
【みんなに迷惑かけたことを悪いとは思ってるが、後悔はしてねえんだ。
こっちにいて、人間どもに手を貸してたからこそ、おまえに会えたからな。
里にいたままじゃあ、人間のおまえとは出会えなかった】
ディドさんは、誓いの言葉を言った時と同じように、ゆっくりと角の先を私の額にふれあわせた。
ふれあった部分が、ふわりと熱を持つ。
前世でも感じたこれは、角の力の譲渡だ。
伴侶か自分の親とだけしかできないことだ。
だったら、やっぱり、私がディドさんの伴侶なんだ。
ようやく実感できて、額から全身に熱が広がっていく。
【俺はもう四角すぎてるから、残りの命は一角、百年ほどだろう。
おまえの寿命がどれぐらいかはわからねえが、人間の平均の数十年だとしたら、ずっと一緒にいられるだろう。
おまえが死ぬ瞬間まで、何があっても一緒にいて、守ってやる。
アリア、愛してる】
「……っ、わた、しも……っ」
こみあげた涙で詰まりそうになりながらも、なんとか言葉をしぼりだして、ディドさんの首に抱きつく。
「私も、愛してる、ディドさん」
きっと私が生まれ変わったのは、ディドさんに会うためだったんだ。
「ずっと、一緒にいてね」
【ああ。約束する。
ずっと一緒だ】
「ありがとう、ディドさん」




